表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第6章 Riss─綻ぶ─

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

318/330

55話 あたたかな空間



 翌週の日曜日。ヨハネは、キィナのヨガスタジオに二度目のレッスンに来ていた。


「では。今日はこのくらいで」

「ありがとうございました」


 前回よりも暖房が効き、ホットヨガスタイルでのレッスンとなり、ヨハネは薄っすらと汗をかいた。

 ヨガマットに座り汗を拭いていると、キィナはまたデトックスウォーターをコップで持って来てくれて、ヨハネは半分ほどを一気に飲んだ。


「やっぱりヨハネさんて、体幹が抜群にいいですね。前より難しいポーズも、簡単にできましたし。使徒さんだから、鍛えられてるんですね」

「戦う時は、人間離れした身体能力を発揮しますからね。街灯にジャンプしたり、建物の壁を走ったり、宙返りしたり……。それが、身体に染み付いてるのかも」


 キィナもヨガマットに座わり、自分のボトルのデトックスウォーターを飲むと、向かい合うヨハネにこんなことを言い出す。


「ねえ、ヨハネさん。それだけのポテンシャルがあるなら、ヨガインストラクターの資格取りませんか? ここで一緒にやりましょうよ」


 ヨハネの才能に目を付けたキィナは、珍しく前のめりになり誘った。


「いやいや、無理ですよ。まだ使徒の役目があるし、事務所の業務もあるので」

「それじゃあ。使徒の役目が終わったら。それだったら、考えてくれませんか?」

「そうですね……。進路の候補として、覚えておきます」


 ヨハネの中では、第一志望のホテル勤務があるので、本当に行き場に困った時のことを考えて、頭の片隅に置いておくことにした。

 今日も次の予約まで時間があるらしく、二人はまたしばらく歓談して過ごした。


「それにしても。すっかり、クリスマスモードですね」


 スタジオ内は、小さめのクリスマスツリーや、くるみ割り人形、星のオーナメントが吊るされ、窓にも「MERRY CHRISTMAS」の文字や雪の結晶のステッカーが貼られている。


「ちょっと気が早いですかね」

「でももうすぐ、各地でクリスマスマーケットも始まりますよね。街を歩いてても、クリスマスの飾りを見掛けるようになりましたし……。そういえば。ドアに飾られてるリース、素敵ですね。どこかで買ったんですか?」

「あれは、手づくりで……」

「キィナさんが作ったんですか? 売ってるものかと思いました。センスありますね」

「そんなことないですよ。いろいろ作るのが好きなだけで……」


 ヨハネが感嘆すると、キィナは照れてほんのり頬を染めた。ヒバのベースに松ぼっくり、シナモン、シトラスのドライフルーツがあしらわれたクリスマスリースは、既製品と遜色ない出来栄えだ。


「他に、何を作ってるんですか?」

「今の時期だと、ニット帽やマフラーを編んだり。他には、アロマキャンドルとか。陶芸をやったこともあるし……」

「すご。多趣味ですね」

「趣味ってほどじゃないですよ。その時やりたいことを、気の向くままやってるだけです。だから、一度やったきりってものもあるし……」


 ヨハネがまた褒めると、キィナは指折り数えていた手を振って謙遜する。しかし。いろいろ手を出した中で、続いたものがあったのを思い出す。


「あ。でも。一つだけ、やり続けたものがあったなぁ」

「それは、何ですか?」

「彼のために、料理を。彼、あまり外食を好まない人だったんです。一方でボクは、外食ばかりだったので、そこがちょっと気が合わないところだったんです。だけど、彼を振り向かせようと一念発起して料理を一から学んで、下手なりに頑張って、どうにか人に出せるものになって。初めて彼に振る舞った時は、すごく緊張しました。あまり自信がなかったんですけど、彼はおいしいって笑ってくれて……。それから毎日、最低一食は作るようになりました」


 キィナは懐かしげに、亡くした彼との思い出を愛おしそうに話した。自分と似ていても違う心持ちのキィナがヨハネは羨ましくも、短い期間でそこまで気持ちの整理ができていることに、少し不思議な感覚を抱いた。


「一途に尽くすタイプなんですね」

「ヨハネさんも、そうじゃないんですか?」


 まるでヨハネの過去の恋愛を知っているかのように、キィナは尋ねた。


「一途なのは、否定しません」

「じゃあヨハネさんは、彼氏さんに何かしてあげてることってあるんですか?」

「僕、ですか。僕は……」


 ヨハネの過去と今を知らないキィナは、現在進行形で訊いてきた。

 彼氏と言われて思い出すのは、もちろんレオとの日々。ヨハネは、あの長くはなかった一緒にいた日々の中で、彼に何をしてあげられただろうかと目を伏せる。


「あ。もしかして、あまり訊かれたくありませんでしたか?」

「いえ。その……」


 誕生日、クリスマス、それから何でもない日でも、プレゼントを贈り合った。そんな幸せな時間の全てをなかったことにしてしまったのは、自分の過ちだと思うと、胸が痛む。苦しくなる。


「……今は、いません……。実は僕も、死別してて」

「あっ……。すみません。何も知らずに、不躾に……」

「大丈夫です。気にしないでください」


 キィナに気を遣い、ヨハネは作り笑いを返した。

 すると。夢見が悪いと聞いたことを思い出したキィナは、尋ねる。


「そういえばこの前、トラウマの夢を見ていると言ってましたよね。もしかしてトラウマって、その彼氏さんのことなんですか?」


 今の僅かなやり取りでよく感付いたなと思いながらも、気が利く彼なら表情で気付いたんだろうと、ヨハネは「まぁ……はい」と肯定した。

 

「そういえば。この前はボク話ばかりして、ヨハネさんは何も話をしてませんでしたよね。もしも、その彼氏さんのことで何かあるなら、聞かせてくれませんか。何か力になれるかも」

「でも。重いですよ?」

「ボクの話も重いですよ。それに、抱えているものが悪夢になっているなら、吐き出してしまえば見なくなるかもしれませんよ?」


 自分も同じだから、どんなに重い話でも打ち明けてほしいと、キィナは微笑んだ。

 奇しくも二人は、ケンカで擦れ違い別れた境遇が似ている。ヨハネは少しためらうが、彼なら少しは気持ちをわかってくれるかもしれないと、過去の出来事を打ち明けてみることにした。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ