46話 奇妙なカフェタイム
ペトロの側に座った男は、静かに佇む。
黒いコートに、無地の黒いハイネックと黒いズボン。革靴は、磨いておらず艶がない。肩まである髪も汚くは見えないが、窓からの明かりも天井のペンダントライトの明かりも反射していない。肌はペトロよりも白い───というよりも青白く見え、唇はリップを塗っているのか、茶色っぽく見える。
飄々としていて独特な雰囲気を持ち、近づき難さを感じさせる。その独特な雰囲気が、ペトロの恐怖感を煽っていく。
(えっ!? 何で!? 最近は見てないと思って油断してた! まさか。オレが気付かないように、ずっと後を付けてたのか? ……いやいや、でもでも! また偶然てこともあるよな? あるよな? 今日も偶然だよな!? でも。わざわざオレのすぐ側の席に座るって、不自然過ぎない!?)
男は前屈みになり、指を交差させて軽く手を組んでいる。身なりには大して気を遣っていないようだが、唯一、爪には黒いネイルが塗ってある。
(前は、オレを見てた気がするし。半日で、偶然とは思えない回数見たし。今日は今日で、超近距離に座って来た……。やっぱり、オレに何か用でもあるのか? でも、全然知らない人だし。配達したことある人とか? でも、ストーカーの原因になるようなクレーム受けてないし。ていうか。前屈みになったままで、コーヒー全然飲まないし……。何なんだよ、この人!?)
誰かに助けを求めたくても、周りの客に声を掛けて「使徒のペトロだ!」と騒がれたくない。そもそも、この男が自分に危害を加えるつもりでいるのかもわからないので、悪戯に店内に混乱を招きたくはない。
とりあえずペトロは、ストーカー疑惑の男がまた現れたことをヨハネたちに教えようと、グループメッセージを送った。
「今カフェにいるんだけど。前に遭遇した、謎の黒尽くめのストーカー男がオレのすぐ側いるんだけど!」
送ると、即レスで来たのはアンデレだ。
「やっぱり、ペトロのファンじゃないか? 握手くらいしてやれよー」
(何となく、絶対違うと思う!)
次に返信して来たのは、アンデレと一緒にトランプゲームをしている、シモンとハーロルトだ。
「他のお客さんがいる前で変なことはして来ないと思うから、自然でいた方がいいよ」
「ストーカー? 大丈夫? 危機感を感じたら店員さん頼って、迷わず逃げてね」
そして数分の時間を置いて、外出中のヨハネと、アルバイトの休憩中のヤコブからも返信が来た。
「またいたのか。でも、あれから何日か経ってからの遭遇だし、やっぱり偶然なだけじゃないか? あんまり気にするな」
「お前は、人気者の自覚がなさ過ぎる。アンデレの言う通り、そいつはファンじゃないか? ストーカーとかは、ただの思い込みだ」
(ちゃんと心配してくれてるの、一人だけじゃん! みんな他人事だと思って……!)
意外と薄情者の仲間に幻滅しながら、ペトロは状況打破を模索する。
ツィトローネクーヘンはあと半分。カプチーノも、まだ半分くらい残っている。クーヘンは、押し込めば一口で食べ切れそうだ。あとは、カプチーノを一気飲みして席を立ってしまおうか。それか、すぐにでも席を移動しようか……。
と考えるが。急にそそくさしたり不自然な行動を取ると、男の機嫌を損ねて何かされるのも恐ろしいので、一時保留にした。
ペトロの右隣のには、運良く一つ席が空いている。出入口のすぐ隣なので、まずは隣の席へ移動し、脱出のタイミングを図ることにした。
なるべく男に悟られないように、1センチ単位で時間を掛けて少しずつ移動していく。
しかし。ペトロの脱出作戦が始まってすぐ。男が口を開いた。
「なぁ。あんた」
「!?」
突然男がしゃべりびっくりしたペトロは、身体を硬直させた。
(えっ? しゃべった? 誰に? オレに!?)
「なぁ。聞こえてるのか」
ペトロが密かに激しく動揺していると、男はもう一度しゃべった。
「えと……。オレに、話し掛けてますか?」
「あんた以外に、誰がいるんだ」
男の隣には、誰も座っていない。他の客は、二人組で話していたり、電話をしている。
(話し掛けられた! とうとう話し掛けられた……!)
これで、容易に逃げることができなくなったペトロ。
この黒尽くめの男は、一体何の用があるのか。身に覚えのないことで言い掛かりを付けられて、コートの下に隠し持っているサバイバルナイフをちらつかされて、どこかへ連れて行かれるのか。
ペトロの脳内で、飛躍した妄想が巡る。
そして。ペトロと謎の男の、坦々とした会話が始まった。
「あんた、使徒だな」
(変装してるけど、バレた。どうしよう。誤魔化す? そしたら、誤魔化すんじゃねぇ! とか言って、胸倉掴まれるかな!?)
「は……はい。そうです」
裏社会に通じているとも限らないと思ったので、ペトロは素直に肯定した。でも、なるべく男の方は見ないようにした。
「名前は」
「ペトロ……です」
「ファミリーネームは」
「え……。ブリュール……です」
「出身は」
「地元、です」
「家族は」
「……今は、一人です」
「両親の出身は。祖父母や曾祖父母は、どこの出だ」
「……何で、面識のない人に、教えなきゃならないんですか」
家族のことを根掘り葉掘り聞こうとしてくるので、個人情報を盗む系の詐欺かと思い、家族に関しての質問への回答は思い切って拒否した。
男は沈黙する。ペトロは、胸倉を掴まれるかサバイバルナイフをちらつかされるかと、男の沈黙にドキドキする。
しかし何のアクションもなく、男は次の質問をしてきた。
「では。先祖は、どこに住んでいた」
「そんなの、聞いたことないです」
「国外か?」
「知らないです」
(オレの先祖って……。何を知りたいんだ、この人)
初対面で家族のことを聞いたり先祖のことを聞いたり、不審感極まりない。もしや、家族のことを探るのは新手の占い詐欺師かと、ペトロは警戒しながら男の正体を推察する。




