37話 再戦
すっかり体調が回復したペトロは、デリバリーのアルバイトを再開した。
ユダも事務所の業務に復帰したのだが、出勤で顔を出したら「無理してない? また気丈に振る舞ってない?」と猛烈に心配された。
(お前はオレの母親かってくらい引き止められたな。心配してくれるのは嬉しいけど、自分のことは自分でわかるんだってば)
「心配し過ぎて、過保護になってないか?」
(それとも、バンデだから?)
ユダに自分たちはバンデだと告げられたペトロは、シモンに腕の名前を確認してもらった。
父親の出身国に住んでいたこともあるので読むことができ、右腕に現れているのは確かにユダの名前だと言われた。
「バンデだって言われても、全然実感がないな」
(だけど。気持ちが前と比べて変化してるのは、そのせいなのかな)
昼の時間帯が終わるので、昼食を調達がてら回るエリアを変えようと、電動キックボードを走らせた。
その途中、前回戦闘になったポツダム広場を通り掛かり、立ち止まった。
「棺に捕らわれた時にユダの声が聞こえたのも、きっとバンデだからなんだよな」
(またトラウマを見せられるのは怖いと思ってたけど、少し心が軽くなったし、今のオレは一人じゃないってわかる。孤独な戦いだけど、自分のことを信じられそうな気がする)
その時。「……!」あの、重く纏わり付く感じの気配を感じ取った。
(これは、この前と同じ感覚……!)
気配を感知した次の瞬間、再び周囲から人や車や騒音が消え、空以外は黒一色となった。
「また……!」
「おいおい! 偶然、前回と同じ場所を選んだだけだってのに、何でテメェが居やがるんだよ!」
数日前の戦闘でも聞いた乱暴な物言いが聞こえ、ペトロに緊張が走る。
声の主のフィリポは、地下鉄駅出入口の屋根の上に立ち、鋭く赤い双眸で睨み付けてきた。
「お前は……。憤怒のフィリポ!」
「俺様の名前なんて、糞野郎の脳ミソじゃ覚えて無いと思ったぜ! 其れは褒めてやるが、再会したタイミングがテメェと気が合ってるようで虫唾が走る!」
フィリポは相変わらず不機嫌全開の顔付きで、唾を吐き捨てた。
また、あの棺に囚われるのか……。そう考えると、ペトロは身体を強張らせる。
「だが。生気を取り戻したみたいだな!」
「おかげさまで。お前が休ませてくれたからからな」
「余裕ぶっこいてんじゃねーぞ! 獲物は獲物らしく大人しく捕まれ!」
周囲に広がるフィリポの影の一部が盛り上がり、背後から襲い掛かろうとする。気付くのが遅れたペトロは、攻撃も防御も出遅れた。
その時。
「はっ!」
〈悔責〉を手にしたユダが現れ、影を切り裂いた。
「ペトロくん、大丈夫?」
「ありがと。大丈夫」
一対一で戦闘が始まりそうだったところへ、使徒全員が集結した。
「またみんな消えてる!」
「これ。前回と同じやつか!」
「おい、フィリポ! 一応訊くけど、隔離した人間に何も危害は加えてないんだよな?」
「ただ隔離してるだけだ。無い事にはなってる。そう言えば、ちゃんと説明してなかったな。此れは俺様のテリトリーだ。生存している愚物らを拒絶した、三次元空間とは違う異空間だ」
どうやら、ただ影で余計なものを隔離したのではないようだ。そして、この異空間内では死徒の方が優勢となり、ユダたち使徒にとっては完全に不利ということになる。
「ということは。私たちは前回から、アウェイ戦だったってことだね」
「アウェイ戦かぁ。こういう場合って、気合いのスイッチ入るよね」
「マジそれな! 敵地だからこそ士気が上がるってもんだぜ!」
「……シモン、ヤコブ。それ、スポーツの話だよな?」
「ヨハネは、アウェイ戦で気合い入らないの?」
「お前だって、中継観てた時に一緒に熱くなってただろ。あの時の気持ちだよ」
「胸熱しただろ?」とヤコブは拳で自分の胸を叩く。
「そういう話じゃないんだよ」
「でも要は、アウェイ戦を応援するような気合いでやればいいんだろ」
「気持ち的には、リーグ優勝決定戦かな?」
「とりあえず、そのくらいかな」
「ユダまで乗らないでください」
「おいコラ! 駄弁ってんじゃねーよ!」
軽く無視されていたフィリポがキレた。
「俺様は気が短いんだ! 前回の雪辱を果たして、負け犬扱いしやがった彼奴等を見返すんだよ!」
フィリポは前回同様に地面に紋章を出現させ、グラシャ=ラボラスを召喚する。
「テメェにも付き合って貰うぞ!」
召喚から間を置かず、手の形の影が現れてペトロを掴み、ゴムのように伸縮して引き寄せた。
「ペトロくん!」
ユダは手を伸ばすが、刹那の出来事で、今度は助けることができなかった。
ペトロは足掻くが、影はコンクリートのように頑丈で、口も塞がれて声も出せない。
「前回のように脱出出来ると思うなよ!」
《因蒙の棺!》
影に掴まれたペトロは、出現した棺に吸い込まれるように囚われ、フィリポも棺の中へと消えた。
「では。我々も始めよう」
四肢で立っていたグラシャ=ラボラスは、後ろ脚で立ち上がった。
すると。長い体毛で覆われていた身体はシャープになり、軍服を纏って防具を身に着けた。さらに、狼犬の顔と大きな翼はそのままに、獣の姿から獣人の姿となった。
そして同時に、眷属である異形の姿の悪魔も数十体現れた。




