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イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第5章 Verschwinden─裏表─

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67話 見えない軌道



 そこに、二つの影が降りて来る。


「物質界に行って良いとは、一言も言っていないぞ。フィリポ」

怨嗟のマタイ(マタイ・デア・グロル)!」


 現れたのはマタイと、彼のゴエティアの一体である、鳥と人間の頭に白装束のアンドラスだ。今日は黒い狼に乗り、抜刀していたサーベルを鞘に戻した。


(マタイの横にいるのは、やつのゴエティアか!)


 マタイとそのゴエティアの出現に、ペトロたちは一層の緊張感を持つ。


「勝手な事をするな、フィリポ」

此奴(こいつ)等を排除できれば良いだろ! もう退屈で死にそうだったんだ! 暴れされろ!」

「退屈なのは分かるが、勝手が過ぎる。()の人間も観察中だ」

「此奴は俺様の獲物だ! 俺様の好きにさせろ!」

「其れを許さないと言っている」


 指示に従わない得手勝手なフィリポを、マタイは影でぐるぐる巻にして拘束した。


「主様。(せつ)が、胴体をバラバラにしてしまいましょうか」

(いや)。お前の手を煩わせる程では無い」


 アンドラスは身体を切り刻めなかった代わりに、狼の前脚で踏み付け監視することにした。

 新たなテリトリーが展開されているようではなかった。以前のような怖気も感じない。


「今日は何しに来たんだよ」


 二度も雷霆をまともに食らったヤコブだが、痺れが残っていても根性で立ち上がり、血気盛んに尋ねた。


「野暮用の(つい)でに、自由行動が過ぎる身内を回収しに来ただけだ」

「ちょっと俺等と遊んでけよ」


悔謝(ラウエ)〉を構えて戦闘態勢を取るヤコブに、ヨハネは顔色を変える。


「ヤコブ、悪ノリするな!」

「オレは乗る」

「ペトロ!」

「ユダの代わりに、恩返ししないといけないし!」


 ヨハネの制止を聞かずに、ヤコブよりも先にペトロは踏み込みマタイに斬り込む。


「はあっ!」


 しかしマタイは微動だにせず、〈誓志(アイド)〉を素手で受け止めた。


(素手で!?)

「礼は不要だ。返礼し合うなど、気色悪い」

「なら。これからも気遣いなしでいいってことだな」

「勿論だ。やがて去る者にしても、意味が無いからな」


 第二ラウンドが始まってしまい仕方がないと、ヨハネは諦めた。そして、出遅れたヤコブとシモンと息を合わせ、同時にマタイに攻撃を仕掛ける。


冀う縁の残心(エントゥウィクレン)皓々拓く(ゼルプスト)!」

泡沫覆う惣闇(ホフノン・)星芒射す(リヒトシャイネン)!」

晦冥たる白兎赤烏(ムーティヒ・)照らす剛勇(ブリヒトニヒト)!」


 それを見たアンデレも、気力を振り絞って再び四人の防御に専心する。


阻碍せん冥闇を(ドゥンケルハイト・)抗拒する(アプリーノン)!」

「だが。返礼をしたい者も居るようだな」

「主様。拙がお相手しましょうか?」

「お前は其の馬鹿を見張っていてくれ」


 マタイは自分の身体から、ハンドガンの形をした武器〈甚嵐悉滅グロル・ツェアシュトゥーレン〉を作り出した。そしてそれを空に向けて構え、トリガーを引いた。それとほぼ同時だった。


「っ!?」


 またもやアンデレの防壁を通過して、五人一気に腕や足に見えない弾丸が貫通した。


「ぐぅっ……!」


 ペトロたちは傷口を抑え、その場に倒れ込んだ。指の隙間から、血が溢れ出てくる。


「悪いが。返礼は固く断る」


 動けなくなった五人をあしらったマタイは、ある方向へ視線を向けると、一瞬で移動した。

 向かったのは、ハーロルトとヨセフがいる建物の屋上だった。安全だと油断していた場所に突然現れた敵に驚き、ハーロルトはビクッと身体を震わせる。


「記憶を戻してやったが、その後どうだ」

「……」

(なんだ。この威圧感!)


 未だ顔色が悪いハーロルトは、マタイの威圧感への畏怖から、声帯を握られているかのように声が出せない。

 マタイは、身体を強張らせるハーロルトをジッと見た。


「……矢張(やは)り、籾の中は空ではないか」

(何故だ。記憶が戻っただけでは、意味が無いのか?)

「マタイッ!」


 そこへ、痛みを堪えてペトロが追い掛けて来た。マタイは振り下ろされた〈誓志(アイド)〉の剣筋を見切り、片足を引いてスッと避けた。

 ペトロは、視界に入ったハーロルトとヨセフに気付き驚く。


「二人とも、なんでこんなところにいるんだよ!?」

「……そうか。中身の無い籾には、栄養が足り無いのか?」


 マタイは手に持っていたハンドガンをハーロルトに向け、再びトリガーを引いた。


「させるか!」


 見えない弾丸の餌食にはさせないと、狙われそうな急所を予測したペトロは、数発食らいながら剣で弾丸を弾いた。


(馬鹿な!?)


 見えない弾丸を弾く離れ業を見せたペトロに、マタイはにわかに驚く。


朽ちぬ一念(シュナイデン・)玉屑の闇(エントシュルス)!」


 ペトロは負傷した身体で、さらにマタイに立ち向かう。青白い光を帯びた〈誓志(アイド)〉を、マタイは斬撃もものともせずハンドガンのみで受け止めた。


「二人をやらせるかっ!」

(……!)


 マタイは、力強い双眸のペトロと初めて至近距離で交えると、目を見張った。

『蝶』の疑惑がこの人間から消えないという疑問を消して、怨みとともに彼を縛っている記憶が、悠久の時を経て一瞬目を覚ました。


(何だ……。何なんだ、()の人間は!?)


 根幹が揺さぶられかけ、マタイは影を操りペトロの腕に巻き付け、自分から引き剥がすようにぶん投げた。

「ぐっ……」ペトロは再び立ち上がろうとするも、深手を負い、振り絞れる力は尽きかけていた。

 倒れたペトロには意識的に目をくれず、マタイはもう一度ハーロルトを見下ろした。


「価値の無いお前に用は無い」


 去り際に、ヨセフにも視線やった。ヨセフはマタイと相対しても一切顔色を変えず、恐怖すら抱いていない。しかしその目は、しっかりとマタイの存在を確認していた。

 興味のない一般人を無視したマタイは、拘束したフィリポとアンドラスのところへ戻った。


「主様。此の人間共に、留めを刺しますか?」

「俺は此奴(こいつ)等に興味は無い。好きにして良いぞ」

「それでは、主様のご意思を沿わせて頂きます」

「そこまで忠実で無くても構わないのだが」

「拙が()ってしまったら、アケロルに怒られそうですし」


 マタイが隙きを見せているのに、ヨハネたちは動けなかった。


「今日の所は、フィリポ(此奴)は連れて帰る。またの機会に遊んでやってくれ」


 手負いの敵を放置して、マタイはアンドラスとフィリポとともに影の中に消えた。




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