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イア;メメント モリ  作者: 円野 燈
第2章 Bemerkt─希望と、選ぶもの─
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12話 鬼ごっこ




「あ。そうだ。テリトリーの展開……」

「先にこっちで展開し終わってるぞ」

「先にやられちゃったのかぁ……」


 駄々をこねていたせいで先を越されたタデウスだが、意欲はまだ半分程度なので虫くらいにしか気にならない。


「ま、いっか。ガープ。使徒の相手しといてー」

「主。具体的には」

「適当で良いよー」

「相変わらず、やる気の無い主だ。承知した」


 使役されるガープも呆れているが、孫に弱くて怒れない祖父ようだ。


「でも。一人だけ貸してね」


 そう言った途端にタデウスの影が伸び、黒い壁がシモンのすぐ隣に現れヤコブたちと分断される。


「……!?」


 すると黒い壁はしなやかに自由に動き始め、シモンを狙い始める。襲い掛かるそれからシモンは逃げる。


「シモン!」


 ヤコブは襲い掛かる黒い帯からシモンを助けようとした。その時、ガープが簡略詠唱する。


知は無となる(ウンヴィセンハイト)


 ヤコブは攻撃しようと手を翳す。「祝福の(リヒトジーゲン)────……」ところが、途中でやめてしまった。


「ヤコブ?」

「……どうすればいいんだっけ」

「どうすれば、って。いつものようにやればいいだろ」

「そうなんだけど……。どうやって力を使うか、わからない」

「は? お前、何言って……」


 ヤコブはもう一度攻撃を繰り出そうとするが、記憶が抜け落ちたように、どうやって使徒の力を使っていたかを思い出せなくなっていた。


「何でだ! 何で使えないんだよ!?」


 ヤコブは突然のことに混乱し焦燥する。

 その様子を見たガープは、筋骨隆々の腕を組み手応えを感じていた。


「敵陣の中ではあるが、儂の能力は使えるようだな」

「ヤコブくんが力を使えなくなったのは、お前の能力だというのか」

「そうだ。お主等全員だ」

「私たちも?」


 そう聞いたペトロはガープに攻撃を仕掛けようとするが、ヤコブと同じように使徒の力がなぜか使えない。ガープの言う通り、ユダもヨハネも同様だった。


「儂の能力の一つは、相手から知識を奪い無知とさせる事だ。お主等から、『使徒の力の使い方』の知識を奪わせてもらった」

「何だって!?」

「いつそんなこと……」

「それじゃあ。オレたちはどうやって戦えば……」


 無手となった四人は愕然とする。使徒の力が使えなければ、どうやってガープと渡り合えというのだ。このままでは一瞬で捻り潰されてしまう。

 しかしガープは使徒を攻撃せず、その場に胡座をかいて腰を据えた。


「戦い方を考えれば良い。其の知識が有ればの話だがな」


 好き放題にできる獲物が狼狽える様を見て興に入ろうとしているのか。それとも、本当に悠々閑々と待つつもりだろうか。

 どちらにせよ、使徒に戦法を考える猶予が与えられた。


 一方。タデウスに狙われるシモンは、捕らえんとする黒い帯から逃げていた。

 障害物がほとんどない広場をフェイントを掛けながら駆け回ったり、周囲に立つ建物の外壁を走るなどして逃げ回るが、帯がまるで自分の影のように追い掛けて来てかわすのがギリギリだ。


祝福の光雨リヒトリーゲン・ジーゲン!」


 ガープの術に掛かっていなかったおかげで攻撃はできるが、なくなったと思っても次から次へと新しい帯が追い掛けて来る。


(ペトロの時みたいに、ボクを棺に閉じ込めようとしてるのかな)


 フィリポの時と同じように棺が出現するのを警戒しつつ、絶えず襲って来る帯への攻撃の手を緩めず逃げ続ける。

 一方から襲って来ていた帯が、前後から出現した。シモンは挟まれかけるが、着地した瞬間に真横に飛び退いた。それを消滅させても、同じことの繰り返しだった。


「意外と簡単に捕まらないもんだなぁ」


 タデウスは自身の影で作った座り心地がよさそうな椅子に座って、逃げ回るシモンを見ていた。片方の肘掛けに足を掛け、もう片方には頭を凭れ、スライムのようにだらりとしている。

 シモンは思い切って、無防備なタデウスに攻撃を仕掛けた。


闇世への帰標(ベスターフン・ニヒツ)!」

「わあっ!?」


 しかし、椅子が生きているかのように動き、光の玉から放出された光線は一つも命中しなかった。


「急に狙わないでよー」

赫灼の浄泉(クヴェレ・ブレンデン)!」


 シモンは連続で攻撃し、今度こそ直撃したかと手応えを感じた。しかし。


「危ないなぁー」

「!?」


 タデウスは椅子ごと、シモンの半径1メートル以内に移動していた。


「直撃する所だったじゃんー。ぼく、痛いのとか嫌なんだからね」


 タデウスはシモンを睨み付けた。その緑色の双眸は、惰気を貪る性質からは想像できない、鋭くぬめっとした本質が覗いていた。

 またタデウスの影から幾つもの帯が出現する。シモンは駆け回り、壁を伝って宙返りし、跳躍してかわしつつ、建物の屋上に上がりハーツヴンデ〈恐怯(フルヒト)〉を手にした。


泡沫覆う惣闇(ホフノン・)星芒射す(リヒトシャイネン)!」


 地上から這い上がって来る帯を全て射抜いた。しかしまた、次の攻撃が来る。屋上にまで追い掛けて来た帯に背後から襲い掛かられ、シモンは飛び降りて地上に戻り、また走った。


「何でボクばっかり狙うんだよ!」

「そーだなぁー……。何となく気になったから?」

「何となくで選ばないでよ! こういう場面でそういうの一番迷惑なんだから!」

「だって。何か気になっちゃったんだもん。ぼくに似た物を持ってる気がしてさー」

「死徒と似たものなんて持ってるはずないだろ!」


 シモンは再び襲い来る帯を〈恐怯(フルヒト)〉で一掃する。


「でも。ぼくだって昔は人間だったんだから、同じものを持っててもおかしくないよ? だから、ぼくと君でも出来るんだよ。相互干渉。ちょっと試してみたくない?」


 タデウスは肘掛けに両膝を突いて顎を乗せ、かわいいポーズで誘った。


「ものすごく遠慮したい! ていうか。そんなにやる気なさそうなのに、なんで攻撃して来るの!」

「だって。何もしないで帰ったら馬鹿にされるから。フィリポの二の舞いは御免だよ」

(この死徒、やる気ないのかあるのかわからない!)


 動き回り続けていなければ捕まるので止まるわけにはいかないし、襲って来る敵の思考が読めないしで、シモンは若干イラッとしてくる。


「ねーえー。早く捕まってよー。終わらなきゃ帰れないじゃんー」

(襲ってくる無限帯をどうにかしたいけど、そうするにはたぶんタデウスを倒さないとダメだ。だけど、一人じゃどうしようも……)

「ねー、怠いんだけどー。良い加減、観念しなよー」


 シモンを追い掛け回すのが飽きてきたのか、タデウスは領域内に残っていたトラムに帯を巻き付け、シモンに向かって投げた。


「っ!?」


 轟音と振動を立てて目の前に落ちて来たトラムに驚いて、シモンは思わず足を止める。その一瞬の隙きに帯がシモンの両手足に巻き付いた。


「しまった!」

(ようや)く捕まえたー。なかなか捕まらないから、一日掛かっちゃうかと思ったよー」


 拘束されたシモンは宙に浮く。帯を引き千切ろうとしても、鉄のように強力だから無理だ。

 椅子に座ったまま接近して来るタデウスに、シモンは気持ちを構える。


「このままボクを棺に閉じ込めるつもりなの?」

「あー。あれね。やっても良いんだけど、結構怠いんだよねー。だから、全力でやろうかどうしようか迷ってるんだー」

「だるいなら、やらなくてもいいんじゃない?」

「其れもアリなんだけどねー。でも、君の事が気になるから、やっても良いかなー」


 タデウスはシモンを顔を覗くように近付く。


「君の中には、どんな負のエネルギーが溜め込まれてるのかなー。心は、どんな痛い事を覚えてるのかなー。誰にどれだけ傷付けられたのかなー」


 惰気のままでありながらも、その双眸はシモンの心に侵入してくる。巣穴を掘り返して餌を探すかのように。


「正当な理由だった? 正義はあったのかな? それとも、悪意ばかりだった? 傷付ける意味はあったかな? そんなの無くて、理不尽な理由だったのかな?」


 土足で入り込んで来るタデウスの問いに、シモンは反応しないよう黙っていた。しかし、表情は動かしていないつもりだったのに、タデウスは鋭くその微妙な変化を感知する。


「あ。そうなんだ。理不尽な理由だったんだね。君は、理不尽に心を痛め付けられた、可哀想な人間なんだ。じゃあ、其の理不尽は何だったの? 監禁かなー? 殺人かなー? もっと酷いこと? それじゃあ、爆破テロ? それとも……戦争かな?」


 質問に反応して、シモンの瞳孔が開いた。タデウスはそれを見逃さなかった。


「あ! 当たったー。そっかー。戦争に巻き込まれたんだねー。それなら、負のエネルギー溜め込むよねー」


 見抜かれたシモンは心臓の鼓動が早まるのを感じたが、平静を維持する。


「……お前にボクの何がわかるの」

「分かるよー。すーっごく分かる。だって死徒(ぼくたち)は、何億という人間の怨念の集合体だもん。色んな凄惨な死に方をしてるんだから、戦争で死んだ人間の怨念も勿論(もちろん)有るよ。だから、君の気持ちも理解出来るよ」


 無気力な表情だったタデウスは、ニタァ……と笑った。「……っ!」気持ちが共有できる同胞を見つけ引きずり込みたいと嬉々とするその笑みに、シモンは背筋を凍らせる。


「其の痛みを、ぼくに見せてよ。壊れるきみを!」


因蒙の棺ザーク・レミニスツェンツ


「……!?」黒い帯がシモンの目と耳を塞ぎ、聴覚と視覚が現実世界から遮断される。


「面倒臭いから、此れで良いやー」


 タデウスはまた椅子の肘掛けに足を掛けて頭を凭れさせ惰気満々状態になると、目を瞑った。




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