第13話 カルマの反省会
ヒメイジの宿に収まったカルマは、妖刀朝霧とワイバーン討伐の反省会を行った。
今回のことは結果こそ問題なかったが、一歩間違えれば命を失うところだった。どこで間違ったか、何が幸いしたのか、すり合わせをしておきたいと考えたのだ。
『そうしないと、また同じようなことが起こりかねないからね』
「そうね。アタシとしても冷静に振り返っておきたいわ」
本来の作戦ではワイバーンを催眠ゼリーで眠らせて、安全に血を採る予定だった。それがなぜか大立ち回りとなってしまったのだ。
『その前に、眠り茸の採取で死にかけてるよね』
眠り茸の群生地で調子に乗って採取を続け、催眠胞子を吸い込んでしまった。
『冒険者ギルドで眠り茸採取に関する注意事項をよく聞いておけば、ああいうことは防げたはずだ』
冒険者であれば依頼受注時に得られる限りの情報を入手し、ふさわしい準備をするのが当たり前だった。
『どんな依頼にも命の危険が伴う。それを忘れないようにしよう』
「了解。事前情報の入手に全力を挙げよう!」
『悪いことばかりでもないさ。プラスになる発見もあったね』
「たとえば?」
『眠り茸採取の依頼達成でも、「十日の呪い」を遅らせることができただろ?』
「そうだったわね。『悩みを解決』したってことかしら」
おそらくは依頼主である薬師が持つ「素材が手に入らないという悩み」を解決したと判定されたのだろう。
ワイバーン討伐、というか生き血採取自体、前半部分は順調に進行していた。
「付与魔術を身体強化に応用することを憶えてから、ダンジョン攻略が楽になったわ」
『確かに途中は危なげなかったね』
「問題は、本命のワイバーン攻略よ」
いよいよワイバーンとの直接対決場面である。まったく想定外の事態だった。
生き残れたことが不思議なくらいの危機だったといえる。
『ジャンプ力強化でワイバーンの懐に入り込んだのはいい判断だった』
「逃げ切れないなら戦うしかないでしょう? あの牙やブレスを避けるには飛び込むしかないと、とっさに思ったのよ」
『それでワイバーンの鱗に柔軟性向上を重ねがけしたんだよね?』
戦いの中で「敵」に付与魔術をかけた。そんなことはやったことがなかったが、生死の境に追い詰められて閃いた手段だった。
『敵に付与魔術をかけられるという自信はあったの?』
「多分飛び込んで近づいたからだと思う。喉元に斬りつけながら、刀を通して付与をかけられるって感じたのよ」
今まで武器や防具に魔術付与する場合、カルマはその物を手に取ったり、その上に手をかざしたりしていた。
「たぶん手の届く範囲でないと付与は成功しないんじゃないかしら。遠くの物は全然手ごたえがないもの」
『結構厳しい制約だね。ワイバーン相手に成功したのが不思議なくらいだよ』
最後は、鱗が砕けたワイバーンの首元を、朝霧のスキル<草薙>が両断した。
「刀がスキルを持つとは思わなかったわ」
『ふつうじゃないよね。わたしは妖刀で意識を持っているからスキルを使えるんだと思う』
「ほかにはどんなスキルがあるの? 今後の参考に教えておいてよ」
エルフの里を守る結界を破ったのは<神韻>というスキルだった。
『<神韻>というのは幻を破って真実の姿を暴き出すスキルさ』
「何だか格好いいわね。妖刀のくせに」
『わたしは刀匠として超一流だったからね。妄執にとらわれて死に際に闇落ちしちゃったけど』
「いやな死に方だな、オイ」
『独りぼっちというのはよくなかったと思うよ』
カルマの頭の中に響く朝霧の声が、どことなくしんみりとしたものになった。
『<神韻>と<草薙>のほかに持っているスキルに<鶺鴒>というものがある』
「<鑑定>と合わせると、四つもスキルを持ってるの? 妖刀のくせに生意気ね。どんなスキルよ?」
『<鶺鴒>はスピードに特化したスキルだ。下段に構えた剣尖を瞬きする間に相手の首にはね上げる』
「えぐい技ね。対人特化の殺人剣じゃない」
『妖刀だからね。人を斬ることだけを考えて鍛えた刀なんだ』
「使うとしたら人間相手か……。使いたくないわね」
『わたしも勧めるつもりはない。強盗に追い詰められた時にでも思い出してくれればいいさ』
そんな場面は願い下げなのだが、世の中には万一ということがある。心の片隅にでもメモしておこうと、カルマは考えた。
「ところでさぁ。アンタの勧めで取ってきたけど、これって役に立つのかなあ」
カルマの前には三十センチほどの長さの牙が二本置かれている。あのワイバーンから苦労して切り取ったものだ。
『素材として売れるだろう。それにワイバーンの討伐証明になるはずだよ』
「それって冒険者ギルド案件?」
『そうだね。討伐報酬が出るんじゃないかと思ってね』
「ダンジョンのモンスターを倒しても報酬が出るの?」
自分からダンジョンに進入しない限り、ダンジョン産モンスターから被害を受けることはない。ギルドが討伐依頼を出す理由があるのだろうか。
『だって、どこで倒したかなんて区別がつかないじゃないか』
「そりゃそうだけど……」
『いちいち裏を取ってたら手間がかかるし、冒険者の不満がたまるだろう? だから、こういうものは出処不問ということになっているんだ』
いわれてみればもっともなことだった。仮に拒絶されたところで損をするわけではない。持っていくだけ持っていってみるかと、カルマは納得した。
『これでキミもドラゴンスレイヤーを名乗れるね』
「へっ? ワイバーンはドラゴンじゃないでしょう?」
『厳密にはね。でもまあ、亜竜であることは間違いないんで、ワイバーンを倒した冒険者もドラゴンスレイヤーと呼ばれるんだ』
「へぇー、そうなんだ」
返事はしたものの、カルマには実感がなかった。冒険者として名を挙げようという意識がないせいだろう。
「あんまり興味はないわね。冒険者として生きていく気はないし」
『そうかもしれないが、ギルドの信用を得る実績にはなるだろう』
「ああ、そうね」
高難易度依頼を受注した理由がギルドの信用を得るためであった。依頼達成に夢中になっているうちに、カルマはそもそもの目的を忘れていた。
「信用を積み上げるのが、依頼受注の目的だったわね」
『それをいってるのさ。カルマってすぐ目の前のことに夢中になるよね』
「何よ。ちゃんと思い出したんだからいいでしょう?」
話がぐだぐだになったところで反省会はお開きとなった。
すでに夜も更けており、酒場に繰り出す時間は過ぎていた。この日もカルマは素直にベッドに横になった。
◆
「おはよう。妖刀さんは豆腐を切れるようになったのかしら?」
『おはよう。日付が変わればオーケーさ。達人が振るえば大岩でも断ち切れるよ』
「それはそれは。今日は移動だけだから、アンタの出番はないけどね」
軽口を交わしながらカルマは出立の身支度をした。そのままチェックアウトし、宿の食堂で朝食を取る。
「さて、依頼元トランブルの冒険者ギルドまでひとっ走りしましょうか」
ヒメイジの町を出たところで下半身強化。あとはひたすら走るのみだ。
「長距離移動に慣れてきたわね。これだけ走っていると、ベースとなる下半身の筋力も上がってきているみたい」
『そうだろうね。ということは強化の度合いが同じでも、より大きな効果が見込めそうだ』
「その実感があるわ。疲れにくくなってきたし」
体力向上のおかげで一度休憩をはさんだだけで、カルマは復路を走破することができた。
「到着ー。二時間以上往路より早く着いたわね。この調子なら回復力向上も必要ない」
『そりゃまた大した体力だね。本気で冒険者への転職を考えてもいいかもしれない』
「やめてちょうだい。アタシ、付与魔術師っていう職業にプライドを持ってるんだから」
カルマは物を創りだす仕事に愛着を持っていた。苦労は多かったが、達成感も味わえたのだ。
それは妖刀となる前の朝霧についてもいえることだった。




