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18:月夜の逢瀬 3 



昔話だ、と前置きをして、彼は静かに話し始めた。







 『サラ・マクラベル』という名を覚えているか?


 彼女は俺の妹だ。

 いや、妹のような存在、と言うのが正しい。

 ショーンは彼女の弟、俺は……彼らの、兄のような存在だった。


 プレニウス領の端に、レンザという小さな村落がある。

 昔は麦を育てる長閑な村だったが、今はもう何も残っていない。



 「レンザの夜襲」で滅んだ。

 当時、プレニウスに不満を持つ敵対勢力が、滞在していた軍を狙って夜襲をかけ、多くの命が奪われた。



 サラとショーンの両親も、その犠牲者だ。



 俺の父、アンデリックは、己の滞在が悲劇を引き起こしたとして、彼らを引き取り俺と共に育てた。もちろん、伯爵の嫡子と村落の子では身分が異なる。平等というわけにはいかなかったが、遊びに興じた時は……その差は無かったように思う。


 俺とサラとショーンは、俺が一番年長でな。

 年の差は無いと同義だったが、俺の名を呼び、慕ってくれる彼らと遊ぶのは楽しかった。狩りにも出た。遠乗りもした。大切な妹だった。



 そのサラが奉公に出て、死の証(メダリオ)として帰ってきた。


 知らせを受けた時、心に穴が開いたように痛かったが、見ていられなかったのはショーンの方だった。「自死のようだった」と告げられても、到底受け入れられない様子だった。



 父のアンデリックも心を痛めていたようだが、サラの死の究明をしようとはしなかった。”育てた”とはいえ、共に過ごす時間は少なかったし、父にとって彼女は、罪の証のようなものだったのだろう。


 その後、父上が引退し、俺が伯爵の座についた。兵を動かせるようになり、俺たちはやっとサラの死を調べられるようになった。


 そして……






「ダルネスのもとに、たどり着いたのですね……」

「ああ」



 重い沈黙に声を落として。

 呆然と呟くリュネットに、固い相槌が落ちた。


 それらを目の当たりにし、リュネットの中、駆け巡るのは気遣いと迷いである。


 ──この先を、聞いてもいいものか、どうか。

 しかし、ちらりと見つめたクルードは苦しそうで、リュネットは思わず問いかけていた。




「……先を聞いても、よろしいですか?」

「……」



 恐る恐る。

 先を求めた声賭けに、クルードの顔が痛みに染まる。


 口にするのは苦しいのだろう。

 しかし、うちに込めるのも苦しいはずだ。


 『吐き出したいが吐き出せない』。

 そんな葛藤がありありと見えて、リュネットはただ、言葉を待った。



 静寂が支配する。

 ずんと落ちた沈黙から這い出す様に、クルードは、大きく息を吐き出した後、遠慮がちに口を開くと、




「……ショーンが、やっと、掴んできてくれた。

 サラは、ダルネスに汚されていた。

 酒に酔ったヤツが自慢げに語っていたそうだ。

 何度も何度も犯したのだと。

 嫌がるサラは恍惚だったと。

 その内サラは逃げ出し、運悪くナルシアに拾われた」



 クルードの語る一言一言が重く、冷ややかに響く。

 リュネットは震えを隠せず、ただ黙って彼の声に耳を傾けるしかなかった。



「ナルシアは、サラに金を稼がせた。

 奴が劇場で上り詰めるための衣装や装飾品などの資金を、すべて。

 あの女は、容姿や体つきのことを散々貶し、自信を奪い、隷従させた。

 その上、身ごもったサラを身一つで追い出したのだそうだ」

「……それは、どこから」

「本人が語ったそうだ。ショーンに向かってな」




 怒りと嫌悪と共に、瞬間。

 彼女の中で繋がった。



 あの日、あの晩、あの酒の席。

 彼が聞かされたのは、その話だったのだと。

 

 『誰かを殺しそうで』

 先ほど飲み込んだ言葉が、納得を纏ってリュネットの中で舞う。


 同時に吹き出す、憎しみと怒り。

 それに呑まれそうになるリュネットに、クルードの悔しさを帯びた声が響く。




「……その場で剣を取らなかったショーンに、俺は称賛以外の言葉をかけられなかった。……つくづく、俺は言葉を知らん」



 吐き出す嫌悪が闇夜に溶けた。

 弱音とも取れる反省を零す彼に、どう声をかけていいのかわからない。

 

 なのに、水面に映る満月は綺麗なのだ。

 静かに揺らめき静寂を落としている。


 それらに整えられたのだろうか。

 やがてクルードは背を伸ばし目線を上げると、短く息を吐き出し、一拍。



「──死んだ人間は戻らん。

 それは解っている。

 私怨に塗れた復讐に、誰かを巻き込むなど愚かなことだと、それもわかっている。

 しかし、奴らをのさばらせるわけにはいかん。

 「爵位・地位・名誉・財、全てを取り上げるだけの証拠(もの)が欲しい。サラの件だけでは、不十分だ」



「……爵位を取り上げるには、国王を動かさなければなりませんものね……」

「……ああ。

 だから俺はおまえを利用した。

 ……すまない」

「…………」


 

 重く述べる彼に、リュネットは小さく息を零して口をつぐんだ。

 


 いったい誰が、怜悧冷徹なのだろう。

 『プレニウス卿は武骨で不愛想』。

 そんな印象だったが、そんな彼はここにはいない。

 居るのはただ、『’自分の目的のために誰かを利用したこと’に、言いようのない罪悪感にさいなまれている男性』だ。



 ──そんな彼に、リュネットは一拍、目を伏せ、告げる。



「……わたくしも、彼らをのさばらせておきたくはありません。……そのために、ここに来ました」




 胸を静めるように、深く、深く息を吐き出した。



 そこには、悲しみも怒りも含まれておらず、あるのはただ静かな決意。


 『全てが腑に落ちました』と言わんばかりの表情で、リュネットはクルードに顔を向けると、





「それで……今のわたくしに、何ができますか?」



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