14話 チキンの策略
「祝福の光雨!」
その頃。悪魔と一人で対峙するヤコブが、建物の屋上から降りて来ない悪魔に攻撃し、地上に誘き出そうと試みていた。
「天の罰雷!」
しかし、悪魔は屋上を飛び回って逃げるだけで、一向に降りて来る様子がない。接近するべきだが、深層潜入中のシモンに攻撃される危険もあるため、離れる訳にはいかない。
「何なんだこいつ! イラつくなぁっ!」
思い通りにいかないヤコブは、ストレスを溜める一方だ。
「お待たせ!」
そこへ、ペトロとユダとヨハネが遅れて到着した。
「遅っせーよ!」
「え。なんかキレられた」
「あ。悪ぃ……。あの悪魔が、全っ然降りて来ねぇんだよ。シモンが潜入中だから離れらんねぇし」
「なるほど。そういう理由で不機嫌だったのか」
「やつはずっと屋上に?」
ユダは無傷の悪魔を見上げて訊いた。
「ああ。出て来てからずっとだ。攻撃しても逃げやがるし」
「悪魔でもチキンがいるんだな」
「本当にチキンだったら笑えるけど、そうじゃなかった時が怖いよね」
「それじゃあ、どうしましょうか。四人いるし、一人地上で、あとの三人は上でチキンをいじめ倒すというのでもいいんじゃないですか」
「そうだね。じゃあ、とりあえず……」
ヨハネ提案の作戦で動こうとしたその時、屋上で大人しくしていた悪魔が急に雄叫びを上げた。
「⊄σゥ……。グ&%ォ#◆@オッ!」
「なんだ!?」
すると、憑依した男性と繋ぐ鎖が太くなり、悪魔の体躯が規格外の大きさに急成長した。
「デカくなった!?」
「この前遭遇したやつと似てるね」
以前遭遇した脚と手を強化したあの個体は、俊敏さと破壊力を手に入れていた。しかし今回の悪魔は、身体全体が大きくなった。あの個体とは違った個性を持っているのではないのかと、四人は警戒する。
「……ゼ……絶、ボµ……」
「しゃべった!?」
「また人間の言葉をしゃべるやつに進化したのか」
「絶ボゥ、ダζ……だ……。全、ξ、ゥバ、£ヤル」
身体的進化だけならず、人間の言葉を使う個体の再出現に、ユダたちは警戒心を強める。
そんな時。ペトロがシモンの異変に気が付いた。
「なあ。シモンの様子、おかしくないか?」
ペトロに言われたヤコブが振り向くと、深層潜入中のシモンが男性の横で倒れていた。
「シモン!?」
ヤコブは目を見開き、すぐさま駆け寄ってシモンを抱き起こす。
シモンは冷や汗をかき、苦しそうにしていた。潜入でこんな症状は見たことがないが、相互干渉で精神的負荷がいつも以上に掛かったことが窺えた。
「シモン、大丈夫か? シモン!」
ヤコブは、シモンの名前を懸命に呼んだ。その声に反応してシモンは目を開け、弱々しい声で言う。
「ヤコブ……。ごめん。失敗しちゃった……」
「何があった?」
「ボク、何も言えなくて……。そしたら、相手の感情に襲われるように動けなくなって……。ボクが救わなきゃってわかってるのに、何もできなかった」
悔やむシモンは、ヤコブの袖を掴んだ。ヤコブは頭をそっと撫で、無念の思いを掬い取った。
シモンの精神状態を案じながら、ヨハネたちは規格外悪魔に神経を集中する。
「もしかしてあいつは、進化するために逃げ回っていたんでしょうか」
「そうかもしれない。進化をするため、というか、進化できる時を待っていたのかも」
「どういうことだよ、ユダ」
「通常、悪魔は鎖を繋いだ人間から負のエネルギーをもらってる。だけどやつは、シモンくんからも供給を得ようとしたのかもしれない」
「まさか、そんなことが……!」
潜入には、使徒もまだ知らない落とし穴があったのだ。ユダの推測に、ヨハネとペトロもにわかに動揺する。
「あり得ないよね。でも、潜入して倒れるなんてことは今までなかった。例え、自分に似た境遇の人だったとしても」
「まさか。憑依された人間とシモンが相互干渉で繋がったことで、悪魔はシモンからも負のエネルギーをもらうことができたって言うのかよ!?」
話を聞いていたヤコブが顔をしかめて言うと、考えられなくはないとユダは可能性を示唆した。
「ボクが何もできなかったせい?」
「やつが、ただのチキン野郎じゃなかったってだけだ」
救えなかった責任を感じるシモンに、気にするな大丈夫だとヤコブは優しく声を掛ける。
「ユダ。シモンは休ませる」
「わかった。ヤコブくんが介抱してあげて」
この状態では戦闘も不可能だと判断し、シモンは戦線離脱させることにした。
「じゃあ。もう一度、潜入しなきゃだよな」
「今度は僕がやります」
ヨハネが深層潜入に手を挙げた。だが、なぜかユダは賛成しなかった。
「……いや。ヨハネくんはやめておいた方がいいかも」
「どうしてですか」
「やつがまた、負のエネルギーを吸い取ろうとするかもしれない。憑依された男性との相性は関係するかはわからないけど、ここはペトロくんが適任だと思う」
危険を孕んだ事態の中で白羽の矢が立てられたペトロは、その理由をすぐに理解した。
「オレが、死徒と戦ってトラウマに耐性ができたからか」
憤怒のフィリポとの戦いで、トラウマに対する恐れや不安が軽減されたペトロなら、過重な精神的負荷にも堪えうるだろうとユダは考えたのだ。
「行ってくれる?」
ユダが信頼の眼差しで尋ねると、ペトロは強く頷く。
「わかった。オレが行く」
しかし。それに納得しなかったのは、シモンだった。
「ボクなら大丈夫だよ」
シモンは無理をして立ち上がろうとするが、ヤコブが肩を掴んで行くのを許さなかった。
「傍から見て大丈夫じゃなさそうだから言ってんだよ。自分でもわかるだろ」
「でも……」
「シモン。無理しても悪循環になることは、オレがよく知ってる。だから大人しく、ヤコブの言うこと聞いとけ」
反面教師がここにいるだろとペトロは言い、再度男性への潜入を開始した。




