68:わたし、売られた妻でしたのに
「生涯愛す女はお前だけだ」
「……クルードさま……!」
耐えられずに声を上げた。
こみ上げる想いの行き場がなくて苦しい。
胸が張り裂けそう。
愛おしくて、切なくて。
それでも、どうしようもなく、彼が欲しくて。
「私、あなたと離れたくない、離れたくありません……!」
「……ならば、今夜くらいは、俺におまえを預けろ」
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誰かの重みを、愛おしいと感じたのはこれが初めて。
見上げる彼の揺れる眼差しを受け止めると、そっと近づく大きな手。
指先が触れるだけで熱が走る。
触れられただけで、こんなにも心が熱を持つ。
「──朝が来るまで、ただ、おまえを感じていたい」
彼の言葉の意味を肌で理解するよりも早く、降りてきた彼の唇に目を細め微睡んだ。
最初は、軽く。
けれど、それはすぐに甘さを増し、熱を持ったものへと変わる。
触れるたびに、身体の奥から熱がせり上がる。
腕の力を抜けばすぐに崩れてしまいそうなほどに。
「クルード、さま……」
かすれた出た声が、自分のものとは思えなかった。
唇を離す間際、彼の指が髪を梳く。
それがどうしようもなく心地いい。
こんなにも優しく触れられたことはあったかしら
もっと、触れてほしい
この腕の中にいる間は、すべてを忘れてしまいたい
そんな欲が止まらない。
再び唇を重ねられた瞬間、彼の指がそっと腕をなぞる。
服越しなのに、その指先が走るたびに、全身が敏感に反応してしまう。
どうしようもなく、心が甘く蕩けていく。
見つめ合えば、クルードの紺碧の瞳が揺れていた。
息遣いが、かすかに乱れている。
触れてほしい。
もっと。
言葉にする前に、腕が彼を求め──唇へと引き寄せていた。
何度も何度も味わいたい。
この幸せを忘れないように。
絡めた指がほどけない。
心が、身体が、すべてが彼を求めている。
熱い口づけ。
唇が重なるたび、余裕のない息遣いが耳元を擽る。
それがまた、心を強く締め付ける。
──この先、三年。
私は、耐えられるのだろうか。
この温もりを知ってしまったのに。
この幸せを覚えてしまったのに。
離れて生きていけるのだろうか。
そんな不安さえも、今はどうでもよかった。
降り注ぐ愛で、満たされていく。
::
[愛するリュネット
元気だろうか?
おまえが聖堂に詰めてから、数日が過ぎた
無事、プレニウスに戻り筆を執っている
おまえのいない帰り道は
どこか空虚で仕方なかったが
落ち合わせたショーンとネネに叱られてしまった
愛は人を弱くするのだな、自分でも驚いている]
[愛しいリュネット
聖堂から受け取り禁止の文を貰った
手紙も送れないなどと聞いていないが、文を綴っている
もしおまえがこの手紙を読めるなら、
そう思いながら綴る文も悪くない
おまえが
『見事聖女となった』と知らせを出してから
城内も城下も大騒ぎでな
城の9割はおまえを誇る反応へと変わったよ
そんな反応に
誇らしさもあり、呆れもある
聖女の冠は強いな
おまえの好きな花が咲いた
クロッカスは今年も綺麗だ]
[最愛の君へ
リュネット。
おまえが居なくなってから
2度目の春が来た
今おまえは何をしているのだろうか?
おまえの祈りが
今日もセウス川を穏やかに保っているのだろう?
おまえが護る水源は変わらず、領地を潤しているよ
それがどれほどのものか、俺は知っているつもりだ
ありがとう、リュネット
おまえを誇りに思う]
[愛してる
2度目の冬が終わった
リュネット
俺は、おまえを想わない日はない
返事が来ないとわかっていつつ、気づけば筆を執っている
おまえが首を傾げていたあの本
「盟主のキミに恋をした」
つい先日、読み終わった
おまえに話を聞いてほしい
まだ叶わぬのに、そう思ってしまうよ]
[会いたい
3度目春が来た
もうすぐ、おまえに会える
迎えに行く]
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:
「────遅かったな」
「……お待たせ、致しました……!」
晴れやかな空の下。
セラフィア大聖堂の荘厳な扉を背にして、リュネットは恥じらいながら会釈した。
3年ぶりの再会だ。
修練の間、何度も彼の顔を思い浮かべた。
それなのに──実際に目の前にすると、胸が詰まる。
足が震え、視線を上げられない。
「──あの、えぇと」
出た声が上擦った。
その音に、リュネットは固く肩をすぼめ足元に視線を沈めた。
まるで恋に恋する少女のようで恥ずかしい。
鼓動がうるさい。
しかしそんな自分をよそに、彼の穏やかな声が降る。
「……待っていた。3年だ」
「…………はい」
「緊張しているのか?」
「…………はい」
ふっと漏れこぼれた彼の息。
リュネットの視線は、石畳の上にとどまったまま。
──しかし。
「──顔を見せてくれ。リュネット。おまえの顔が見たい」
降り注いだのは、彼の、ねだるような声。
緊張も戸惑いも、吹き飛ばしてしまう声。
ごくんとひとつ飲み込んで、彼女はゆっくりと顔をあげた。
迎え入れてくれたのは、彼の美しい金の髪に優しいまなざし。
「……綺麗になったな。見違えた」
──ああ、この瞬間を待ってた。
愛しい人が目の前にいる。
リュネットは、一歩踏み出す。
迎えるように伸ばされた手のひらが、そっと頬を包んだ。
視線が絡む。
彼の深い青に吸い込まれそう──
胸の中が愛しさで満たされていく。
愛していますを瞳に込めて、彼女は彼の胸へ頭を預けた。
この声に会いたかった。
この胸に抱かれたかった。
暖かい。
久しぶり。
……ああ、
「ふふっ、……幸せです」
「うん? どうした」
温もりを満足げに味わって、あの日の続きを描くように、甘えを宿して彼女は言う。
「わたし、売られた妻でしたのに……。こんなに愛していただけるなんて、思いもしませんでした」
「────その烙印はもう捨てろ」
「……? クルードさま……?」
「おまえは、俺の妻だ。他の何者でもない」
述べる彼に、引き寄せられるように。
リュネットはつま先を立てて、愛を迎えた。
3年ぶり。
柔らかに交わす愛が、空白の3年を埋めていく。
静かに降り注ぐ日の光も。
荘厳な聖堂も。
小さく目を見開きつつも、綻び笑う彼の顔も。
すべてが全て、愛おしく──
過去が記憶とへ変わりゆく。
「愛してる。もう、誰にも渡さない」
ありがとうございました。
ここまでお付き合いいただき、感謝です。
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