64話 一人でも
ザコ悪魔の相手をしつつ、憤怒のフィリポと戦うヨハネたち三人だが、潜入中のペトロも狙われるので一瞬も気を緩められない。
「チョロチョロするんじゃねーよ、糞が!」
フィリポが降らせる雷霆を、ヨハネたちは回避と防御で免れる。しかし雷は、ザコ悪魔にも当たっている。
「おい! 身内のザコにも当たってるぞ!」
「知るか! 俺様の身内だなんて誰が言った!」
「赤の他人なのか」
「急に、ザコ悪魔が不憫に思えてきたな」
「其れよりも。テメェ等の攻撃が全然当たんねぇぞ! サービスで止まっててやろうか?」
そう言ったフィリポは、武器を足元に捨てて両腕を広げ、完全に三人を見縊る。
「大サービスしてくれるじゃねぇか」
「じゃあ、遠慮なくやっちゃうよ! 天の罰雷!」
シモンが雷をやり返すが、影が傘のようにフィリポの頭上に広がり防御した。
「同じ雷でも、獣とありんこだなぁ!」
「それなら、これはどうだ! 赫灼の浄泉!」
次にヨハネはが、フィリポの足元から光の泉を噴出させた。敵の足元を確実に狙い、逃げることも防御することもできない攻撃だ。
これはさすがに、まともに食らっただろう。だが、食らったはずのフィリポはけろっとしていた。
「無傷!?」
「なら、こっちはどうだ! 深き御使いの抱擁!」
今度はヤコブが、これも回避不可能の光の爆発を増幅させてお見舞いした。これなら間違いなく食らうはずだった。
しかし、爆発が収縮すると、腕組みをしたフィリポが無傷で平然と立っていた。
「嘘だろ!?」
「あれを受けて無傷でいられるはずが……!」
「おいおい、忘れてねーか。此処は俺様のテリトリーだ。そんな子供騙し程度の攻撃が、効く訳ねーだろ!」
鼻で笑い、傲慢な物言いでフィリポは言い放った。
「やつのテリトリー内で力を使っても、効果がないのか!?」
「でも、ゴエティア相手には効いてたよね?」
「それは、たぶんゴエティアだからだ。テリトリーを展開した死徒自身が相手だと、通用しないってことなんだ」
「そんなの初耳だぞ!」
三人がフィリポに苦戦している中、一人で祓魔までやり終えたペトロと、アンデレが合流した。
「こっちは終わったぞ!」
「悪いな、祓魔まで」
「弱ってたから助かった。それに、そっちはそれどころじゃないだろ」
「俺様の獲物!」
ペトロが再び目の前に現れた途端、フィリポはカットラスで襲い掛かった。
気付けば切り掛かられそうになっていたペトロは、手にしていた〈誓志〉で瞬時に受け止めた。刃同士がぶつかり合った瞬間、炎が辺りに広がる。
「雑用は終わったのかよ!」
「雑用は酷いな。お前よりも大事な用事なんだよ!」
「ペトロ! 棺に気を付けろ!」
「あんな物、使わねーよ! 俺様の実力で、テメェを戦闘不能にしてやる!」
左手のハンマーを振り下ろされたが、ペトロはカットラスを弾いて避けた。広範囲に落ちる雷霆は、アンデレのおかげでヨハネたちも個々で防御された。
「アンデレ、一人ずつの防御もできるようになったのか!」
「なんか、力の使い方がわかるようになってきた! 防御はおれに任せて、みんなは攻撃に集中しろ!」
「頼んだぞ、アンデレ!」
「ペトロ。このテリトリー内で使徒の力は使えないからな!」
「了解!」
空気を裂く音を轟かせて、雷霆が再び一同を襲う。アンデレの防御のおかげで直撃も側撃も防がれ、ペトロたちは四人掛かりでフィリポに攻撃を仕掛ける。
「泡沫覆う惣闇、星芒射す!」
「晦冥たる白兎赤烏、照らす剛勇!」
シモンが〈恐怯〉で放った攻撃で気を逸らせてすぐ、力を溜め込んだ〈悔謝〉を手にしたヤコブが攻撃を繰り出すが、フィリポは片手で持つカットラスでいとも簡単に受け止め斬撃を相殺する。
「冀う縁の残心、皓々拓く!」
ヤコブがフィリポに斬り掛かり、すぐさまヨハネが〈苛念〉で遠距離攻撃を放った。フィリポは交えていたヤコブに蹴りを入れて退かし、またもやカットラスで相殺した。そして再び、ハンマーで雷霆を落とした。
その雷霆を右に左に潜り抜け、ペトロが〈誓志〉で斬撃を放つ。
「朽ちぬ一念、玉屑の闇!」
カットラスのひと振りで相殺されるが、ペトロは立ち止まらずその勢いのまま斬り掛かる。
「はあっ!」
フィリポと剣を交えるペトロ。
「テメェは確か、こう言うのが苦手じゃなかったか?」
フィリポは不敵な笑みを浮べると、カットラスから炎が噴き出しペトロは囲まれる。
「思い出すだろ、あの夜を! テメェが見放した家族の顔を!」
フィリポはペトロのトラウマを刺激し、精神の脆弱化を狙った。しかしペトロは、もうこの程度で動揺しない。
「オレは、オレの生き方を肯定した。見放した罪を受け入れて、願望に素直になることもやめた。この程度で、気持ちが折れるか!」
「開き直りやがって! 流石、欲望の儘に生きる事を選んだ、糞野郎だな!」
「罪を肯定して生きることが、お前はそんなに納得できないのか!」
「納得する訳ねーだろ! 生きて償おうなんて考えは、罪を認めてねー証拠だ! 生き続ける事でテメェの人生だけリセットして、後は罪を忘れて謳歌する積もりだろ!」
「そんなことは考えてない! 家族を見放して自分だけ幸せになろうとした罪は、オレの胸に深く刻まれた。オレはこの先、この罪から逃げることはない!」
「信じられるか! 人間なんざ欺瞞の塊だ! 糊塗に騙される俺様じゃねぇ! テメェは今償うんだよ!」
その時。カットラスと交えていた〈誓志〉の刀身の一部が、黒く変色し始めた。
「!?」
「泡沫覆う惣闇、星芒射す!」
シモンが放った光の矢で、両者は一時距離を取った。ペトロが刀身を見ると、黒いシミのようなものがスゥーッと消えていった。
(なんだ今の。やつの武器と触れていた部分が変色した? それに、一瞬嫌な感じがした。まるで、棺に囚われたような……)
「大丈夫か、ペトロ」
ヨハネが隣に立ち気に掛けた。
「問題ない」
(こんな些細なこと、気にしてられない)
フィリポとの決着を着けたいペトロは、ヨハネたちに作戦への協力をお願いする。
「みんなに頼みがある。オレがフィリポを倒すまで、援護してくれないか」
「一人で挑むつもり!?」
「そんなの無茶に決まってんだろ!」
「血迷うな、ペトロ!」
「オレは正常だし、無茶かもしれない。でも、二組いるバンデに援護してもらえたら、心強いと思ったんだけど」
「いや、でも……」
「頼れるのが、みんなしかいないんだ。だから頼む」
ペトロは真剣に、ヨハネたちに頼んだ。トラウマを体験させられたフィリポとの戦いは、自分の罪にけじめを付ける機会だと感じている。だから無茶だとわかっていても、一対一で戦いたかった。
「……わかった。お前自身の戦いでもあるもんな」
「俺らに任せとけ」
「でも、無理はダメだからね」
「おれも、死ぬ気で防御頑張るからな!」
「ありがと」
フィリポの雷霆がペトロたちに降り注ぐ。
「コソコソ作戦会議か! 無駄知恵に何が出来るんだよ!」
五人はお互いに目を合わせ、頷く。そして、ヨハネの攻撃から戦闘を再開した。
「冀う縁の残心、皓々拓く!」
放たれた一閃は、またも相殺される。その直後、急接近したヤコブと、建物の壁から狙うシモンが同時に攻撃を放つ。
「晦冥たる白兎赤烏、照らす剛勇!」
「泡沫覆う惣闇、星芒射す!」
両サイドからの攻撃は影の壁に阻まれ、フィリポはハンマーを振り下ろし、雷霆が降り注がれる。
三人が攻撃するあいだにフィリポの背後に回ったペトロは、突進して行き〈誓志〉を振り下ろす。
「はあっ!」
察知したフィリポは振り向き、カットラスで剣を受け止める。
「見切り易いなぁ!」
フィリポはペトロにハンマーを振り下ろした。アンデレの防壁に衝突するが、その重圧は内側にいても十分に感じた。
だが、そんな程度では怯まず、ペトロはフィリポに足蹴りをかまそうとした。しかし影の壁に阻まれた上に、変形して足を掴まれて投げ飛ばされた。
「く……っ!」
建物の壁に身体を打ち付けられるが、アンデレの防壁に守られたおかげでダメージはほとんどなかった。
ペトロが軽くあしらわれても、バックアップを任されたヨハネたちはフィリポへの攻撃を続けた。
ヨハネが攻撃を放つと同時にヤコブが突っ込んで行くが、二人の攻撃はやはり簡単に防がれる。間髪を入れずシモンも光の矢を放つが、カットラスの炎に一瞬で飲み込まれた。その炎はシモンまでも飲み込もうとするが、アンデレの防壁が守った。
三人が懸命に攻め込む中、ペトロが再び突っ込んで行く。また斬撃が繰り出される前にフィリポは影の壁を作るが、
「はあっ!」
ペトロは〈誓志〉に力を込め、壁を真っ二つに切り裂いた。
「朽ちぬ一念、玉屑の闇!」
そして刃と刃がぶつかった。斬撃の波動が身体を掠めても、フィリポは歯を見せて笑う。
(オレは一人でも戦う。戦わなきゃいけないんだ)




