31話 一か八か
外で戦うユダたちは、未だグラシャ=ラボラスに傷の一つも付けられず苦戦していた。
翼の刃に加え、接近戦で繰り出される鋭い爪は、街路樹の枝を切り落とすように猛烈な鎌鼬のごとく。攻撃もことごとくかわされ、歯が立たない。
「くそっ! 手強すぎだろ!」
「攻撃も全部かわされて、どうしたらいいんだろう」
「個々じゃダメだ。連携しよう!」
攻略に倦ねる一同は、ユダの一言で連携して一矢報いる戦法に変更した。
「大いなる祝福の光雨!」
「連なる天の罰雷!」
まず、ユダとヨハネが増大させた弾丸の雨と激しい雷撃を食らわせる。しかし、先程までとは違う激しい攻撃にもグラシャ=ラボラスは対応してくる。
「泡沫覆う惣闇、星芒射す!」
グラシャ=ラボラスが全ての攻撃を見切る前に、シモンが〈恐怯〉で増幅させた光の矢をお見舞いする。が、巧みに翼を操るグラシャ=ラボラスは、糸を縫うようにこれも回避してみせた。
敵に一秒の暇も与えるつもりはない一同は、ハーツヴンデを手にしたヤコブとユダがシモンの攻撃から間髪を入れず、遠距離戦闘から接近戦に切り替える。
「うぉらあっ!」
シモンの攻撃が止む寸前に、ヤコブは空中のグラシャ=ラボラスに〈悔謝〉で斬り込んで行くが、
「グオオオウッ!」
「ぐあっ!?」
波動のような咆哮がヤコブを直撃する。
仲間の負傷に気を取られることなく、グラシャ=ラボラスの死角からユダが大鎌〈悔責〉を振るう。
「はあっ!」
しかしそれも見切られ、ユダは羽根の刃を食らうが、掠める程度ですんだ。
「大丈夫か、ヤコブ!」
「このくらい屁でもねぇよ」
「ねえ。ペトロ、大丈夫かな。閉じ込められて結構経つよ?」
グラシャ=ラボラスとの戦闘を開始して、三十分が経過する。
棺を破壊できず、中の状況がわからない以上はペトロ自身を信じる他ないが、危険な精神攻撃が続いている。心を壊されるまでどれだけの猶予があるのか、推測もできない。まだ大丈夫なのか。それとも、もうあまり時間がないのか。
囚われたペトロを案じて焦燥が甦るユダは、悔しそうに棺を見つめる。その様子を見たヨハネは提案した。
「ユダ。ペトロに叫んでみて下さい」
「え?」
「箱は壊せないけど、声は届くかもしれません」
ヨハネは、戦闘中でも時折憂患を表すユダの心中を案じた。思い人のそんな顔を見ていられなかったから、状況を打開するためにも提案した。
「だけど……」
だが、外からの介入が不可能なのに声が届くだろうかと、ユダはためらう。
「やってみろよ、ユダ」
「何もやらないよりはマシだよ」
ヤコブもシモンも、不明な可能性でも背中を押した。
「あなたの言葉なら、きっと届きます。ペトロを助けてやって下さい」
「……わかった。みんなを後方支援しながらやってみる」
効果はわからないが、やらないよりはましかもしれない手段に一か八か頼ることにした。
前線から一時離脱し、ペトロが囚われた棺へと近付く。
「何を企んでいる。外側からの干渉は、拒絶されると言った筈だが?」
「そんなの、本当かどうかわからないだろ!」
残った四人はヨハネを前方に置き、グラシャ=ラボラスにユダの邪魔をさせないようにさせる。
ユダは後方から攻撃しながら、棺の中にいるペトロにどう思いを伝えようと考える。だが。
(ペトロくんを助けたい。だけど、彼の過去を知らない。何を伝えたら届くんだ)
過去に何があったのかは、一切聞いていない。できることは、出会ってから側で見てきたペトロを思い返して感じたことを辿ることだ。
中で孤独な戦いを強いられているペトロを憂えるユダは、左手で棺の壁に触れた。するとその時。
「───!?」
ユダの頭の中に、見たことのない映像が断片的に入り込んで来た。夜にきらめくイルミネーションに、たくさんの人々の笑顔。そして、ペトロと家族の楽しげな風景が突如破壊される、惨劇。
「今のは……」
一瞬だったが、それは、今まさにペトロが体験させられているトラウマの映像だった。それによって、ユダの心がペトロの感情と一部リンクする。
絶望と、深い沼へと沈みそうな自責。リンクするユダの心も、虚無と重みを感じる。まるで、自分自身の感情のように錯覚しそうになる。




