60話 テンプレと張りぼて
月は代わり、十月となった。九月と比べると暑さも和らぎ、残暑を忘れるくらい過ごしやしい気候となった。
ペトロはヨハネに付き添われて、専属モデルとなった男性ファッション雑誌『ERZÄHLUNG』の二度目の撮影に挑んでいた。尖塔が特徴的な赤レンガの教会や、歴史美術館前でも撮影したあと、シャルロッテンブルク宮殿前のシュロス通りにやって来た。
ファッションが変わるように、通りに並ぶ街路樹も、徐々に黄色やオレンジ色に装いを変化させ始めている。
撮っているのは来年の二月号に載せるもので、ペトロは次の衣装に着替えていた。アンバー色のニットに、ブラックのワイドパンツを合わせ、スニーカーを履いている。これにオリーブグリーンのダウンジャケットと、バーガンディー色のマフラーも身に着けるが、流石に暑いので、撮影が始まるまでスタイリストが持ってくれている。
今は、撮影準備が整えられるまで待機していた。ヨハネが近くのカフェで買って来てくれたホットコーヒーを飲みながら、二人は並んでベンチに座り、まったりと雑談をしていた。
「いいって言ったのに。なんで付いて来たんだよ」
「大丈夫って言うけど、心配だから」
「過保護だな」
「善意と言ってくれ」
「同情じゃなくて?」
「……それもある、かも」
「ヨハネに同情されるって……。オレ、終わってるじゃん」
「でも。見てると、放っておけなくなるんだよ」
心配しているというただそれだけの意味だが、聞いたペトロはちょっと引く。
「お前、そんなにオレのこと見てるの? それ、恋が始まるフラグじゃないか?」
「いつの間にか目で追ってて、もしかしてこれって恋!? ってやつだよな」
「悪いけど、オレがヨハネにそういう感情抱く可能性0%だから」
「安心しろ。僕も0%だから」
「浮気になっちゃうもんな」
「浮気?」
「ヨハネが誰かに恋をしたって言ったら、アンデレたぶんショック受けるぞ」
「バンデだけど、そういう関係じゃないし。告白されてもいないし、される雰囲気も0%だから。というか、気が合わない気がする」
「逆に合わない方が、うまくいくかもよ?」
すると今度は、同室になってから散々迷惑を掛けられ続けているヨハネが引いた。
「親友のアンデレと僕を、くっ付けたいのか?」
「そうじゃないけど。アンデレが、結構ヨハネのこと気に入ってるみたいだし。親友としては、仲良くやってほしいんだよ」
「一応、仲良くやろうとしてるけど。今のアンデレの頭の中は、親友への心配が半分を占めてるよ」
「半分は盛ってるだろ」
「そうだな。盛ったかも。僕とワンセットで半分に訂正しておく」
「ワンセットっていうのも、なんかやだな……」
まとめて心配されるのも、“ついで感”が出てペトロはちょっと癪な気がする。
「ペトロは今バンデがいないんだから、アンデレを頼っていいんだぞ。僕は全然構わないから」
「うん。でも、大丈夫」
ペトロはテンプレ化したセリフを言い、ミルクだけ入ったコーヒーを飲んだ。
ヨハネたちは時々気に掛けるが、ペトロはずっと「大丈夫」だと言い続けている。だがそれは、「大丈夫でいたい」と気を張っているんだと気付いている。
だから、そんな張りぼてをいつまで保っていられるだろうと、目が離せなかった。しかしペトロは、仲間からのその優しさを張りぼての前に置いたままだった。
「……あのさ。この前あいつの父親が来た時、息子は多重人格者じゃないって言ってたよな」
「ハーロルトのことか。本人の人格のみって言ってたな」
「ていうとこはさ。ユダは、あいつが記憶喪失になったから偶然生まれた人格、ってことなんだよな」
「たぶん、そうだな。テロに巻き込まれたショックから自分を守るために生まれた、一時的な人格だったのかもしれない」
「でも。あいつは記憶を取り戻した。ユダは、役割を終えたってことなのかな。もう必要なくなったのかな」
ヨハネは、ペトロの横顔をチラリと見た。泣きそうになってはいないが、味のしないガムを噛んでいるように、無気力に現実をゆっくり噛み締めているように見える。
「ヨハネはもう、気持ちの整理はできたのか?」
「ある程度は、できたかな」
ヨハネは、現在の自分の気持ちを確かめるように、問わず語りを始めた。




