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第10話 見込み違い

「いやあ、ひどい目にあったわー!」

『危ないところだったねぇ』


 胞子を吸い込むだけで眠り茸の催眠効果が発生するとは思わなかった。

 

「朝霧がいてくれたおかげで助かったよ」

『うん。運がよかったね』


 依頼された分だけでなく、自分で使う分を確保しようと欲を出したのがいけなかった。それだけ生育地に長くとどまり胞子を浴び続けることになってしまったのだ。


「トランキラの売値や眠り茸採取の報酬が高いわけがわかったわ。こういう危険があるからなのね」

『だから中ランクの難易度評価されていたんだね』


 本来は胞子を通さないマスクをするなり、活動時間を制限するなりして対策するものであった。

 冒険者ギルドで注意点を細かく聞けば教えてくれたのかもしれない。そこまでリスクが伴うと想像しなかったのはカルマの油断だった。


「考え方を変えれば眠り茸の効果がそれだけ高いってことね。ワイバーンにも通用しそうじゃない」

『そこはよかったといえるね』


 結局、自ら人体実験をして眠り茸の効用を証明した格好だった。


「それじゃあ、冒険者ギルドに戻ろうか」


 髪の毛や衣服についた胞子を払い、すっきりしたカルマは下半身に速度向上と耐久性向上の機能を付与した。

 眠り茸が詰まった布袋を担いで、町への道をひた走る。


 町に入ると、担いできた布袋から小さな小袋に眠り茸を取り分けた。依頼票の分である。

 冒険者ギルドに入ると、カルマはまっすぐ受付カウンターに向かった。


「いらっしゃいませ。本日のご用は?」

「依頼品を納品したいんだけど。名前はカルマ」

「カルマ様ですか。ええと……、眠り茸の採取依頼ですね」


 依頼受付台帳をチェックした受付嬢は営業用スマイルを顔に浮かべた。


「はい、こちらが依頼品よ。確認してちょうだい」

「お待ちください。――確かに、眠り茸に間違いありません。分量も足りています」

「依頼は完了ということでいい?」

「もちろんです。成功報酬を用意しますので、少々お待ちください」


 カルマはロビーのテーブルについて、受付嬢が戻るのを待つことにした。


(ふふふ。報酬目的じゃないけれど、まとまったお金をもらえるのはありがたいわね。いいお酒が飲めそう)

『待った! まずはトランキラもどきを調剤しないとね。鮮度が落ちて薬効が消えたら大変だよ?』

(わ、わかってるわよ! 今晩は薬づくりに専念するわよ。お酒はその後ね)


 朝霧に釘を刺されて、カルマは目を泳がせた。すぐにでも酒場に向かうつもりだったに違いない。


『忘れてはいないと思うけど、わたしたちの目的はワイバーンの生き血入手だからね? まだまだ、先は長いよ』

(うるさいわね! いわれなくてもわかってるわよ。ちゃちゃっと催眠薬を調剤して、ささっとワイバーンを倒せばいいんでしょ!)

『ワイバーンは倒すんじゃなくて生き血の採取だから。時間を無駄にしたら呪いで寿命が縮まることを忘れないでね』


 酒を飲める期待で浮かれていたカルマの精神は水をかけられたように塩垂れてしまった。

 しかし、調子に乗ったカルマにはミスが多くなることを今回のことで朝霧は学んだ。自分とカルマ、両方の利益を考えれば、少し厳しく扱った方がよい。朝霧はカルマの取り扱い方をそう考えていた。


「カルマ様、お待たせいたしました」


 受付嬢が戻り、報酬の入った金袋をカウンターに載せた。


「……確かに。報酬は受け取ったわ」

「では、こちらにサインを。……ありがとうございます。手続きはこれにて完了です」

「ありがとう。世話になったわね。またくるわ」

「お待ちしております」


 金貨五枚。それがこの依頼の報酬だった。食うだけなら半月は暮らせるだろう。

 袋の中に残った眠り茸を全部売ったら、一体いくらになるだろうか。


 もともとそれは催眠薬を自作するために採ったもの。それを知りつつ金銭欲は高まってくる。


「あー、やだやだ。さっさと催眠薬を調剤しちまおう!」


 じっとしていると金に換えたいという欲望で身動きが取れなくなりそうだった。

 カルマは布袋を背負い直し、森の中の拠点に向かうことにした。


 いきがけに町の雑貨屋で手ごろな鍋を買い、催眠薬を納める水筒を調達した。

 町の出口で速度向上の魔法を付与し、森の中の拠点へと移動する。


 ばらしておいた石組の竈を再び組み直し、川水で満たした鍋を火にかける。そこへ眠り茸を適量放り込んだ。


「鍋の大きさを考えると、十回くらいに分けて煮詰めることになるわね」

『大鍋があればよかったけど、ないものは仕方がない。焦らずにいこうよ』


 調理人や薬師が使う大鍋は普通の店では扱っていない。第一、大きすぎて持ち運びが大変だ。

 カルマは適当に拾った木の枝で鍋の中身をゆっくりと攪拌した。今回はマスク代わりの布で口と鼻を覆っている。


「正式な催眠薬の作り方を知らないけど、適当に煮詰めてやれば大丈夫でしょ」

『薬効成分が揮発性でなければ、それでいいと思うよ』


 一度作ってみて、効果を試してみればいい。カルマはそう考えていた。

 そういう意味では鍋が小さいことは都合がいい。


 試作から試用までが短い時間でできるはずだ。


『ところでカルマ、できあがった催眠薬をどうやってワイバーンに使うつもり?』


 鍋の中身をかきまぜるカルマに、朝霧が語りかけた。催眠薬が抽出できるまで会話する時間はある。

 カルマにとっても気がまぎれるので会話はありがたかった。


「やっぱり体の大きさを考えたら大量に摂取させたいわね。肉に仕込んで食べさせるのが確実じゃない?」

『そうだろうねぇ。すると、ワイバーンに近づく前に餌になる獲物を取らないといけないね』

「そういうことね。あんまり大きすぎる獲物だと運ぶのに苦労しそうだわ。小ジカとかイノシシくらいがいいかな?」


 カルマは単独行動であり、朝霧は物理的な働きができない。一人で獲物を取り、一人で運ばなければならないのだ。


「付与魔法で体力強化すれば何とか運べるでしょう」


 自分の体に機能付与するという使い方を発見したことで、カルマには行動の選択肢が増えていた。


「朝霧の鑑定があるからできることね。ほんとに助かるわ」

『元はといえばわたしにかかった呪いが招いた不幸だからね。鑑定が役に立つならいつでも手伝うよ』

「くーっ、男前ねぇ! 生身の人間なら今すぐ押し倒すのにぃ!」

『危ないからやめてね? わたしの切れ味だと命がなくなるよ?』


 妖刀でありながら朝霧は貞操の危機を感じておののいた。


 一時間程ことこと煮詰めていると、鍋の中身は粘り気を帯びてきた。煮凝りのように固まり始めたところでカルマは鍋を火からおろした。


「ふうん。思ってた結果と違うけど、この方が取り扱いが楽かもね」


 眠り茸の残骸を取り除くと、コップ一杯分ほどのゼリーが残った。例によって弓矢を用意したカルマは、矢尻に催眠ゼリーを塗りたくった。


「こいつでウサギでも狙ってみようか。あ、矢が刺さったら死んじゃうか」

『それこそイノシシかシカくらいの獲物がちょうどいいね』


 <気配遮断>をオンにして足跡を追っていくと、カルマの<気配感知>スキルに中型動物の存在が引っかかった。


「見つけた! 逃がさないわよ」

『これは……ヤマイヌだねぇ』


 群れに属さない一匹狼ならぬはぐれ犬なのだろう。ヤマイヌは一頭だけで地面に寝そべっていた。

 どうやら休憩しているらしい。


 幸いカルマは風下側にいる。慎重に距離を詰めて、木の陰に身を隠した。


(急所に当てないようにして、と。催眠矢、発射!)


 ヒュンという矢の音にびくんと反応したヤマイヌだったが、体を起こしきる前にカルマの矢に腰を射抜かれた。


「キャン!」


 苦痛にもがき、逃げ出そうとしたが、二、三歩進んだところでヤマイヌはばたりと倒れた。


「お? 薬が効いたかな?」


 妖刀朝霧を抜いて、カルマは慎重にヤマイヌに近づいた。

 つんつんと切っ先でつついてみても、ヤマイヌは動かない。


 ゆっくり手を伸ばして心臓の上に当ててみた。すると、とくんとくんと落ち着いた鼓動が伝わってくる。

 規則正しく腹が上下しており、間違いなくヤマイヌは眠っていた。


『ほほう、効いたね。本物のトランキラと遜色ないんじゃないか?』

「そうね。一鍋分でワイバーンもどうにかなりそう」


 効き目を確認できてほっとしたカルマは、手の甲で額の汗をぬぐった。

 眠りに落ちたヤマイヌを踏みつけながら、腰に差さった矢を一気に引き抜く。


『――起きないね』

「完全に薬で眠ってる。これなら間違いないね」

『こいつ……どうする?』


 ヤマイヌは食べられないこともないが、肉が固く、カルマの好みではない。


「放っておこう。食用にするのはウサギか鳥でいい」


 眠りから目覚めればヤマイヌは自分の足で立ち去るだろう。矢傷が残るが、ヤマイヌの生命力は強い。

 ほどなく傷はふさがり、回復することだろう。


 カルマは川原の拠点に戻った。


「――どうしよう。鍋一杯分で足りちゃった」


 布袋には鍋九杯分くらいの眠り茸が残っている。


「捨てて帰るのももったいないしなぁ」

『あの薬師のところに持ち込んでみたらどうだろう? もしかしたら買い取ってくれるかも』

「そう? 依頼は小袋一つ分だったわよ?」

『そうなんだけど、ダメ元さ。いらないっていわれたら捨てればいいし』

「うん。そうしようか」


 カルマは催眠ゼリーを水筒に詰め、竈を崩して町に戻った。

 

 ◆


「眠り茸ぇ? こんなに採ってきたのか?」


 店先で布袋の中身を見せると、薬師は目を丸くして驚いた。


「全部取れたてじゃないか。よく眠りこまずに採取できたなあ」

「あの、これ買い取ってもらえませんか?」


 おずおずと上目遣いにカルマは薬師に尋ねた。


「ああ。いいとも。金貨七十枚でどうだ?」

「は、はい! それで結構ですぅ」


 ギルドの報酬よりも割のよい値段だった。カルマは声を上ずらせた。


「やったぁ! 催眠薬をゲットした上に大金まで稼いだぞ!」

『でも、こうと知ってたら最初から眠り茸を全部ここに持ち込めばよかったね。自分で調剤しなくても代金の中からトランキラを買えば済んだわけだし』

「え?」

 

 朝霧がいうとおりだった。わざわざ鍋を買ってまで時間をかけて眠り茸を煮込む必要などなかった。売り物のトランキラを買い込めばそれで済む話だった。


「えー! アタシの苦労はなんだったのぉー!」


 ワイバーンの一件に片がついたら、絶対浴びるほど酒を飲む。カルマは己に固く誓った。

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