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三国志演義

三国志演義・赤壁大戦~三江の大殲滅~【玄徳の章・前編】

作者: 霧夜シオン


声劇台本:三国志演義・赤壁大戦せいへきたいせん三江さんこう大殲滅だいせんめつ~【玄徳げんとくの章・前編】


作者:霧夜シオン


所要時間:約40分


必要演者数:最低8人

      (7:1:0)

      (8:0:0)



はじめに:この一連の三国志台本は、

     故・横山光輝先生

     故・吉川英治先生

     北方健三先生

     蒼天航路

     の三国志や各種ゲーム等に加え、

     作者の想像

     を加えた台本となっています。また、台本のバランス調整のた

     め本来別の人物が喋っていたセリフを喋らせている、という事

     も多々あります。

     その点を許容できる方は是非演じてみていただければ幸いです

     。

     なお、人名・地名に漢字がない(UNIコード関連に引っかかっ

     て打てない)場合、遺憾ながらカタカナ表記とさせていただい

     ております。何卒ご了承ください<m(__)m>


     なお、上演の際は漢字チェックをしっかりとお願いします。

     また上演の際は決してお金の絡まない上演方法でお願いします

     。

     

     ある程度はルビを振っていますが、一度振ったルビは同じ、

     または他のキャラのセリフに同じのが登場しても打ってない場

     合がありますので、注意してください。

     なお、古代中国において名前は 姓、諱、字の3つに分かれており、

     例を挙げると諸葛亮孔明の場合、諸葛が姓、亮が諱、孔明が字となりま

     す。古代中国において諱を他人が呼ぶのは避けられていた為、本来であ

     れば諸葛孔明、もしくは単に字のみで孔明と記載しなければならないの

     ですが、この三国志演義台本においては姓と諱で(例:諸葛亮)と統一

     させていただきます、悪しからず。

     なお、性別逆転は基本的に不可とします。


●登場人物


諸葛亮しょかつりょう・♂:あざな孔明こうめい

      臥龍がりょううたわれる賢人。

      かみ天文てんもんしもは地理をさとり、六韜三略りくとうさんりゃくを胸にたたみ、

      若いのに田舎に隠居して晴耕雨読せいこううどくの日を送っていた所を

      劉備りゅうび三顧さんこの礼を受けてその軍師となる。

      曹操そうそうに対抗するべく孫権そんけんと同盟を結ぶべくへ乗り込む。

      後に中国史上屈指の名宰相めいさいしょうとして名を残す事になる。


劉備りゅうび・♂:あざな玄徳げんとく

     中山靖王ちゅうざんせいおう劉勝りゅうしょう末孫まっそんにして

     漢の景帝けいてい玄孫げんそんを自称する。

     諸葛亮しょかつりょうと言う傑物けつぶつを家臣に得るが、いまだその勢力は弱い。


関羽かんう・♂:あざな雲長うんちょう

     美髯公びぜんこうとあだ名される長いひげの持ち主で、知勇に優れた名将。

     義に厚く、目上や同僚に傲岸不遜ごうがんふそんで下に慈悲深い。

     桃園とうえんに義兄弟のちぎりを結んだ劉備りゅうび張飛ちょうひと共に乱世らんせを駆ける。

     重さ八十二斤はちじゅうにきん青龍偃月刀せいりゅうえんげつとうを自在に操る。


張飛ちょうひ・♂:あざな翼徳よくとく

     一丈八尺いちじょうはっしゃく蛇矛じゃほこを軽々と振り回す酒を愛する豪傑ごうけつ

     劉備りゅうび関羽かんうと共に桃園とうえんに義兄弟のちぎりを結び

     、二人の義弟として乱世らんせたださんと駆ける。

     酒による失敗も多いが、その武勇は劉備りゅうび軍の中でもトップクラス。


趙雲ちょううん・♂:あざな子龍しりゅう

     関羽かんう張飛ちょうひと並ぶ智勇ちゆうの持ち主。

     袁紹えんしょう公孫瓚こうそんさん劉備りゅうびつかえる。

     現在では劉備りゅうび軍の武のかなめの一人として活躍、

     長坂坡ちょうはんはの退却戦では劉備りゅうびの子を守護し、ただ一騎で

     曹操そうそう軍数十万の中を駆け抜けるほどの豪胆ごうたんな人物。


孫権そんけん・♂:あざな仲謀ちゅうぼう

     兵法家、孫子そんし末裔まつえいとされる孫堅そんけんの次男。

     亡き兄、孫策そんさくとは違い、内政に秀でている。

     碧眼紫髯へきがんしぜんという南方人の身体的特徴を持ち、

     このの国始まって以来の国難に立ち向かう。

     二十代後半。


周瑜しゅうゆ・♂:あざな公謹こうきん

     前主ぜんしゅ小覇王しょうはおう孫策そんさくと同年代の若き英傑。

     孫策そんさく臨終りんじゅうの際に軍事をたくされる。

     今回の戦いにあたって水軍大都督すいぐんだいととくとして全軍を指揮、劉備りゅうび

     同盟を組んで曹操そうそう打倒にあたる。

     非常な美青年で美周郎びしゅうろうとあだ名される。

     妻に当時絶世の美女、江東こうとう二喬にきょううたわれた小喬しょうきょうをもつ。

     音楽にも堪能たんのうで当時の歌にも、「曲に誤りあり、周朗しゅうろう(周瑜)

     かえりみる」という歌詞があるほど。


魯粛ろしゅく・♂:あざな子敬しけい

     本格的に頭角を現したのは孫権そんけんの代から。

     周瑜しゅうゆ推挙すいきょされ孫権に仕える。演義では割と周瑜と諸葛亮の間

     でオロオロしているイメージがあるが、正史では豪胆かつ

     キレる頭脳を持つ。


張昭ちょうしょう・♂:あざな子布しふ

     江東こうとう二張にちょうと称される賢人の一人で、

     孫策そんさくの頃から呉につかえる。

     内政を主に担当しており、孫策そんさく臨終りんじゅうの際に

     「内事ないじ決せずんばこれ張昭ちょうしょうに問え、

     外事騒乱がいじそうらんの際はこれ周瑜しゅうゆに問え。」

     と遺言され後事こうじを託されるほどの人物。


虞翻ぐほん・♂:あざな仲翔ちゅうしょう

     初めは王朗おうろうの配下だったが、後に孫策そんさく、そして孫権そんけんつかえる。

     この赤壁せきへきの戦いでは曹操そうそうへの使者となったり、樊城はんじょうの戦いでは

     調略ちょうりゃくの使者となったりとターニングポイントをになった人物。

     かなり直情径行ちょくじょうけいこうだが非常にすぐれた人物で、えき(占い)に深く

     通じ、みずから注釈ちゅうしゃくを加えるなどしている。

     この話では残念ながら諸葛亮しょかつりょう論破ろんぱされる役回り。


歩隲ほしつ・♂:あざな子山しざん

     この話では諸葛亮しょかつりょうにやり込められるだけでいい印象はないが、

     博学多才で知られ、性格も冷静沈着で人当たりの良い一面が

     あった。

     人物眼にも優れ、孫権そんけんに多くの有能な人物を推挙すいきょしたその

     生き様は、正史せいし陳寿ちんじゅ裴松之はいしょうしたたえられている。

     一族から歩練師ほれんし孫権そんけんの妻となっている。


薛綜せっそう・♂:あざな敬文けいぶん

     相手の悪口に対して即応してやり込める程の鋭い頭脳を持って

     いた。

     三国志の作者、陳寿ちんじゅは「深い学識を有して主君へ適切な諫言かんげん

     し、極めて有能な臣下である」と評している。

     しかしこの話では諸葛亮しょかつりょう論破ろんぱ被害者の会の一員。


陸績りくせき・♂:あざな公紀こうき

     堂々たる体躯たいく、博学多才の読書家で知識が広く、中でも天文てんもん

     暦学れきがくに通じており、清廉せいれんな性格の人物。

     孫権そんけんに対しても正しいと思うことは何でも諫言かんげんしたことから、

     孫権そんけんからはおそれ敬われたという。

     これ程の人物ではあるが、三国志演義をベースとするこの話で

     は、諸葛亮しょかつりょう論破ろんぱ被害者の会の一人。


諸葛謹しょかつきん・♂:あざな子瑜しゆ

      魯粛ろしゅく推挙すいきょされ、孫権そんけんつかえる。

      演義ではあまり目立った活躍は描かれてないが、

      三国志の作者である陳寿ちんじゅに、

      「はその虎を得たり」と評されるほどの優秀な人物で、

      孫権そんけんの信頼も非常にあつかったという。

      諸葛亮しょかつりょうの実の兄。


劉備軍部将・♂♀不問:劉備りゅうび配下の部将。


ナレ・♂♀不問:雰囲気を大事に。



●配役例(他に良い組み合わせがあったら教えてください)

劉備・諸葛瑾:

関羽・張昭:

張飛・虞翻・歩隲:

趙雲・魯粛:

諸葛亮:

周瑜・薛綜:

孫権・陸績:

ナレ・劉備軍部将:


※演者数が少ない状態で上演する際は兼ね役でお願いします。



―――――――――――――――――――――――――――――――――



ナレ:曹操そうそう劉備りゅうびという大きな獲物えもののがしたが、むしろまとめてたいらげん

   とするかのように、との国境に全軍を展開。

   その軍容で孫権主従そんけんしゅじゅうを威圧する。

   一方、曹操そうそう軍に散々に痛めつけられた劉備りゅうびは、江夏こうかを治めている

   亡き劉表りゅうひょうの長男・劉琦りゅうきの元に身を寄せた。

   再起さいきはかるべく連日れんじつ善後策ぜんごさくを協議していたが、諸葛亮しょかつりょうは焦りもせず

   、むしろ何かを待っているかのようだった。


諸葛亮:何度も申し上げている通り、天下三分てんかさんぶんの計を行うには、

    遠いをして近い曹操そうそうと戦わせなければなりませぬ。

    そうして互いの力を相殺そうさいさせ、その間に力をたくわえるのです。


劉備:しかし、そううまく事が運ぶであろうか…?


関羽:ふむう…確かにおっしゃることは理想ですが、

   果たしてそれが現実となるでしょうか?

   決して軍師を信じておらぬわけではないのですが…。


趙雲:曹操そうそうと正面切って戦うかと言われれば、むしろ和睦わぼくする可能性

   もあるやもしれませぬ。


諸葛亮:近いうちに必ず、から使者がやって来ます。

    その時は私みずからおもむいて弁舌べんぜつ縦横じゅうおうに振るい、

    曹操そうそうと戦わせるよう仕向しむけて参りましょう。


張飛:ぬうう…どうもそれがしにはよくわからねえな…。


劉備:今までの軍師の作戦の素晴すばらしさはじゅうぶん認めているが、

   果たしてそう簡単に曹操そうそうと決戦するであろうか…。


劉備軍部将:申し上げます!

      ただいま孫権そんけん名代みょうだいとして、魯粛ろしゅくと申される方が

      故・劉表りゅうひょうとむらうと称してたずねて参っております!


関羽:な、なんと!?

   の使者が!?


諸葛亮:ほう…、思ったよりも早く来ましたな。


劉備:本当に向こうからやってくるとは…!


趙雲:軍師殿の先を見る目には、本当に感服かんぷくします…!


張飛:ぐ、軍師、教えていただけませんかね。

   どうしてから使者が来ることが、前もって分かるんですかい?


諸葛亮:いかに豊かな強国きょうこくであると言えど、百万と称する曹操そうそう軍が

    南進して来たとあっては、戦慄せんりつせざるを得ません。

    また、の将兵は実戦の体験が少ない上に、他国の兵備の状態を

    よく知らないでしょう。


張飛:じゃあ、我々へ使者をよこしたのは…?


諸葛亮:我が軍と曹操そうそう軍の実情を知るためと、

    場合によっては我らに曹操そうそう軍の背後を突かせようとする考えかも

    しれませぬな。


趙雲:亡き劉表りゅうひょう殿をとむらうためというのももしや…?


諸葛亮:ええ。

    先代せんだい小覇王しょうはおう孫策そんさくが死んだ際、荊州けいしゅうからは弔問ちょうもんの使者をつかわし

    てはおらぬはず。

    にもかかわらずこうしてやって来たという事は、弔問ちょうもんなどは建前たてまえ

    、孫権そんけん密命みつめいびてきたにすぎませぬ。


関羽:な、なるほど…まるで鏡にかけて見るかのようだ。


劉備:そういう事であったか。

   さすがは軍師…よし、丁重ていちょうにお迎えするのだ。


劉備軍部将:ははっ、ただちに。


諸葛亮:我がきみ、使者の魯粛ろしゅくはあれこれと曹操そうそう軍の軍備の内容などを

    聞いて来るでしょう。

    ですが、何を聞かれても知らぬ存ぜぬで通して、わたくしを

    お呼びください。

    後の事は良いようにはからいますゆえ。


劉備:わかった。


   【三拍】


   これはの使者殿、ようこそ参られました。

   遠路えんろはるばるご苦労です。


魯粛:いや、これも君命くんめいにございますれば…

   それがしはあるじ孫権そんけん名代みょうだいとして参りました、

   魯粛ろしゅくあざな子敬しけいと申します。以後、お見知りおきを。


劉備:さぁ、こちらへどうぞ。


ナレ:魯粛ろしゅくは持参の礼物れいもつおくり、位牌いはいに礼をささげた。

   やがて使者をもてなす為の酒宴となったが、彼は酔いが回ると

   劉備りゅうびへ向かってずけずけとたずね始めた。


魯粛:劉備りゅうび殿はつね曹操そうそうに目のかたきにされ、

   戦いを繰り返しておられるゆえご存知ぞんじでしょう。

   曹操そうそうの配下は誰と誰が重く用いられておりますかな?


劉備:さあ、よく分かりませぬな。


魯粛:では、曹操そうそうの総兵力は百万とは申すものの、

   実際はどの程度の物なのでしょうな。


劉備:さて…存じませぬな。


魯粛:これは意外なお返事だ。

   徐州じょしゅう、白馬、汝南じょなん新野しんや長坂ちょうはん長年ながねん戦い続けてこられた貴方あなたが、

   曹操そうそうについて何も知らぬはずはございますまい。


劉備:いや、いつの戦いでも我らは、

   曹操そうそう来たると聞けば逃げ走ってばかりいたゆえ、

   くわしい事はまったくもって不明なのです。

   我が軍師孔明ぐんしこうめいならば、少しは心得こころえておるであろうが…。


魯粛:おお、では是非ぜひここへ諸葛しょかつ先生をお呼び願いたい。


劉備:こちらからもお引き合せしようと考えていたところです。

   誰か、軍師をこれへ。


   【三拍】


諸葛亮:我がきみ、お呼びでございますか。


劉備:おお軍師、

   こちらが孫権そんけん殿の名代みょうだい弔問ちょうもんの使者として参られた、

   魯粛ろしゅく殿だ。


諸葛亮:そうでございましたか。

    諸葛亮しょかつりょうあざな孔明こうめいにございます。

    以後お見知り置きを。


魯粛:魯粛ろしゅくあざな子敬しけいでござる。

   先生の兄君あにぎみ諸葛謹しょかつきん殿とは、年来親しくさせていただいております

   。


諸葛亮:おお、兄のきんをご存知でしたか。


魯粛:このたびの使いの際に言伝ことづてでもと思いましたが、

   君命くんめい手前てまえ、わざとさしひかえて参りました。


諸葛亮:なるほど。

    それはさておき、とはかねてから友好を結びたいと思っており

    ました。

    お互いに手を相携あいたずさえて曹操そうそう打倒だとうを念願しておられますが、

    魯粛ろしゅく殿のお考えはいかがですかな?


魯粛:さあ…なにぶん、ことは重大ですからな。


諸葛亮:うぬぼれるわけではありませんが、

    が我々と結ばなければ存亡そんぼうの危機となりましょう。

    もし万が一、我がきみ意地いじを捨てて曹操そうそうの軍門に下れば、

    に南下する圧力は倍となり、脅威きょういが増すでしょうな。


魯粛:むむむ…まるでこちらが脅迫きょうはくされているかのようですな。


諸葛亮:ほう、ではわたくしの考えが違っていると…?


魯粛:いえ、事実でしょう。

   そちらの交渉次第こうしょうしだいでは、我がきみも決して動かないことは無いと

   信じます。ただ、その使者の任は重大ですが…。


諸葛亮:では、脈があるというわけですな。


魯粛:ええ。

   さいわい、先生の兄君あにぎみも我がきみの信頼厚いお方ですからな。

   ひとつ、先生ご自身がにおいでになられてはいかがでしょう?


諸葛亮:そうですな。

    我がきみことはすでに急を要しています。

    すみやかに長江ちょうこうを下って孫権そんけん殿に会い、こちらと同盟を結ぶよう

    説得して参ります。


魯粛:【つぶやく】

   …せても枯れても、劉備りゅうびは一方の勢力には違いない。

   その軍師であり、宰相さいしょうでもある諸葛亮しょかつりょう殿が単身たんしんへ乗り込むという

   事は、死を覚悟の上のことと見える…。


劉備:むう…し、しかし、大丈夫であろうか…?


諸葛亮:ご安心ください、我がきみ

    信念を持って行って参ります。

    我がきみにおかれては、いつでも軍を動かせるよう調練ちょうれんを重ねて

    おいて下さい。


劉備:わかった。

   …頼むぞ、軍師。


ナレ:数日後、諸葛亮しょかつりょう魯粛ろしゅくと共に柴桑さいそうへ着くと、

   すぐに城へ案内された。

   だが、どういうわけか通された会議場にの君主・孫権そんけんの姿は見え

   ず、代わりに出迎えたのはの国内の降伏こうふく派の筆頭ひっとう張昭ちょうしょうをはじめ

   とする文官ぶんかん達だった。


張昭:これはこれは臥龍がりょう先生。ようこその国へ参られました。

   それがしは内政ないせいを任されております、

   張昭ちょうしょうあざな子布しふと申す者です。


諸葛亮:【つぶやく】

    ほう…江東こうとう二張にちょうの一人か。まずは小手調こてしらべといこう。


    我があるじ劉備りゅうびの使いとして参りました、諸葛亮しょかつりょうあざな孔明こうめいでござ

    る。


張昭:【つぶやく】

   こやつめ…弁舌べんぜつをふるって我がきみに戦いを決意させようとして

   来たな…そうはいかぬぞ。


   時に、劉備りゅうび殿が先生を得られた事は、魚が水を得たようだと喜ばれ

   たそうですが、実際はどうですかな?

   曹操そうそう軍の前では荊州けいしゅうも手に入れられず、逃げ回って江夏こうかに身をひそ

   める有様ありさま。どう贔屓目ひいきめに見てもうわさほどではないと言わざるを得ない

   のではありませぬかな?


魯粛:【つぶやく】

   これはいかん…降伏こうふく派の重臣じゅうしん達がこぞって諸葛亮しょかつりょう殿をやりこめよ

   うとしておる…!急ぎ我がきみに…!


諸葛亮:我がきみ荊州けいしゅうを奪おうとなされば、それは手のひらを返すよりも

    やさしい事でした。しかし、亡き劉表りゅうひょう殿と我がきみは同族です。

    その死を待っていたかのように故人の国を奪う事は致しませぬ。


張昭:ほう、これはおかしなことをおっしゃられるものじゃ。

   天下万民てんかばんみんの害をのぞく為には私情は捨てて大義たいぎに生きねばならぬ、

   と先生は常におっしゃっていたと聞き及びます。

   それが同族だからと小さなじょうにこだわり、何もせずに曹操そうそうから

   逃げ回っていては、先生の唱える大義たいぎとやらは成し遂げられるので

   しょうかな?


諸葛亮:ははは、張昭ちょうしょう殿の眼にはそう映りますかな。

    だが鳳凰の気持ちは、つばめすずめのような小鳥には分らぬものです。


張昭:な、な、何と言われる!? 我らを小鳥だと申されるのか!


諸葛亮:例えば、病人を治すにはまずかゆと弱き薬から始め、

    回復を待って肉などで元気をつけ、強き薬を用いてやまい

    絶ちます。

    国もまた同じ事。我がきみが亡き劉表りゅうひょう殿の元へ身を寄せた時、

    兵力は千人程度で将の数も少なく、物資も不足し新野しんや城は守るに

    は不向ふむきという有様ありさま

    これは重病人に等しい。そのような状態で曹操そうそうと争う事は死を

    意味します。

    一時いちじ退いて身を隠すは兵法の基本ですが…ご存じありませぬかな

    ?


張昭:う、うぐぬぬ…。

   【つぶやく】

   こ、こやつめ、わしをあおっておる…!


諸葛亮:それでも博望坡はくぼうは白河はくが新野しんやで合わせて二十万の曹操そうそう軍を

    水と火で壊滅かいめつに追い込み、堂々と撤退てったいしています。

    長坂ちょうはんでは敗退しましたが、これも我がきみしたって数万のたみ達が

    付いて来た為、一日わずか十里じゅうりしか進めなかった結果です。

    それゆえ、はじ無き敗戦とはわけが違います。


張昭:【つぶやく】

   お、おのれ…なんという口巧者くちごうしゃなッ…!


諸葛亮:かつて項羽こううは、戦えば必ず勝ちました。

    しかしただ一度の敗北で高祖こうそ劉邦りゅうほうに滅ぼされているでしょう。

    対して高祖こうそは戦ってほとんど勝ったためしはありませんでしたが

    、よく人の意見を用いてついに最後の勝利をつかみ取り、

    かん帝国を建国したのです。

    局地的な勝敗で全てを論じるのは、軽率けいそつにもほどがありませぬか

    な?


張昭:ぬぐぐ…。

   【つぶやく】

   だ、だがすじは通っている…反論できぬ…!


諸葛亮:他には何かございますかな?


虞翻:率直におたずねするのをお許しあれ。

   それがしは虞翻ぐほんあざな仲翔ちゅうしょうと申す。

   曹操そうそう軍は百万と称しているが、先生はこれをどのようにお考えで

   ござるか?


諸葛亮:実質は八十万程度でしょう。

    それもかつての袁紹えんしょう劉表りゅうひょうの兵を合わせただけの烏合うごうの衆、

    恐るるには足りませぬ。


虞翻:あはははは!

   曹操そうそうに散々な目にあい、我らに助けを求めて来ておきながら

   、恐るるに足らぬとは言葉が過ぎますな!


諸葛亮:いえ、我がきみに従う者はわずか数千。

    それでは曹操そうそう軍にはかなわぬゆえ、時を待っているのです。

    それにひきかえ、貴国は豊かにして兵は精鋭、長江ちょうこうけわしい守り

    もある。

    でありながら、主君に降伏こうふくを勧めるなど卑怯千万ひきょうせんばんではありませぬ

    か。


虞翻:ぬっ、ぬうう…それは…。


諸葛亮:我が身の安泰あんたいを考えて国の恥を思わず…

    その惰弱だじゃく、卑劣さ、

    我がきみのわずかな兵でも曹操そうそうに対抗しようとする意気とは、

    とても同列に論じられませぬな!


虞翻:ッッ……!

   【つぶやく】

   ぐぐぐ、返す言葉もない…!


諸葛亮:…他には…!?


歩隲:孔明こうめい

   あえて聞くが、なんじはいにしえの蘇秦そしん張儀ちょうぎのようにこの国へ遊説ゆうぜい

   しに来たのか!?


諸葛亮:貴公は歩隲ほしつ殿か。

    ではお答え致すが、蘇秦そしん張儀ちょうぎもただ弁舌のみの人物ではない。

    蘇秦そしんは六ヶ国の宰相さいしょういんを持ち、張儀ちょうぎは二度もあのしんの国の宰相さいしょう

    となった、いずれも国家を支えた大賢者ですぞ。


歩隲:ッた、確かにそうだが…!


諸葛亮:しかし貴公らは、曹操そうそう誇大こだいな宣伝をまじえた威嚇いかくまどわされ、

    意気地いくじなく降伏をおのが主君に勧める身。

    蘇秦そしん張儀ちょうぎたぐいなどと軽々しく口にするべきでなく、

    また語る資格もないゆえ、まじめにお答えする価値もない!


歩隲:うう…ぐぐ…。

   【つぶやく】

   なんという弁舌べんぜつだ。ことごとく論破ろんぱしていく…!


諸葛亮:もう少し真実を書物にさぐり、

    学問を身につけられてはいかがですかな、歩隲ほしつ殿?


薛綜:では曹操そうそうとは何者か!?


諸葛亮:漢の賊臣ぞくしんです、薛綜せっそう殿。


薛綜:それは誤りでござろう。

   先人せんじんも言っている。

   「天下は一人の天下にあらず、天下の人の天下なり」と。

   いにしえから新たな王朝が古い王朝を打ち倒し、あるいは退しりぞけ、

   受け継いでこんにちに至っておる。

   今や曹操そうそうは天下の大半をおさえている。

   天下を取る者を賊と言うなら、先に述べた王朝の王達も全て賊では

   ないか!


諸葛亮:【間髪入れずに】

    だまらっしゃい!!!!!


    貴公の言葉は、両親や君主のない人間の言う言葉だ!

    人として生まれていながら、忠孝ちゅうこうの道をわきまえぬのか!!

    

薛綜:な、なんだと!?


諸葛亮:曹操そうそうは漢につかえてその恩を受けながら、

    おとろえるのを見計みはからってたちまち乱世の姦雄かんゆうたる本性を現し、

    漢を滅ぼして天下をにぎろうとしている。

    これが人として歩む道か!?


薛綜:いッいや…しかし…その…。


諸葛亮:質問をお返ししよう。

    貴公は主君の孫権そんけん殿の力がおとろえた時、

    曹操そうそうと同じく主君をないがしろになさるおつもりか!?


薛綜:そ、そんなことは、ない…!


諸葛亮:…他には!?


陸績:いかにも先生の言われるとおり、

   曹操そうそうは漢の相国しょうこく曹参そうしん以来、るいるい々とつかえているに違いない。

   しかし、劉備りゅうび殿は中山靖王ちゅうざんせいおう末裔まつえいと自称しているが、

   そのい立ちはむしろを織り、靴を売っていたと聞く。

   これを比べていずれがぎょくかわらかは明白めいはくではないか?


諸葛亮:おぉ貴公は陸績りくせき殿か。

    まず座りなおして我が言葉を聞かれよ。

    かつてしゅう文王ぶんおうは天下の大部分を治めながらなお、

    いんに対して臣下しんかの礼をとった。

    それゆえ孔子こうしもその徳をたたえられたのだ。

    しかし見よ、曹操そうそうを。

    漢に歴代れきだいつかえていながら何の功績もなく、

    つねみかどをおびやかしている有様ありさまを!


陸績:だ、だが…!


諸葛亮:そしてさらに見よ、我があるじ劉備玄徳りゅうびげんとくを!

    漢が建国されて四百年、

    その間に多くのご一族が辺境にその血脈を隠されること、

    何のはじであろうか。

    時至ときいたって農村より立ち上がり、

    乱世らんせしずめんと日々戦い続けておられる。

    それを過去に靴を売り、むしろを織っていたからとさげすむのか。

    そんな眼で世間を、人生を

    よくも一国いっこくの政治に関われたものだ!

    たみ達にとって天変地異てんぺんちいよりも恐ろしいのは、

    盲目もうもくな政治家だという。

    貴公などもそのたぐいではないのか!?


陸績:ぐ……っ。

   【つぶやく】

   な、何も言い返せぬ…!


諸葛亮:【溜息】

    先ほどから皆様方の口を通してこの国の学問の程度を察するに、

    そのあまりの低さに驚かざるを得ませんな…。

    この観察はご不満ですか?


張昭:う、うぬぬぅ…。

   【つぶやく】

   何と言う事じゃ…我が俊英しゅんえい達が、かたなしではないか…!


ナレ:新たに立って論戦ろんせんを仕掛ける者もなく、

   会議場は鳴りをひそめてしまった。

   その静寂を破るように高い靴音を立てて入ってきた重臣、

   黄蓋こうがい降伏こうふく派の諸将を一喝いっかつ

   諸葛亮しょかつりょう非礼ひれいびて、魯粛ろしゅくと共に孫権そんけんの部屋へ案内した。


諸葛亮:【つぶやく】

    剣ややりだけが武器ではない…この舌も武器になるのだ…。

    君臣くんしんすべてを説得できなければ、

    曹操そうそうとの開戦を決意させることはかなわぬ…。

    さて、孫権そんけんとはどんな人物か…。


魯粛:さ、諸葛亮しょかつりょう殿、こちらです。


ナレ:やがて孫権そんけんの待つ部屋が見えてくる。

   その入り口近くに、諸葛亮しょかつりょうのよく知る人物がひかえていた。

   彼の実の兄である諸葛謹しょかつきんあざな子瑜しゆ

   諸葛謹しょかつきんは弟の姿を見ると、懐かしさの余り思わず声を上げていた。


諸葛謹:おお…りょうりょうではないか!


諸葛亮:!兄上…ご無沙汰ぶさたしております…!


諸葛謹:見違みちがえるほど立派になった…この国へ来ていたのだな。


諸葛亮:はい。

    我があるじ劉皇叔りゅうこうしゅくの使いとして参りました。


諸葛謹:に来ていたのなら、わしの屋敷を訪ねてくれれば

    よかったものを。


諸葛亮:このたび一国いっこくの使者としてまかり越しましたゆえ、

    わたくしごとは全てあとにとひかえておりました。


諸葛謹:うむ、確かに道理だ。

    では後でゆるりと会おう。

    我がきみにもお待ちかねであらせられる。


魯粛:我がきみ諸葛亮しょかつりょう殿をお連れしました。


孫権:うむ。

   そちが臥龍がりょう先生か、遠路ご苦労であった。

   まず、こちらへ掛けられよ。


諸葛亮:【つぶやく】

    なるほど…確かに時代を代表する英傑えいけつの一人と言える。

    だが、感情の起伏きふくは激しく、強情ごうじょうな性質のようだ。

    この手の人間を説得する時は、わざと怒らせるくらいが

    ちょうど良い…。


孫権:茶でもきっしながら、気楽に語ろうではないか。


諸葛亮:では…いただきます。


    【二拍】


孫権:新野しんやでの戦いは先生にとって初陣ういじんであったそうだな。

   曹操そうそうは自軍を百万ととなえているが、これは本当であろうか。


諸葛亮:あの戦いは撃退こそしましたが、敗れたと言っていいでしょう。

    将の数は五指ごしに足りず、兵も数千ほど。

    しかも新野しんやの地は守るに適さない土地でしたゆえ。

    また、百万の兵数も言い過ぎではないでしょう。


孫権:さすがに数は誇張こちょうしていると思っていたが…。


諸葛亮:袁紹えんしょうを滅ぼした時すでに四、五十万、

    それに荊州けいしゅう降伏こうふくさせた時に二、三十万…

    これに直属の兵が二十万。

    そう考えればこれは、実数と言って良いでしょう。

    【つぶやく】 

    やはりどうすれば曹操そうそうに勝つ、とは聞かぬな…

    ならばもう少し手荒くいかせてもらおう…。 


孫権:では有能な将や先生のような人物は、

   曹操そうそう軍にはどれほどいますか?


諸葛亮:武勇に優れた将、知略にひいでたる臣…

    私などのような者はますはかって、車に乗せるほどおりますな。


孫権:…では、は戦った方が良いか、

   それとも戦わぬ方が良いだろうか?


諸葛亮:はっはははは…。


孫権:!…実は魯粛ろしゅくが先生の才を高く買っている。

   できることなら我がの進むべき道をお教え願いたい。


諸葛亮:申し上げたき事はございますが、

    しかし、御心みこころにかなうかどうか…。

    かえって迷いの元になるかもしれませぬな。


孫権:かまわぬ、申されよ。


諸葛亮:では…。

    偉大なる父兄のこころざしぐのであれば、

    我がきみと共に曹操そうそうを倒すべく立ち上がるべきです。

    しかし、勝ち目がないと思われるなら、ただちに降伏こうふくすべきでし

    ょう。


孫権:ッ、降伏こうふく…!


諸葛亮:配下の諸大将しょだいしょうすすめに従い、

    曹操そうそうの軍門に膝を折ってあわれみをうのであれば、

    いかに彼と言えども無慈悲な事は致しますまい。


孫権:!では……なぜ、劉備りゅうび殿は曹操そうそう降伏こうふくしないのか?


諸葛亮:我がきみ劉皇叔りゅうこうしゅく漢王朝かんおうちょうの一族、

    その徳は世をおおい、たみ達もしたっております。

    事がならぬ時は天命であるが、曹操そうそうごとき逆臣ぎゃくしん降伏こうふくするもので

    はありませぬ。

    そのような進言をしたらたちどころに首をはねられます。


孫権:ッ孔明こうめいッッ!!

   今までの言葉を聞いておれば、

   人の立場などどうでもよいと言っているのと同じではないか!

   稀代きだいの賢人と言うから意見を求めたというのに、

   その程度の事なら誰でも言えるわ!

   ッ!!!


諸葛亮:【つぶやく】

    これでよい。必ず魯粛ろしゅくが止めに入るだろう…。


    ふふふふふ……ははははは……。


ナレ:孫権そんけんは怒りをあらわにすると、

   荒々しく席を立って奥へ隠れてしまった。

   諸葛亮しょかつりょうはそれを見送ると含み笑いをらし、

   魯粛ろしゅくはうろたえて諸葛亮しょかつりょうのそばへ駆け寄ると、

   非難の色を見せてなじった。


魯粛:先生、今の申されることは、

   あまりにも人をさげすんだものではありませぬか…!?   


諸葛亮:いやはや、孫権そんけん殿も度量どりょうが狭いですな。

    先ほどの質問は、曹操そうそうの兵力やはどうすればよいかというもの

    だけで、戦えば勝てるかというものではありませんでした。

    もし、曹操そうそうに勝てる方法を教えよと問われたら、

    それにお答えしたでしょうな。


魯粛:な…曹操そうそう軍に勝てる方法があるのですか?


諸葛亮:ええ、私から見れば曹操そうそう軍百万など、烏合うごうの衆も同然。

    ですが、問われもせぬ事をしゃべる気はありません。


魯粛:お、お待ちあれ!

   いま一度我がきみに申し上げてみるゆえ、これにてお待ちを!


ナレ:魯粛ろしゅくは慌てて孫権そんけんの後を追いすがり、必死に説得した。

   孫権そんけんも己の度量どりょうの小ささをかえりみたのか、

   やがて魯粛ろしゅくのみを従えて戻ってきた。


孫権:先生、先ほどは失礼いたした。

   どうか、曹操そうそうを討つ計略をお聞きしたい。


諸葛亮:いえ、私こそ一国いっこくあるじの威厳をおかす無礼は罪、死にあたいします。


孫権:よく考えてみれば、

   曹操そうそうが積年の敵として見ているのは劉備りゅうび殿であった。


諸葛亮:お気づきになられましたか。

    【つぶやく】

    ふふふ、ここまでくれば手のひらの上に乗ったも同然…。


孫権:しかし、我がは久しく実戦の体験がない。

   曹操そうそう軍の精鋭と互角に戦えるであろうか?


諸葛亮:兵の数は問題でありません。

    ようは国のあるじである、貴方あなた様に戦う気があるかどうかにかかって

    おります。


孫権:我が心は決まった!

   孫権そんけんだ、

   なんで曹操そうそう下風かふうに立つものか!


諸葛亮:ならば勝利をつかむ機会をのがしてはなりませぬ。

    曹操そうそう軍は百万といえど、遠征にぐ遠征で兵は疲れております。

    さらに荊州けいしゅうの水軍を得たとはいえ、それをおもに操るのは北国ほっこくの兵

    、水に慣れぬ者がほとんどです。


孫権:確かにそうだ!

   我がには他国にない、無敵の水軍がある!


諸葛亮:いま曹操そうそう軍の出鼻でばなくじけば、彼にしぶしぶ従っている荊州けいしゅうの軍が

    必ず内紛ないふんを起こすでしょう。

    これによって曹操そうそうが北へ敗走する事、目に見えるようでございま

    す。我があるじ劉備りゅうびと力を合わせてその背後を追撃し、

    の国の周囲を固めるのです。


孫権:うむ!

   はもう迷わん!

   先生はひとまず客舎きゃくしゃへ戻って休みたまえ。


諸葛亮:ははっ、ではこれにて…。

    【つぶやく】

    さて、降伏こうふく派の重臣じゅうしん達がどう出るか…。


孫権:魯粛ろしゅく即刻そっこく諸将に開戦を伝えよ!

   兵馬を整え、曹操そうそう軍を粉砕するのだ!!


魯粛:ははっ!


   【二拍】


   諸公しょこう、我がきみは開戦を決断された!

   すぐに出陣の準備を整えられよ!


張昭:な、なんじゃと!?

   馬鹿な…何かの間違いではないのか?

   いかん、あの諸葛亮しょかつりょうめにそそのかされたに違いない!

   すぐに我がきみをおいさめせねば…!


諸葛亮:【つぶやく】

    …おそらく孫権そんけんはまだ迷うだろう。

    一時いっときの感情の決意は多数の説得に揺らぎやすい。

    やはりこの国の柱を、あの男を動かさねば…。


ナレ:一時いちじは開戦を決断した孫権そんけんだったが、

   諸葛亮しょかつりょう予見よけん通り、張昭ちょうしょう降伏こうふく派の必死の諫言かんげんにあって

   再び迷いのふちに沈む。

   諸葛亮しょかつりょう客舎きゃくしゃへ戻ると、ひたすら待っていた。


   周瑜しゅうゆあざな公謹こうきん


   の大黒柱とも言うべき人物、水軍を一手にになう存在、

   彼との接触を。

   明くる日、魯粛ろしゅくが息せき切ってやって来た。


魯粛:諸葛亮しょかつりょう殿、それがしと共に来ていただけませぬか?


諸葛亮:慌てていかがなされたのです、魯粛ろしゅく殿?


魯粛:詳しくはこれから向かう、ハ陽湖ようこへの道中説明します。


諸葛亮:! わかりました。では参りましょう。

    【つぶやく】

    いよいよ直接対面か…ここが初めの正念場になろう…。


   【二拍】


魯粛:着きました。こちらでお待ち下され。

   周瑜しゅうゆ殿にお引き合わせします。


諸葛亮:【つぶやく】

    さて、実際に見る周瑜しゅうゆとはどのような人物か…。

    うわさが真実ならば…。


    【三泊】


周瑜:お待たせした。

   貴公が諸葛亮しょかつりょう殿か。

   私が水軍都督すいぐんととくを務めている周瑜しゅうゆあざな公謹こうきんと申す。

   以後、お見知り置き願いたい。


諸葛亮:劉備玄徳りゅうびげんとくの軍師を務めております、

    諸葛亮しょかつりょうあざな孔明こうめいにございます。

    天下に鳴り響く周都督しゅうととくの名は、かねてからうかがっておりました

    。


周瑜:さあさあ、まずはくつろいでいただいた上で、語り合うと致そう。


ナレ:周瑜しゅうゆ諸葛亮しょかつりょう

   二人は互いをどう見たのか。

   互いの腹をどう察したのか。

   かたわらにいる魯粛ろしゅくを含めて余人よじんには知る限りではなく、

   まるで十年の知己ちきのようなやり取りがわされた。

   酒宴となり、酒がほど良く回った頃。


魯粛:それで…、都督ととくのお考えは決まりましたか?


周瑜:うむ。

   …国を安全に保つためには、ここはやはり降伏こうふくしかあるまい。


魯粛:えッ!?

   これは思いがけぬお言葉。

   孫堅そんけん様、孫策そんさく様が命をけてきずいたこのの国を

   、むざむざ曹操そうそうの手に献じるというのですか!?


周瑜:しかし、民を戦火せんかから守り、の国を滅亡から救うには仕方ないの

   ではないか?


諸葛亮:【つぶやく】

    こちらを試しているのか、あるいは本心か…。ならば…。


魯粛:それは臆病風おくびょうかぜに吹かれた者の言いぶんです。

   の精鋭が長江ちょうこう要害ようがいとして守れば、

   たとえ曹操そうそうと言えどたやすく踏み込めますまい!


諸葛亮:…ふふふ……はっははははは…!


周瑜:諸葛亮しょかつりょう殿、何がそれほどおかしいのですか。


諸葛亮:いや、失礼。

    魯粛ろしゅく殿があまりに時勢にうといので、

    ついおかしくなりまして…。


魯粛:なッ、それがしが時勢じせいうといと申されるのですか!?

   それは聞き捨てなりませぬ。

   さ、わけをお聞かせ願いたい!


諸葛亮:周瑜しゅうゆ殿が降伏こうふくしようと言われたのは時勢じせいにかなった道理です。

    まあ、よく考えてごらんなさい。

    曹操そうそう戦上手いくさじょうずはいにしえの孫子そんしにもまさります。

    むかし彼に対抗できた、あるいは彼よりも力を持っていた袁紹えんしょう

    呂布りょふなども滅ぼされ、我が主君・劉玄徳りゅうげんとくも今や江夏こうかに落ちのびて

    、明日をも知れませぬ。


魯粛:そんな事は分かっています!

   諸葛亮しょかつりょう殿、あなたは降伏こうふくすすめに来たとでもいうのですか!?

   我がきみはどうなるというのですか!?


諸葛亮:まぁまぁ、話は最後までお聞きあれ。

    ここで戦わず、かといって降伏こうふくもせず、

    曹操そうそう軍を引きあげさせる方法がございます。


周瑜:何!?

   どういうことか、諸葛亮しょかつりょう殿!


魯粛:そ、そんな策があるというのですか!?

   お聞かせ願いたい!


諸葛亮:簡単なことです。

    一艘いっそう小船こぶねと二人の美女を贈り物とすれば、

    曹操そうそうは喜んで北へ引きあげて行くでしょう。


周瑜:それは一体、誰と誰のことか?


諸葛亮:これは、隆中りゅうちゅうにいたころに聞いた話です。

    曹操そうそう河北かほくを平定した後、銅雀台どうじゃくだいと言う楼台ろうだいきずきました。

    その豪華さ、華麗さは目を見張るばかりとか。


周瑜:銅雀台どうじゃくだいの事は存じておるゆえいい、

   誰を差し出せば良いのかと聞いているのだ!


諸葛亮:この国に住まう、喬国老きょうこくろうの二人の娘です。

    姉を大喬だいきょう、妹を小喬しょうきょうといい、絶世ぜっせいの美女姉妹とか。

    曹操そうそうはどうしてもこの姉妹を手に入れたいとのことです。    


周瑜:な、なに!!?

   江東こうとう二喬にきょうだと!?

   そんなのはちまたうわさにすぎないのではないのか!?

   なにか、確証かくしょうでもあると言われるか。


諸葛亮:はい。

    曹操そうそうの子に曹植そうしょくという人物がおります。

    父親に似て詩をよく作る為、文学人の間で知られています。

    この曹植そうしょくに作らせた銅雀台どうじゃくだいの詩に、

    我、帝王とならば必ずや江東こうとう二喬にきょうを迎え、銅雀台どうじゃくだいの華とせん、

    とあんに歌っています。


周瑜:その詩は覚えているのか。

   よければお聞かせ願いたい。


諸葛亮:文章の流麗なるを愛し、いつとなくそらんじております。

    では…。


ナレ:諸葛亮しょかつりょうは瞳を軽く閉じ、

   呼吸を整えると静かに見開き、んだ声で吟じだした。

   詩が江東こうとう二喬にきょうのくだりまで差し掛かった直後、

   周瑜しゅうゆさかずきを取り落とす。

   その表情は憤怒ふんぬに燃えていた。


周瑜:!!ぬ、ぬうううぅぅぅ…!!


諸葛亮:周瑜しゅうゆ殿、いかがなされました?

    【つぶやく】

    手ごたえあり…か。


周瑜:…許せぬ。


諸葛亮:は…今、なんと?


周瑜:許せぬと申したのだ!

   曹操そうそうめ、彼奴きゃつの野望を必ずや叩きつぶしてくれる!!


諸葛亮:急にどうされたというのですか。

    むかし、漢王朝の皇帝が愛娘まなむすめ匈奴きょうどの異民族へ贈り、

    和平をたもっている間に軍をきたえたという例もございます。

    民間の女性二人を差し出すだけで戦火をまぬがれるというのなら、

    こんな良い方法もございますまい。


魯粛:諸葛亮しょかつりょう殿は、まだご存じないのですか…?


諸葛亮:ご存じない…とは?


周瑜:姉の大喬だいきょうは今は亡き孫策そんさく様の、

   妹の小喬しょうきょうは…かくいうこの周瑜しゅうゆの妻なのだ!!


諸葛亮:!なんと…すでに喬家きょうけからとついでいたとは…!

    これは大変なご無礼ぶれいをしました。

    どうか、お許し願いたい。


周瑜:いや、諸葛亮しょかつりょう殿の罪ではない。

   銅雀台どうじゃくだいの詩にまで歌っているという事は、公然とその野望を人にも

   語っているということだ!

   彼奴きゃつごときに我が妻や孫策様の後家ごけを、どうして生贄いけにえささげられよう

   か!


諸葛亮:しかし、それでは曹操そうそう軍は引き上げませぬぞ。


周瑜:ならば戦うまでだ!

   断固だんこ、決戦あるのみだ!!


諸葛亮:【つぶやく】

    …どちらにせよ、これで周瑜しゅうゆは引くに引けない。

    亡き孫策そんさくへの義理、妻を守る為…、

    しかし、彼らにとっても悪い選択ではない。


魯粛:し、しかし先ほどは降伏こうふくとおっしゃっておられましたが…。


周瑜:あれほど二派にはに分かれて争い迷っているのだ。

   軽々しく本心を打ち明けてはならぬと、皆を試していたのだ!

   いやしくも亡き孫策そんさく様からのの未来をたくされ、

   水軍都督すいぐんととくとして今日までの修錬研鑽しゅうれんけんさんも何のためか!

   すべてはこう言う時の為ではないか!

   断じて曹操そうそうなどに降伏こうふくはせぬ!!


魯粛:おお、さすがは都督ととく…!


諸葛亮:では、戦うおつもりで…?


周瑜:うむ、すでに決心はついていた。

   諸葛亮しょかつりょう殿もどうか、力を貸していただきたい。

   共に曹操そうそうち、その野望をくじこうではないか!


諸葛亮:もちろん協力はしみませぬ。

    しかし、孫権そんけん殿をはじめ、他の重臣じゅうしん達がどう言うでしょうか?


周瑜:いいや、あす柴桑さいそうへ参ったら自分から我がきみを説得する。

   重臣じゅうしんたちなど問題にならん。

   開戦の号令あるのみだ!!


魯粛:では都督ととく、先に柴桑さいそうにてお待ちしておりますぞ。

   諸葛亮しょかつりょう殿、参りましょう。


諸葛亮:ええ。

    では周都督しゅうととく、これにて…。


ナレ:次の日、周瑜しゅうゆは早朝に柴桑城さいそうじょう登城とじょう

   張昭ちょうしょう降伏こうふく派の重臣じゅうしん達を散々に論破ろんぱし、

   主君・孫権そんけんに開戦の大号令を発動させるに至る。

   の諸将が出陣準備に追われている中、

   諸葛亮しょかつりょう魯粛ろしゅくと共に周瑜しゅうゆと会っていた。


周瑜:さて、すでにご存じのとおり、

   我がきみは貴公の主君・劉備りゅうび殿と軍事同盟を結び、

   共に曹操そうそうつこととなった。

   諸葛亮しょかつりょう殿の対曹操たいそうそうの策をうかがいたい。


諸葛亮:【つぶやく】

    我が事成ことなれり…だが、念は入れておかねばならぬ…。


    その前に、まずは孫権そんけん殿のご決心がにぶらぬよう、

    明日の出陣までにもう一度お会いになって、

    一抹いちまつの不安を打ち消しておくべきと存じます。


周瑜:なに、我がきみに…?


諸葛亮:はい。

    衆寡敵しゅうかてきせずという言葉もありますゆえ、

    曹操そうそう軍の兵数の多さを気に掛けておられるやもしれませぬ。

    ここは周都督しゅうととくからあらためて、

    曹操そうそう軍の内部構成をくわしく説明しておくべきかと。


周瑜:ふむ…確かに。

   ではさっそく登城とじょうし、申しあげておこう。

   

ナレ:果たして諸葛亮しょかつりょうの言葉通り、

   孫権そんけん曹操そうそうとの兵力差に不安を抱いていた。

   これを説得し、励まして帰る途中、

   そのあまりの観察眼の鋭さを恐れた周瑜しゅうゆは、

   ひそかに諸葛亮しょかつりょうの暗殺を決意するのであった。

   一方、客舎きゃくしゃに戻った諸葛亮しょかつりょうは空をあおぐと、

   白羽扇びゃくうせんで静かに北を指した。


諸葛亮:これでを決戦の舞台に引きずり出すことができた。

    赤壁せきへきの地で曹操そうそうの勢いをくじかねば、我がきみに未来は無い…。

    曹操そうそうよ。

    その快進撃、ここで止めさせてもらおう。




END【中編に続く】




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