4話 ジェットコースター出撃
「何だこれ。なんか、変な電波を受けてるような感じがして、ちょっと気分悪いんだけど……」
「来るな」
同じ感覚を感じているヤコブが言った。二人だけではなく、使徒全員が感じている。
「来るって……。何が?」
「今ペトロくんが感じているのは、悪魔が出現しようとしてる合図だよ」
「合図……?」
「僕たちはこの感覚で、悪魔がどこに現れるかを感知してるんだ」
そう言われてみると、ペトロも何となく“電波”の発信元を感知できるが、初めての感知は気持ちが悪い方が優ってすぐに遮断したい気分だ。
「俺とシモンで行こうか?」
「いや。私とヨハネくんで行くよ。今日はそんなに忙しくもなかったし」
「たまに閑古鳥が鳴きそうで怖いな。この事務所」
「大丈夫だよ、ヤコブ。ペトロが新加入したし、軌道に乗るのはまだまだこれからだって」
「オレに何を期待してるんだよ。仕事やるにしても、絶対に性別の尊厳は守るからな」
女性対象の仕事をやらされるフラグを立てられたペトロは頑なだった。
「という訳で。ペトロくんも行く?」
「行くって。どこへ? 売り込み?」
「そうじゃなくて。悪魔とご対面」
「えっ!?」
戦闘となる現場に誘われ、急展開過ぎてペトロも心の準備ができていない。寧ろまだ気持ち悪い。
「もう連れて行くんですか、ユダ」
「どちらにしろ、近いうちに戦力になってもらわなきゃだし。デビュー戦とは言わないけど、体感してみる?」
ユダに訊ねられたペトロは、少し考えた。自分が何のためにここに来て、どうなろうとしているのか。鍛えられた鉄のように心の中に固く留めている思いを、誰かに問い誓いを立てるように反芻し、決意の表情で頷いた。
「じゃあ、ボクも一緒に行くよ。最近まともに戦えてないし」
ペトロはまだ面子に数えられないので、シモンが加わって四人で出動することにした。
ヤコブに留守を頼み、四人は表に出た。
「それじゃあ。初めてだから手を繋ごうか」
「えっ。手?」
これから戦いに行くというのに、仲間に、しかも男同士で手を繋ぐ意味がわからないまま、ペトロはユダに手を握られた。
「行くよ。私のタイミングに合わせて」
ユダは足に力を貯めると、「せーのっ!」とタイミングを合図して地面を蹴った。
「うわっ!?」
すると二人の身体は、逆バンジージャンプをしたように空中に飛び出した。その高さは、おもちゃのブロックで作ったかのような連なるアルトバウと中庭を見下ろせ、近所の緑豊かな公園までも見渡せる。
「このまま行くよ。手を離しちゃダメだからね!」
事務所の正面のアルトバウの屋上に一度降り立つが、すぐに方向転換して別の屋上に飛び移り、陸上のメダリスト選手並みの速さで建物伝いに駆ける。
「ちょ……速いっ!」
「早く到着するための移動手段だよ。すぐになれるから!」
(慣れるって……。初心者向けの移動方法じゃないだろこれ!)
少しだけ自分の選択を後悔しながらペトロは腕を引かれ、ユダとヨハネとシモンとともに悪魔出現の気配がする方へ向かった。
三人が到着したのは、デッサウアー通りとシュトレーゼマン通りがぶつかるT字交差点。歴史博物館や私立大学が目の前の場所だ。
その道端で、学生らしき若い女性が苦しみ呻きながら、逃げ惑う人々に襲い掛かろうとしていた───いや。まるで、助けを求めて縋ろうとしているように見える。
降り立ってすぐさま一般人の避難誘導をし、適当なところで領域を展開する。
「戦闘領域!」
領域内には使徒と女性だけとなった。
「あ"あ"あ"っ!」
悪魔によって自身の負の感情をコントロールできなくなった女性は、痛みにも聞こえる叫びとともに倒れた。そして、その身体から黒い霧が吹き出し、憑依していた悪魔が姿を現した。
が。これから戦闘だというのに、ペトロも若干倒れそうになっていた。
「大丈夫、ペトロくん?」
「ジェットコースターみたいだった……」
「確かに、最初はジェットコースターだな」
「慣れても、一人乗りジェットコースターだけどね」
人間離れした身体能力で跳躍したり、建物の屋上をジャンプで渡ったり高速で走ったりと、人生初経験の異次元な移動で少々参っていた。それでも、移動のほんの数分で身体が慣れてきたのが不思議でならない。
ペトロは、目の前の異形を初めてちゃんと目視した。
人の影のように黒く、頭と腕と足を形作り、顔も認識できる。この、この世の生き物ではないものが人の中に棲み付くなど、常識として理解はしていても信じられない。
だが、今見ているものがこの街に蔓延り、そしてペトロが相対する敵となったのだ。