【第一章 分身の商売道具】
【第一章 分身の商売道具】
―冒頭シーン―
「5時間だ。無駄口はなしだ、俺たち」
登は酒場の裏手にある**賭博場『黒い樽』**の裏口に、分身5人を呼び集めた。
ひとりは黒髪の人間男。ひとりは金髪のエルフ女。ひとりは屈強な獣人。
他にも、細身の青年、初老のドワーフ。
外見はバラバラだが、中身はすべて“自分”だ。
「役割はこうだ。お前はカード、そっちはサイコロ。お前はルーレット。残りは格闘賭博と競馬もどきだ。手口はわかるな?」
全員が無言で頷く。
「目標は、元手の銀貨を2倍以上にすること。
時間は5時間。制限時間内なら、何度でもやり直せる。
ただし、欲をかきすぎるな。消える時は一瞬だ。」
分身たちは散っていった。
登は裏口の木箱に腰かけ、静かに見守る。
賭場の中では、すでに騒ぎが始まっていた。
—まず動いたのはサイコロ賭博の分身だった。
卓には、無精ひげの男たちが群がっている。
分身は軽く笑って銀貨を差し出し、サイコロを握る。
賭ける目は「4」。
——もちろん、ただの運任せではない。
サイコロの癖、振り方、場の傾向、すべて事前に調べ済み。
コロコロ……。
「……4だ!」
歓声が上がる。分身は無表情で銀貨を回収し、次の賭けへ。
同時に、カード賭博でも勝利。
ルーレットの分身は巧妙に他の客を誘導し、外れにくい賭け方でじわじわ増やしていく。
——登は木箱の上で、ふっと息をついた。
「やっぱり俺は、賭けの才能があるな」
分身の動きは完璧だった。
元手の銀貨は、すでに2倍を超え、さらに増えていく。
誰にもバレない。
分身たちは「別人の客」として賭場に溶け込んでいる。
この町では、客の身元をいちいち確かめるような野暮な真似はしない。
勝ち続ければ、誰でも“常連”だ。
——だが、油断はしない。
この町の賭場には、勝ちすぎる客を「消す」連中もいる。
時間との戦いだ。
登は懐から砂時計を取り出し、ちらりと確認する。
残り3時間42分。
「まだいける。倍の倍……いや、さらにその先まで」
彼の目が、獣のように鋭く光る。
——ここからが本番だ。