怪異になった少女
グロ、残虐な描写、女、未成年や老人など酷い目に合うといったシーンも含まれます。
バジャン、とバケツの水がかかった。
しとしと、と黒髪の濡れ羽色は湿り気を帯びる。
陸上部の子が地面に撒いていたもの、打ち水だ。その日は日照りが酷く、熱くグランドを燃やしていた。その熱を冷ます為に行なわれた行為だが、不幸にも目の前の少女にかかってしまった。
「ごめん!」
「あはは。別にいいよ」
ワザとではない事は知っている。黒い髪を両脇に結った少女は特に気にも止めずに、手渡されたタオルでその長い髪を拭く。
拭き終わったら、そのまま駆け足で帰り道へと急ぐのだ。下駄箱にあった靴を潰して履く、今は時間さえ惜しい。
「怒ればいいのに」
「ワザとじゃないならいいよ。待っててくれてありがとう、ヒカリちゃん」
待ってくれていた彼女は色素の薄い髪色にロングヘアをハーフアップして、赤いリボンを結っていた。何処までも透き通るかのような白い肌、長くボリュームある睫毛も白く、可憐で小さな唇は薄い桜色をしている。
長袖のセーラー服を着て、白いマフラーを首に巻き、手袋もしっかりして一切肌を晒さないスタイルだ。外に出れば日傘もさす。
夕日に照らされれば益々その儚げな白さが際立つ彼女はヒカリちゃん。
「あっついね〜ヒカリちゃんは暑くないの?」
「冷え性だからね」
「アイス食べる?身体冷えちゃう?」
コンビニに寄って、アイスを2本買う。外で待っていたヒカリちゃんに手渡そうとするが、ふと思い出したように気が付いた。
私よりも背が低く、美人さんだけど高校生には見えないほどこじんまりとしていて。制服さえよく見れば違う。そうだ、とても身体は弱かったじゃないか。体調を崩しやすい彼女は体育の時間だって見学が多い。そんなヒカリちゃんを心配して声をかける。
「へーき」
アイスを受け取ったヒカリちゃんの指先はとても冷たい。
それをお人形さんみたいに小さなお口でガリガリと平らげていく。色さえ感じない白い彼女を横目に疑問に思っていた事を投げかけた。
「ヒカリちゃんって幽霊?」
足はちゃんとある。だが、季節感にそぐわない彼女の出で立ちを見て、つい言葉を滑ってしまった。
「そーよ。今更気付いたの」
「えっ!いつの間に!」
知らなかった、と私は呆然とする。だって、彼女がいつも通りで何処までも普通すぎるからだ。
アイスだってこうやって一緒に食べてるし、ちゃんと触れられる。唐突な事を言った私に対してノリを合わせているだけ。彼女にからかわれているのではないかと勘ぐってしまう。
「んじゃ、他の人に聞いてみたら?アタシの存在について」
そう言って彼女は当たり、とかかれた棒を見せてきた。
その棒を持って、店員さんのところへヒカリちゃんの手を引いて交換に行く。だけど、何も特に言われないし普通にアイスを交換出来た。
試しに私の隣に誰かいますか、と聞いたら首を傾げていて、マジマジと見つめている。
い、る………?
何とも微妙な反応だ。
「だから言ったじゃん」
目の前がザァザァ、と砂嵐のように乱れる。未だに現実味がない。だって確かに彼女はヒカリちゃんはそこにいる。
それに店員の人だって、一応¨いる¨とは言った。それならば存在が薄いだけで……なんだが店員の様子が何処か可笑しい。
ぶくぶく、と口から泡を吹かせている。
目を白黒とさせて、どう見たって普通じゃない。次第に手をバタバタと、犬かきのようにもがき始めて。ヒカリちゃんが視線を逸らせば、動きが止まり、落ち着いたように呼吸を取り戻した。そうして何事もなかったかのようにいつも通りの業務へと戻っていったじゃないか。違うところを言えば何故か髪が濡れている。
「超能力とか?」
「本当にそう思う?ならアタシを知っている人に聞いたら」
信じられない私にヒカリちゃんはそう言う。田舎から出て来た私達は叔父さんの家に私は住んでて、ヒカリちゃんは一人暮らしだ。とりあえず家に帰って叔父さんにヒカリちゃんの事を聞いたら、誰、と返ってきた。寡黙な叔父さんはふざける人ではない。
また連れて来たヒカリちゃんを見たら、店員さんと同じように泡を吹いていた。
次の日に学校の人達にもヒカリちゃんの事を訊いて回ったら誰も知らないようで。美人なヒカリちゃんはあんなにも有名なハズなのにキツネに化かされたようなおかしな話だ。
ヒカリちゃんを見れば、皆が皆泡を吹いてもがき苦しむ。それでいて頭から水でも被ったかのように濡れている。
当の本人はというと無表情だが、お茶目にもピースサインをこちらに向けてくるではないか。
壁をすり抜けられるわけでも足が透けてる訳でもないのに、奇妙にも誰もがヒカリちゃんの事を覚えていない。
ともかく私の友達は怪異となっていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
ヒカリちゃんは私のヒーローだ。
昔から長い黒髪で鴉女と虐められていた私を救ってくれたのがヒカリちゃんだから。いつも公園で髪を引っ張られ、砂や水をかけられているところを、ヒカリちゃんはそいつらを蹴散らして勢い良く出るホースで水をかけて回っていた。
深窓のお嬢様みたいと皆が噂する彼女にこんなパワフルな一面がある事を知らなかったのだ。
そんな彼女は私の髪を見てお人形さんみたいに綺麗だねって言ってくれて。クシで梳かしてツインテールにしてくれるので、その日から私の髪は自慢のモノになった。天高く両脇に舞う髪はまるで翼を広げたみたい。
私はヒカリちゃんが大好きでいつも着いてまわっていたし、彼女も嫌そうではないから甘えていたと思う。
ヒカリちゃんには何でも話した、何でもない日常の事や授業の先生の事、芸能人の話、ファッションやメイク、好きな男の子まで。正反対な趣味の私達は決して話が合う訳じゃなかったけど、相手を尊重し理解出来るほどに親友と呼べる仲だったと思う。腐れ縁とも。
高校は地元じゃなくて遠いところのを受けるって聞いて、私も同じところに受験した。親を説得するのは大変だったけどヒカリちゃんが一緒ならと許してくれて。ヒカリちゃんは地元でもとても有名だったから。
「えへへ、毛先ちょっと巻いてみた〜どう?」
「いいんじゃない」
そんなヒカリちゃんに何があったか聞きづらく口を濁していると、長い付き合いの彼女には気付かれてしまい溜息を吐かれてしまった。
「はぁ。もういーわ。ヨミ、いい?知る覚悟は出来てる?」
幽霊なんて私は信じられない。ただ存在が薄いだけだって。それに私はヒカリちゃんの事を認識出来るのだから問題ない。
私は嫌だ、ヒカリちゃんが死んだなんてそんなの。目の前の彼女はどう見てもピンピンしていて物だって食べられるし、寝る事だってできる、健康そのものに思える。
だけど、もしも。本当に死んでるのならば、私は真相を知りたい。どうして、ヒカリちゃんが死んだのかを。他殺ならば誰に殺されたのかを。
「ヨミ」
「えっ、えっ。ちょっと待ってヒカリちゃん。私まだやっぱヒカリちゃんが死んだって認めてな一一一」
「見なさい」
ヒカリちゃんがマフラーを取る。
そこにあったのは虚空。何もない、文字通り切り取られており、制服の襟元からマフラーで隠されていたその間がないのだ。
空の色を映す空間、黒く淀むように濁って、まるで子供の落書きみたいにドロドロのぐしゃぐしゃだった。
「そして思い出しなさい。ココは水の底よ」
「ヒカリちゃん?」
「思いだせ、アンタはもう」
―――泡になる。
人魚が水に沈むようにゴポゴポと。
足には重石がつけられていて沈んでいく。漆黒の闇が足元から侵食していくように塗り潰されて、天上の光が見えない。
もがいて、足掻いて、苦しんで。呼吸もままならないまま、酸素を失っていく。水底は今か今かと深淵がこちらを飲み込もうとしている。
あぁ、そうだ。何で忘れていたんだろう。
あの日はヒカリちゃんの誕生日だった。
だけど何処か浮かない彼女を見て、私はサプライズで祝おうと彼女が住むワンルームに向かった時。私はヒカリちゃんの姿が見えて大声を上げて喜んでしまったのだ。車に連れ去られる直前の彼女に。
それで、ああ、私は。一緒に車に乗せられて、両手足縛られてしまった。口にもガムテームをされて。それはヒカリちゃんも一緒で。
途中で私だけ海で降ろされた。足に石を付けられてそのまま、ジャボン、と落とされたのだ。魚の餌になるようにと。
車内で私は聞いていた。ヒカリちゃんにその日が来たという事。どうやら田舎の老人達らしい。ヒカリちゃんは昔から可愛がられていた、山神様の嫁として相応しい存在だと。
私は溺れながら思い出す。
あぁ、助けにいかなきゃ。私は助けて貰っておいてまだヒカリちゃんに何も返せてない。
掴めるだろうか、あの頭上から降り注ぐ光を。
手を伸ばせば、ほら。
ザバンッ、と陸上に上がる。
しと、しと、しと。
烏の濡れ羽色した少女は影を落とした。濡れる身体を拭う事はせず、彼女が歩いた跡が水で滴っていく。
ぺた、ぺた、ぺた。
その日は晴天で日照りも強いというのに何処か涼し気で血の気もない。
ただ、壊れそうなくらいブレーキ音が瞬く間に鳴り響く。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
久しぶりの地元に帰郷した濡烏。
両親はいない、首を吊った夫婦がいただけ。血の気の失せた顔、おびただしい糞尿。壊れた家屋。真っ赤にペンキが塗られた犬小屋。
彼女は納屋にあった砂埃が被った斧を手にして。
漆黒の真夜中に舗装されていない道を歩いた。
暗がりの中、木の軋む音がする。踏み外しそうな古い木造。田舎特有の一軒、一軒がそれなりに離れており、誰も異常には気付かない。
「ヒカリちゃんは何処」
眠る住人の頭に振り落とす。トスン、と小気味のいい音がする。
噴き出す緋の衣を纏いて、命の残響を遺し零れていく。ズリズリ、と斧を引き摺りながら地面に跡を残して、濡れて濡れて濡れて。壊して、飛んで。
弾けて、転がって。躓いて、挫いて。
トン、トン、トン、トン、トン
断末魔の叫びが轟こうとも誰も気付きやしない。明かりが灯った宴会の席だって、ボォッと光は掻き消されていく。笑い声はもう響かない。
「ヒカリちゃん」
彼女の足並みは深く入り組んだ民家を尋ねて歩いて、さらに奥へと進んで。茶色や緑を朱に染めて飛び散った。初めて絵の具を使って描いた子供のように、びちゃびちゃのぐちゃぐちゃ。
飛沫が瞬く間に拡散して、恐怖が伝染する。
もう人の気配すらない森の奥まで来た。そこには石の階段の先に小さな祠がある。清掃が行き届いており、とても大切にされてるのがよく分かる。
祠
錆び付いた刃物を持つ手に力が入る。ガチャリと鍵を壊して開ければ、ほら。
アナタがいた
首だけになって綺麗な死化粧をされた白いアナタが。再会を祝して抱擁を交わす。ボタボタ、と垂れる、感情が滴り落ちて漏れる。それはなんと言う名前であったか。もう、思い出せナイ。綺麗な白い花嫁を抱いてどうか。
カァカァ、と木の枝にとまっていた一羽の鴉が鳴く。
耳につんざく、けたたましく。バサバサと翼を広げて飛び立った、抜けた羽を散らして。
雨がザァザァと降り始めた。それは大きな雨粒となり地面を濡らしていく。
木々が崩れ、濁流となって土砂が激しさを増し、民家諸共流れていった。跡形もなく消えていく。呆気ない一夜の出来事はもう誰も覚えていない。
そう、アナタを除いては。
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【濡烏女が追ってくる】
1:名無しのゴンベ@情報求厶:200×/07/03 20:00
至急助けてくれ!濡れた女に追われてるんだ!
2:名無しのゴンベ@情報求厶:200×/07/03 20:02
普通じゃないんだ!真っ赤な斧持っててとにかく尋常じゃない雰囲気で
3:名無しのゴンベ@情報求厶:200×/07/03 20:04
辺境の田舎のここいらじゃ有名な話で首狩りの濡烏女かもしれない!
4:名無しの暇つぶし@ゆっくりしていけ:200×/07/03 20:05
もちつけ!首狩り?美人?kwsk
5:名無しのゴンベ@情報求厶:200×/07/03 20:10
光もない真っ暗な道なんだが車で何か引いたなって
からすみたいに黒い女が急に飛び出て来たもんだか
ら 車から降りて声かけたら 怪我はないけど素足
だし なんか異様に濡れてるなって思って
どこか変だなって思ったら 手に真っ赤な斧持ってて
こりゃやべぇって車に戻って走ったんだ
いやさ 黒い女で思い出したけど ご老人共に伝わ
ってる迷信思い出したんだ
たすけて!ころされる!
6:しゅ〜★:200×/07/03 20:12
警察呼べ
7:名無しのゴンベ@情報求厶:200×/07/03 20:14
通報したよ!でも電話しても繋がらないというか ノイズが走った後に不気味な女の声で
どこ
って!
8:しゅ〜★:200×/07/03 20:16
本当に轢いたなら警察案件
そうじゃないならオカ板いけ
9:名無しのゴンベ@情報求厶:200×/07/03 20:19
どうしよ
10:名無しの暇つぶし@ゆっくりしていけ:200×/07/03 20:20
釣り乙〜
ちな迷信ってどんなん?
11:名無しのゴンベ@情報求厶:200×/07/03 20:22
あ
12:しゅ〜★:200×/07/03 20:23
どしたん?
13:名無しのゴンベ@情報求厶:20××/07/03 20:25
み
ぃ
つ
け
た
良ければなんですけど隠しで仕込んだ言葉、意味に気付いて貰えたら有難いです。分からないけど、どうしても知りたいって人だけ活動報告へ行けばリンク貼ってあります。
ここまで読んで下さってありがとうございました!