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イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第2章 Bemerkt─希望と、選ぶもの─

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35話 無精リターン



 学校帰りのシモンが乗り換え駅の改札を出ると、迎えに来たヤコブが待っていた。シモンはなぜか、意外そうな顔をした。


「本当に待ってたんだ」

「連絡したの俺からなんだから、待ってるの当たり前だろ」

「バイトは? ボクなら、もう大丈夫だって言ったのに」

「ちゃんと終わらせてから来た。お節介か?」

「そんなことないよ。ちょっとお節介かなって思うけど、嬉しい」

「思ってんじゃん」


 ヤコブがお疲れさまの頭ポンポンをして、シモンは並んで歩き始めた。

 小腹が空いたので、駅構内のドーナツ屋に立ち寄って一つずつテイクアウトし、歩きながら食べた。


「そういえば。三日間くらいずっと本読んでたよな。宿題だったのか?」

「ううん。気になって、図書館で借りたんだ。国の文学賞を取った小説なんだけど、ヤコブは読んだこと……ある?」

「絶対読んだことなさそうだな、っていう間を空けるな。読んだことないけど」


 ヤコブも本はマンガなら読むが、文学にはほぼ触れたことはない。文字がぎっしり詰まったページを開くと、圧倒されてすぐに閉じてしまうのだ。

 なので、本当は興味はないのだが、シモンがあまりにも集中して読んでいたので、どんな話なのか訊いた。


「差別を受ける人種で生まれた主人公が、戦争の中でも希望を求めて生きる物語だよ。タイトルは知ってたけど、ちゃんと読んだことなかったんだ。今、あの本に出会えてよかったかも」

「よかったって?」

「ボクに必要なものが、あの中にあった気がするんだ」

「必要なもの? 希望じゃなくて?」

「それもだけど、それ以外かな。なんか、まだ漠然となんだけど。ボクもいつか、あの主人公みたいになれたらなって思ったんだ」

「主人公は最後、戦争を生き抜いて争いを止めたとか、世界を変革する活動家にでもなったのか?」

「ううん。最後は死んじゃうんだ」


 主人公の結末を聞いたヤコブはドーナツをかじろうとした口を閉じ、立ち止まってしまった。隣から姿がなくなったシモンは振り返り、咀嚼していたドーナツを飲み込んで微笑む。


「心配しなくても大丈夫だよ、ヤコブ」


 その微笑みに、不安を抱く必要はないとヤコブはほっと胸を撫で下ろす。


「不穏なこと言うからだろ」

「ボクが言ったのは、物語の主人公の話だよ」

「だって、その主人公みたいになりたいって……」

「例え話だし。言ったでしょ。まだ漠然としてるって。ボクは主人公から、ヒントをもらったんだよ」


 駅を利用する人々が往来する喧騒の中、二人はアレクサンダー広場に足を踏み入れた。

 その瞬間だった。


「!?」


 辺りの空気が、別の世界に迷い込んだようにがらりと変わった。周囲を歩いていた多くの人も、走っていたトラムも車も消え、いつかのような静寂の黒い世界となった。


「ヤコブ。これ……」

「ああ。お出ましだ」


 無人となった広場のど真ん中に、葉巻を咥えたガープが降って来たように重厚な音を立てて着地した。そのターキーレッグような肩には、無気力なタデウスがだらりと乗っている。


「やっと来たー。此処(ここ)に居ればまた来るかなーって思って、ずっと待ってたんだよー」

(何なんだ、やつのあの体勢は。スポーツしたあとのタオルか?)

(オシャレな人が冬に付けてる、特に役に立ってないファーみたい……)


 二人は待ち伏せされたことよりも、タデウスのウエルカム惰気ポーズがめちゃくちゃ気になった。

 ちなみに。タデウスは「やっと来た」と言ったが、待っていたのはほんの五分ほどだ。


「本当は、また来る積もりは無かったんだけどさー。矢張(やっぱ)り、やらなきゃ駄目みたいなんだよねー。でも、怠いし、面倒臭いし、帰りたいー」

「帰るなら帰ってもいいぜ。その場合、俺たちの不戦勝になるけどな」


 ドーナツを食べ終わったヤコブは、親指で口の端を拭った。シモンも、ペロッと口の周りを舐める。


「ぼくも別に、勝ちに拘ってる訳じゃないけどさー。何だかんだで、結局はやらなきゃならないんだよねー」


 そこへ、至急駆け付けたユダたちも合流した。


「あの格好……」

「今回も、やる気なさそうだね」


 そして二人と同じく、タデウスの体勢に釘付けになり呆れた。


「前回も怠そうだったよな。面倒くせぇなら戦わなきゃいいだろ」

「そう出来るなら、そうしたいんだけどねー。でも、無理なんだよ。ぼく達は、人類を平等にしたいから」


 タデウスはガープの肩を借り、前方宙返りをしてスタッと着地した。




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