13:月下の密談
「……よう。ショーンさんよ」
「お疲れ様です、引き取ります」
夜風が冷たくそよぐ中。
捨てられた古城を背景に、ラヴィズに向かって淑やかな挨拶をするのは、ショーン。ダルネスの付き人であり、クルードが送り込んだ密偵である。
泥酔の主人を馬車に押し込み、「ハァ」と眉を歪めるショーン。その表情には、辟易がありありと滲んでおり──ラヴィズはその、「場違いさ」に眉をひそめた。
何とも不思議というか、奇妙な光景だ。
ショーンという男がリュネット──いや、プレニウス伯爵の回し者なのは知っている。
それは解っていても、『ダルネスに仕えているショーン』という構図は、どう見ても釣り合わない。
まあ、本来はプレニウス伯爵の付き人なのだから当たり前なのだが、この『出来そうな男』がダルネスを押し込む様は同情せざるを得なかった。
「……ご苦労さんだね」
ラヴィズの呟く傍らで、ショーンがばたんと馬車の扉を閉める。
その顔はやや疲れており──ラヴィズはあきれ顔で腕を組むと、
「……お疲れさんだぜ。アンタも苦労すんだろ、シゴトとはいえ」
「黙秘で。……それで、何か聞き出せましたか?」
「おう。真っ黒だ」
澄ました顔で聞いてきたショーンに、ラヴィズは胸元からべらりと羊皮紙を抜き出した。
古城からくすねてきた用紙に書き殴ったせいか若干かび臭いが、読む分には問題ないだろう。
「これがその計画書な。詳しいことは持ち帰ってからにしな。手早く書き写したんで字は汚ねぇかもしれねーが我慢しろ」
「ありがとうございます……、う」
小さく唸って眉を顰めるショーン。
字の汚さか臭いか、どちらかに反応したのだろうが細かい男である。
そう、密かに眉を跳ね上げるラヴィズの前で、ショーンは羊皮紙を畳み織り込むと、思い出す様に呟いた。
「しかし、まさかリュネット様にこんなツテがあるなんて」
「おう。だろうなあ!」
顔を反らしながら述べるショーンに、ラヴィズは愉快そうに声を上げた。
それはそうだろう。
彼女は由緒正しい商家の娘。
こっちは野党崩れのオヤジだ。
どこからどうみても繋がる訳がないのだが──、しかし。彼には理由があった。
「懐かしい名前で驚いたぜ。あの嬢ちゃん(リュネット)なんざ、もう忘れちまったと思ったが……あの気骨は健在みてえだな」
見上げる夜空に思い描く、小さな手紙。
リュネットの遣いが寄越した救援の書。
見覚えのある文字に胸が震え、二つ返事で了解した先日。
それらと昔を重ねて、懐かしむように目を細めると、ふぅ──と息を吐いた。
「……アナタは、一体……?」
ショーンが問いかける。
ふっと口元を緩めたラヴィズは、背を丸め両手をポケットに突っ込み、冗談めかした軽薄さを纏って言う。
「むかーしよ。おれがマジの盗賊やってた頃な? とある商人に助けられてよ、そいつが嬢ちゃんの親父さんよ」
過去の記憶が鮮やかに蘇る。
あれは、リュネットがまだ幼子のころ。
盗みを働き下手を打ち、動けなくなったところを介抱されたこと。
「その商人はよぉ、おれに読み書きを教え、賢く生きる術を教えてくれたんだ」
まだ5つのお嬢ちゃんと一緒に文字を書いていたのが懐かしい。あれから10年、自分は運び屋として裏社会を渡り歩きながらも、生き方を変えず、少しでもまっとうな方向に進もうと足掻いてきた。
しかし、現実はそうもいかない。
こんな裏方の仕事もやるし、泥ネズミのままだ。
「その商人の期待に添えるような人生は送れちゃいねぇが、ごろつきやってた頃よりゃあ随分、安定した生活送らせて貰ってる」
「……そうでしたか」
「ああ」
ショーンの相槌に短く答える。
しかしその直後、ラヴィズの腹の奥が、焼けた。
「コイツ。おれの恩人をやってやがったよ」
ずるりと這い出たのは憎悪に満ちた声。
睨みつけるは、馬車の奥。眠りこけたダルネスの間抜け面に、胃が煮える。
廃城で聞いた事実。
『実に間抜けで滑稽だ!』と言わんばかりに歪んだ禍々しい笑み。ダルネスの下品な声。
’──こんな屑に’。
怒りを抑えて侮蔑の眼差しを送る自分に、ショーンの、冷徹ながらも怒りを湛えた問いが返ってきた。
「どうしてですか」
「何がだ」
「アナタもダルネスが憎いのでしょう。なぜ首を刎ねなかったのです。刎ねたくて仕方ないはずだ」
「若いねえ」
まともに苛立ちを見せるショーンに、ひと笑い。
ラヴィズは夜空を仰いで息を吸う。
「そりゃあ、やりたかったさ。でもな。おれがこいつをヤっちまったら罪で捕まっちまう。それじゃ恩人に顔向けできねえだろうが」
それは、即答に近かった。
苛立ちと無力感・かつての恩義が交じり合う中、ラヴィズはショーンに体を向けると、