14:月下の密談 2
「おれが手を汚したらどうなる? あのときのガキが、盗賊に戻るだけだろうよ。恩義を取るなら、これ以上道を外れるわけにはいかねえのさ」
言いながら視線を落とす。
自分の人生は今もなお、煌びやかなものではないが、それでも「あの頃」に比べれば十分だ。
誰に感謝されるわけでもなく、自己満足のためにモノを奪い、恨みを買うあの日々に比べれば。
それらを思い描き、ラヴィズは一拍。
すぅっと一旦息を整え、ショーンに向かって腕を組むと、にやりと悪い笑みを投げると、
「つーか?
法的に裁けるんなら、それが一番いいだろーが?
見せしめにするか・財を奪うかわからねえが?
命より大事なもんブン取れるとしたら、「上」だ。オマエらがどうするか知らねえが、おれがやるよりよっぽど良いだろうよ」
「……」
カカカ、と、人の悪い笑みを浮かべるラヴィズを前に、胸の内。複雑を育てるのはショーンだ。
不可解だ。
ラヴィズには、ネネを通じて接触することができた。話を聞く限り、ラヴィズはリュネットに手を貸す事を躊躇わなかった。
ならどうしてもっと早く、この札を切らなかったのだろう?
それは、そのまま。
ショーンの口を突いてこぼれ出したのである。
「けれど、不思議です」
「あん? なにがだ」
「……あの方は、貴方というツテを持っていた。なのにどうして、もっと早くに頼らなかったのでしょう」
「……あ~……、そうさなぁ」
迷いながら出した言葉に返ってきたのは、ラヴィズの軽い調子。ちらりと視線を向けた先、盗賊の身なりをした男は星空を仰ぎ、流れるようにその足で酒瓶を転がした。
ごろごろ、じゃりじゃり。
バロルと記されたその酒は祝いの酒だ。
中身がないとはいえ、それを足蹴にして転がす様子が、ショーンにはとても皮肉に見えた。
「動けなかったんだろうよ」
ラヴィズの重い声。
ぐんと重くなった闇の中、バロルの酒瓶が奏でる音が、ゴロゴロ、じゃりじゃりと砂を鳴らす。
「孤立無援で女ひとり、しかも17のむすめっこが、ぜぇんぶ失って何ができるよ?」
ラヴィズの声は、いつになく静かだ。
「親の死を疑ったとして、嫁に入った身で、何ができるよ」
「…………」
言われて、ショーンは視線を下げた。
そこには気づけなかった。
彼女の「蛇能面」は何も寄せ付けない覇気があり、怖いものなど何も無さそうだった。
ショーンの中でリュネットは「怖い女性」だ。
17という年齢なのにも関わらず、演技で周りを取り込み、あのクルード様と対等に渡り合い、ダルネスの元へ自分を招き入れた女だ。
しかし、全てを奪われた女性でもある。
真意は不明だが、状況からすれば──、ラヴィズの語る『何もできなかった』は想像に、容易かった。
「どこで誰がなに言うかわかんねぇだろ。だから、耐えて耐えて、時期を狙ってたんじゃねえ?」
「……!」
蘇るのはリュネットの言葉。
『……人は皆、哀れなものに心を寄せたいのです』
『一方的になじられ、侮辱を受けています』
『皆善人になりたいのです』
『わたくしは、それを誘っているだけです』
「……で、そこに現れたのが、オマエさんたちだ。お嬢ちゃんにとっちゃあ、これとない好機だったんだろうよ」
ショーンの中で、リュネットの像が変わっていく。
彼女は能面の蛇ではない。
まだ17歳の少女――
運命に懸命に抗おうとしていた一人の人間だったのだと。
ショーンはぐっと拳を握った。
……やはりダルネスは潰さねばならない。
あのような男に権力を持たせてはならない。
改めて心に決めたショーンとは対照的に、軽快な息継ぎが夜に響いた。引っ張られたように顔を向けると、そこにあるのは軽い笑みを浮かべるラヴィズだった。
「……さぁて、おれはここいらでトンズラすっかねぇ」
重い沈黙を散らすように述べる彼。
同時に地を転がる酒瓶の音が止まる。
月夜を背負ってこちらを見つめる男は、軽やかで意地の悪い笑みを浮かべると、
「コイツの地獄行き、期待してるぜ、キョーダイ」
「アナタと兄弟になった覚えはないですね」
「オマエさん、そういうとこ、伯爵のシタだなぁって思うわぁ~」
「恐縮です」
ラヴィズの軽口にショーンの冷たい返事が交じる。
そのやり取りを最後に、ラヴィズは闇夜に溶けこんでいった。
■
──まずはそう、『ご挨拶から』。
かたや、子爵の妻で、競売直前のリュネット。
かたや、伯爵の身分で情報を集めている最中のクルード。
二人が怪しまれずに交流を重ねる術は、ネネによる手紙の交換だけだった。
共通の敵を得たとはいえ、彼らはまだ互いを知らない。
故に、二人のやりとりは、どこかぎこちなさを纏い始まった。