17:月夜の逢瀬 2
彼女の脳裏に過るのは、数日前。
深夜の廊下で見たショーンの姿だ。
この世の恨みを煮詰めたような気迫をまとい、鋭い眼差しで前だけを見据えていた、あの顔。
言うべきか、言わざるべきか。
一瞬迷い躊躇い、リュネットが選んだのは「問いかけ」。
ショーンの内情を、クルードが知らないはずがないと踏んで彼を見る。
「ショーンにも、何か事情がおありなのでは?」
声には深刻と切実が入り混じっていた。
瞬時、クルードの顔がわずかに歪む。
リュネットはその変化を見逃さない。
「先日、ダルネスの酒の席に彼が同席いたしました。その後、ショーンは鬼気迫る勢いで部屋に戻っていった。ダルネスに何を聞かされたのかはわかりません、けれど、あの様子は……」
”今にも誰かを殺しそうで”。
それは飲み込んだ。
────途端、静寂が絞め殺してくるような感覚に、リュネットは表情険しく息を詰める。
ああ、苦しい。
水面に映る月明かりさえも冷たく揺れて、闇が全てを押し潰してくるかのよう。
聞くべきではなかったかもしれない。
けれど知っておきたい。
それを込め、先を待つリュネットの瞳が、彼の紺碧の瞳と交わった時。
後悔に揺らめいた紺碧が、諦めと覚悟を宿して事実を放った。
「……あいつは、サラの実弟だ」
「……弟……!?」
一瞬で。
駆け巡る記憶に血の気が引いた。
クルードがかつて口にした“サラ・マクラベル”。
おそらく彼の大切な人。
今はもう、この世にいないと思われる人。
だが、ショーンがその実弟とは……!
思わず息を呑むリュネットに、クルードは静かに続けた。
「サラとショーンは同じ親から生まれた。戦争孤児だ。父上が俺の遊び相手にと引き取り、育てたんだ」
聞こえてくる事実に、混乱が押し寄せる。
胸を締めつける後悔と動揺を整理できない。
駆け巡る冷感に震えが止まらない。
ショーンを引き込むよう提案したのは自分だ。
なんてことを、なんてことを。
あ、あ……
逃げるように口元を押さえようとする指が震える。
もしかしたら自分は、姉の仇のもとに引き寄せたのでは?
任務と言われ、断れなかったのでは?
あの「今にも誰かを殺しそうな顔」は、それは──
「……リュネット」
「……!」
逃げるように口元を押さえようとする指が、声とともに止まった。
はっと気づく視界に飛び込んできたのは、クルードの大きな右手。
伝わる暖かなぬくもりに心が揺れる。
震えを包み込むように握ってくれたその手は、まるで『自分を責めるな』と言っているようで、リュネットは恐る恐る目を上げていた。
救いを、求めるように。
そんな彼女を裏切ることなく、クルードは、優しく悲し気な色で語り出したのだ。
「おまえに聞いてほしいことがある」
◇
昔話だ、と前置きをして、彼は静かに話し始めた。
◇