55話 あたたかな空間
翌週の日曜日。ヨハネは、キィナのヨガスタジオに二度目のレッスンに来ていた。
「では。今日はこのくらいで」
「ありがとうございました」
前回よりも暖房が効き、ホットヨガスタイルでのレッスンとなり、ヨハネは薄っすらと汗をかいた。
ヨガマットに座り汗を拭いていると、キィナはまたデトックスウォーターをコップで持って来てくれて、ヨハネは半分ほどを一気に飲んだ。
「やっぱりヨハネさんて、体幹が抜群にいいですね。前より難しいポーズも、簡単にできましたし。使徒さんだから、鍛えられてるんですね」
「戦う時は、人間離れした身体能力を発揮しますからね。街灯にジャンプしたり、建物の壁を走ったり、宙返りしたり……。それが、身体に染み付いてるのかも」
キィナもヨガマットに座わり、自分のボトルのデトックスウォーターを飲むと、向かい合うヨハネにこんなことを言い出す。
「ねえ、ヨハネさん。それだけのポテンシャルがあるなら、ヨガインストラクターの資格取りませんか? ここで一緒にやりましょうよ」
ヨハネの才能に目を付けたキィナは、珍しく前のめりになり誘った。
「いやいや、無理ですよ。まだ使徒の役目があるし、事務所の業務もあるので」
「それじゃあ。使徒の役目が終わったら。それだったら、考えてくれませんか?」
「そうですね……。進路の候補として、覚えておきます」
ヨハネの中では、第一志望のホテル勤務があるので、本当に行き場に困った時のことを考えて、頭の片隅に置いておくことにした。
今日も次の予約まで時間があるらしく、二人はまたしばらく歓談して過ごした。
「それにしても。すっかり、クリスマスモードですね」
スタジオ内は、小さめのクリスマスツリーや、くるみ割り人形、星のオーナメントが吊るされ、窓にも「MERRY CHRISTMAS」の文字や雪の結晶のステッカーが貼られている。
「ちょっと気が早いですかね」
「でももうすぐ、各地でクリスマスマーケットも始まりますよね。街を歩いてても、クリスマスの飾りを見掛けるようになりましたし……。そういえば。ドアに飾られてるリース、素敵ですね。どこかで買ったんですか?」
「あれは、手づくりで……」
「キィナさんが作ったんですか? 売ってるものかと思いました。センスありますね」
「そんなことないですよ。いろいろ作るのが好きなだけで……」
ヨハネが感嘆すると、キィナは照れてほんのり頬を染めた。ヒバのベースに松ぼっくり、シナモン、シトラスのドライフルーツがあしらわれたクリスマスリースは、既製品と遜色ない出来栄えだ。
「他に、何を作ってるんですか?」
「今の時期だと、ニット帽やマフラーを編んだり。他には、アロマキャンドルとか。陶芸をやったこともあるし……」
「すご。多趣味ですね」
「趣味ってほどじゃないですよ。その時やりたいことを、気の向くままやってるだけです。だから、一度やったきりってものもあるし……」
ヨハネがまた褒めると、キィナは指折り数えていた手を振って謙遜する。しかし。いろいろ手を出した中で、続いたものがあったのを思い出す。
「あ。でも。一つだけ、やり続けたものがあったなぁ」
「それは、何ですか?」
「彼のために、料理を。彼、あまり外食を好まない人だったんです。一方でボクは、外食ばかりだったので、そこがちょっと気が合わないところだったんです。だけど、彼を振り向かせようと一念発起して料理を一から学んで、下手なりに頑張って、どうにか人に出せるものになって。初めて彼に振る舞った時は、すごく緊張しました。あまり自信がなかったんですけど、彼はおいしいって笑ってくれて……。それから毎日、最低一食は作るようになりました」
キィナは懐かしげに、亡くした彼との思い出を愛おしそうに話した。自分と似ていても違う心持ちのキィナがヨハネは羨ましくも、短い期間でそこまで気持ちの整理ができていることに、少し不思議な感覚を抱いた。
「一途に尽くすタイプなんですね」
「ヨハネさんも、そうじゃないんですか?」
まるでヨハネの過去の恋愛を知っているかのように、キィナは尋ねた。
「一途なのは、否定しません」
「じゃあヨハネさんは、彼氏さんに何かしてあげてることってあるんですか?」
「僕、ですか。僕は……」
ヨハネの過去と今を知らないキィナは、現在進行形で訊いてきた。
彼氏と言われて思い出すのは、もちろんレオとの日々。ヨハネは、あの長くはなかった一緒にいた日々の中で、彼に何をしてあげられただろうかと目を伏せる。
「あ。もしかして、あまり訊かれたくありませんでしたか?」
「いえ。その……」
誕生日、クリスマス、それから何でもない日でも、プレゼントを贈り合った。そんな幸せな時間の全てをなかったことにしてしまったのは、自分の過ちだと思うと、胸が痛む。苦しくなる。
「……今は、いません……。実は僕も、死別してて」
「あっ……。すみません。何も知らずに、不躾に……」
「大丈夫です。気にしないでください」
キィナに気を遣い、ヨハネは作り笑いを返した。
すると。夢見が悪いと聞いたことを思い出したキィナは、尋ねる。
「そういえばこの前、トラウマの夢を見ていると言ってましたよね。もしかしてトラウマって、その彼氏さんのことなんですか?」
今の僅かなやり取りでよく感付いたなと思いながらも、気が利く彼なら表情で気付いたんだろうと、ヨハネは「まぁ……はい」と肯定した。
「そういえば。この前はボク話ばかりして、ヨハネさんは何も話をしてませんでしたよね。もしも、その彼氏さんのことで何かあるなら、聞かせてくれませんか。何か力になれるかも」
「でも。重いですよ?」
「ボクの話も重いですよ。それに、抱えているものが悪夢になっているなら、吐き出してしまえば見なくなるかもしれませんよ?」
自分も同じだから、どんなに重い話でも打ち明けてほしいと、キィナは微笑んだ。
奇しくも二人は、ケンカで擦れ違い別れた境遇が似ている。ヨハネは少しためらうが、彼なら少しは気持ちをわかってくれるかもしれないと、過去の出来事を打ち明けてみることにした。




