30話 棺の中。罪との再会②
だが。“事故”はそれだけでは収まらなかった。トラックはそのまま会場内を走り、小屋をさらに幾つも破壊し、逃げそびれた人を何人も跳ね飛ばした。
そして、最後にクリスマスピラミッドに衝突したトラックは、爆音を轟かせて爆発し炎を上げた。
その瞬間、“事故”は“事件”となった。
金切り声が、冬の冷たい空気を切り裂く。
突如襲われた震撼と驚怖で、会場にいた人々は狭い道を逃げ惑う。トラックの破片が周辺に飛び散り、怪我を負う人もいた。
「…………」
その混乱の中、遭遇したペトロは愕然と立ち尽くす。身体は小刻みに震える。きょうだいに買ったプレゼントの袋は落とし、逃げ惑う人々の足に蹴られ踏まれた。ペトロも逃げる人と身体がぶつかり、尻もちを突いた。
燃え上がるクリスマスピラミッドは、瞬く間に炎の柱となった。すると、メキメキッと嫌な音が聞こえてくる。
炎に包まれたクリスマスピラミッドが、隣の飛び火を食らったメリーゴーラウンドの方に倒れ始める。
そこにはまだ、逃げ遅れた家族がいた。
「ダメだ……」
ペトロはどうにか立ち上がったが、膝が震えてそこから一歩も動くことができない。
「ダメだ。やめてくれ……!」
惑乱する目で懇願するも、限界となったクリスマスピラミッドから、支柱が折れるバキバキッという大きな音が響く。
そして。大きく傾き。
「やめろぉーーーーーーーーーーっ!」
メリーゴーラウンドの上に倒壊した。猛炎となった炎は灰色の煙を吐き出し、潰されたメリーゴーラウンドも、もはや原型はなくなった。
「あ……。ああぁ……」
ペトロは絶望し、身体を震わせて膝から崩れ落ちた。
炎はどんどん広がり、人々を楽しませていたものは次々と飲み込まれる。
小屋は焼け落ち、イルミネーションは消え、クリスマスツリーも灰となり、全てを奪って辺りは真っ暗になった。
ペトロは、下火に囲まれる。
その中に、犠牲者たちが立っていた。巻き込まれた母親と幼い双子のきょうだいたちも、眉をひそめてペトロを見ている。
本当は、そんな顔はしていない。家族の顔も、他の被害者たちの顔も、全員の顔が黒く塗り潰されていて、表情なんて見て取れるはずがなかった。
しかし。ペトロには確かに、恨み顔が見えていた。その恐ろしい視線から逃れたくて、怯えて顔を伏せた。
「そんな顔で見ないで。オレを責めないで……。わかってるよ。同じ場所にいたオレだけが無事でいることが、許せないんだろ。すぐ側にいたのに助けなかったから、怒ってるんだろ。でも、無理だった。怖かったんだ。あの燃え盛る炎の中から、周りの人の叫び声に混ざって、微かにオレを呼ぶ声がした。その声を聞いた途端、全部わかっちゃったから。母さんたちが、あの炎の中にいるってことが……。だから、助けたくても、助けに行けなかった。身体が震えて、動かなくて。もうダメなんだって、諦めちゃったんだ。もしかしたら助けられたかもしれないのに。まだ生きてたのに。オレは……」
「テメェは糞野郎だな」
暗闇から、姿が見えなかったフィリポが現れた。
「家族を見捨てて、自分の幸せだけを掴もうとする。そんな奴、誰が許すんだよ。見殺しにされた家族は、テメェだけが生きて幸せになる事を、怒りに満ちた目で咎めてるぞ」
「ご……。ごめんなさい……」
「謝罪で罪が許される程、此の世は優しく出来て無ぇんだよ。特にテメェは、目の前で家族を見捨てた。其の罪は重罪だ。生きていて良い筈が無ぇだろ!」
眉間に深い皺を刻み、怒りに燃えるような赤い双眸が、ペトロを罪で突き刺す。
家族からは表情で咎められ、フィリポからも、ほじくり出された罪悪感の核心を突き付けられた。
罪責を問われ、自戒となった誓いで守られていたペトロの精神が、ひび割れていく。
「ごめんなさい……。助けるのを諦めてごめんなさい……。見捨ててごめんなさい……。オレだけ生きようとしてごめんなさい……。幸せになろうとしてごめんなさい……。ごめんなさい……。ごめんなさい……」
ペトロは自責の言葉を繰り返す。しかし謝罪をすれば赦されるほど、この世界は優しくはない。
「テメェには生きる資格は無ぇ。幸せを求める事は、見殺しにした家族への裏切りだ!」
フィリポは、自責の念で押し潰されそうなペトロに、追い打ちを掛ける言葉を耳元で囁いた。
この空間を支配する彼の言葉は、偽りが含まれていたとしても全てが真実となる。そして、事実であると囚われた者に刷り込まれるのだ。




