第11話 妖刀朝霧の秘密
眠り茸を売ってあぶく銭を得たカルマは、その晩宿屋に泊まることにした。酒盛りもしたいところだったが、翌日は早立ちしようと考え、歯を食いしばって自重した。
「はあ~。久しぶりのベッドはいいわぁ」
『明日に備えてゆっくり休むといいよ』
ゴロンと寝転がったカルマのベッドサイドに朝霧は鞘ごと立てかけてある。
伸びをしたカルマが朝霧の方へ寝返りを打った時、それは起こった。
ピカァッ!
「え? 何この光?」
朝霧の全体を白い光が包み、すぐに消えていった。
「朝霧、何が起こったの?」
怪訝な顔で尋ねるカルマに、朝霧は静かに答えた。
『カルマ、すまん。君にいわなくてはいけないことがある』
「な、何よ、改まって? 愛の告白?」
『ぜんぜん違う。わたしにかかった呪いのことだ。今のは十日の期限がリセットされた印なんだ』
朝霧は呪いの条件について語った。
十日で一年、持ち主の寿命が縮まる。それは本当のことだった。
しかし、十日の間に他人の悩み事を解決すればカウンターがリセットされる。その日からまた十日たつまで寿命短縮の呪いは発動しないのだ。
「つまり、十日以内に悩み事を解決し続ければ寿命はまったく縮まらないってこと?」
『そういうことなんだ』
だが、それを知るとカルマが怠け癖を起こすのではないかと、朝霧は心配した。それで詳しい発動条件について語らなかったのだが――。
『隠し事はフェアじゃないだろ? 危険にさらされているのは君の命だ。だったら、君には知る権利があると思ってね』
「それで本当のことを教える気になったというわけね」
今にもカルマが爆発するのではないかと、朝霧は妖刀の体を固くした。
しかし、爆発の瞬間はいつまでたっても訪れなかった。
「――わかった。寝ましょ」
『カルマ……』
「アタシに信用がないのが原因でしょ? 確かに、そうと知っていたらもっと手を抜いていたかもしれない。ううん、きっと怠けていたわ。だから、アンタの判断は正しかった」
『すまなかった、カルマ。これからは君のことをもう少し信用するよ』
「アタシも信用されるようにがんばるわ。おやすみ――」
『うん。おやすみ、カルマ』
瞼を閉じたカルマの寝姿は、いつもより小さかった。
◆
夜が明けると、何事もないように朝がやってきた。
「ふわあ……。今日は宿の朝飯が食べられるのね」
『おはよう、カルマ。昨夜のことだけど……』
「何のこと? 朝飯に集中したいから後にしてくれる?」
気まずさから謝罪を続けようとした朝霧をさえぎって、カルマは昨夜のことはなかったことにした。
手櫛で髪の寝ぐせを雑に直すと、部屋を出て食堂に降りていった。
部屋に残された朝霧は沈黙して待つことしかできない。
『そうだな。わたしはカルマに頼ることしかできない。カルマに足りない部分があれば、わたしがしっかりすればよいだけのこと』
この一件が片づいたら、カルマに少しだけ酒を飲ませてやろう。朝霧はそう考えた。
◆
「さあて、ぐっすり眠って体は万全。朝飯食べてパワーも充実。いっちょワイバーンをやっつけにいきますか!」
カルマは町を出ると、自己流の体操で体をほぐした。
『ダンジョンの町ヒメイジまで一気にいくつもりかい?』
「休憩はしっかり入れるわよ? 三時間走って三十分の休憩。このペースでいけば夕方までにヒメイジにつくでしょ」
『水分補給も忘れずにね? それじゃあ出発しようか』
下半身に付与魔術をかけ、カルマはヒメイジに向けて走り出した。
『わたしはカルマとダンジョンに潜るのは初めてなわけだが、君は戦い方としてはどういうタイプ?』
「アタシって武技や攻撃魔法を持ってないじゃない? <気配遮断>で後ろから近づいて、聖剣ボウでいきなりバッサリって感じね」
いうなればバリバリの暗殺者タイプだ。ソロアタックとの相性は悪くない。
『ふうん……。相手の数が多い時は困るね』
「そうなのよ。三体以上モンスターが集まっている時はよけて通ってたわね」
幸い「ボス」といわれる宝を守るモンスターはどれも単体だったので、途中に徘徊している群れをやり過ごしていればよかった。
『ワイバーンが単体でいたら後ろから接近。気づかれたり、群れでいた場合は一旦回避。そういう作戦でいこうか』
「いのちだいじに、ってことね。了解よ」
今回の戦闘は催眠ゼリーを仕込んだエサをワイバーンに食わせる戦いだ。事前の準備とワイバーンに忍び寄るまでが成功のポイントになっていた。
「ところで、アンタ。生き血を抜くにはワイバーンの鱗を切り取らなくちゃいけないけど……いけるのね?」
カルマは剣の達人ではない。並の剣を使ったのではワイバーンの鱗に歯が立たないはずだ。
果たして、妖刀朝霧にその切れ味があるか?
『任せてもらおう。しっかり刃筋さえ立ててくれれば、たとえドラゴン相手でも鱗程度は切り裂いてみせる』
朝霧の本質は刀匠である。己が鍛えた刀身の切れ味には絶対の自信を持っていた。
「ふふん。頼もしいことをいってくれるわね。こっちも負けてられないわ」
二人の戦意が高まった頃、カルマはダンジョンの町ヒメイジに到着した。
◆
『やあ、ヒメイジについたね。お疲れさま』
「ふう。長距離移動にも慣れてきたけど、おなかが減るのはどうにもならないわね」
カルマは両足にかけた強化を解いて、かわりに回復力向上を付与する。こうしておけば、明日の朝にはすっかり疲労が回復しているはずだ。
『悪いけどご飯はもう少し我慢して。夜になる前に消耗品の買い出しをしておこうよ』
「わかってる。ダンジョンに入るには準備が大切だもんね」
討伐目的ではないので武器防具を調える必要はない。しかし、食糧や水などの消耗品は最低限用意しなければならなかった。
『どれくらいでワイバーンに出会えるかわからないからね。最低三日分の糧食は用意したい』
「そんなものかしらね。あまり多いと身動きしにくくなるし」
『それと回復ポーションに毒消しポーションてところかな』
戦闘目的のダンジョン攻略ではないが、遭遇戦や不慮の事故というものがある。回復手段は必要だった。
『今回は弓と矢も買っておこうか』
「弓矢? 森に入れば作れるけど」
『作る時間がもったいない。幸い懐は温かい。必要なものに金を惜しむのはやめておこうよ』
カルマに一番足りないものは「時間」だった。「十日で一年の呪い」は待ってくれない。
準備に費やす一時間が期限超過の決め手になるかもしれないのだ。
「そういうことか。わかった。それなら買おう」
買い出しを終わった頃、時刻は七時を回っていた。今夜も泊りは町中の宿屋だ。
それだけでカルマは贅沢気分を味わえる。
「おねえちゃん、飲み物はどうするね?」
宿の食堂で晩飯を頼むと、クマのような大男――食堂のおやじ――に注文を聞かれた。
「お酒――はやめて、ハーブ水をちょうだい」
「あいよ。ハーブ水ね」
体の割には小さな足音でおやじは厨房に去っていった。
『カルマ、よかったのかい?』
「お酒を頼まなかったこと? 明日はダンジョンでしょ。アタシにだって常識があるわ」
『そうだったの? 初めて知ったよ』
「ご挨拶ね。刀身を塩もみするわよ?」
『やめろ、バカ女!』
「アハハハ……」
くだらないやり取りを交わすことでカルマの心は軽くなる。酒も飲まずにけらけら笑ったのはいつ振りだろう?
むしろ酒を飲み続けてから笑うことが減ったのかもしれない。
『カルマ、カルマ。リラックスするのはいいことだけど、わたしの姿は誰にも見えないってことを忘れちゃった?』
「何をいまさら? アハハ。そんなの当たり前じゃない」
『だったら、少し周りを気にした方がいいよ。一人で笑ってる変な奴になっちゃってるから』
「うっ!」
そおっと周囲を見渡すと、痛い子を見る目でじっとりと視線をくれる人ばかりだった。
酒が入っていたらケンカを吹っ掛けていたかもしれないが、しらふの今はひたすら恥ずかしい。
急いで食事をかきこむと、カルマはそそくさと自分の部屋に退散した。