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イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第1章 Vorahnung─巡り会う─

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22話 見て見ぬふり


 

 天国にも地獄にも行けない者が彷徨う、物質界とあの世の境にある世界、シェオル界。

 頭上は、かつていた世界を羨望することも許さない分厚い鈍色の空が塞ぎ、希望を射し込む光は僅かもなく、大地は芝とも言えない雑草で覆われている。

 この世界に異様なまでに際立ってあるものが、棺をランダムに積み上げたような黒く角ばった「城」と呼ばれている無機質な建造物。そして背後の丘の上に、黒く巨大な十字架が斜めに立っていた。

 その城の側で、手で土を掘っている者がいた。破れた箇所を縫い合わせたボロボロの黒いロングコートの軍服を着用し、黒髪の細い三つ編み二つを肩から垂らした青白い肌の色の男だ。


「おい、何やってんだよ」


 そこにもう一人来たのが、似たような風貌でだいぶ口の悪いモヒカン頭の男だ。


「あ? 土弄りか? 餓鬼(ガキ)や老い()れじゃねーんだから止めろよ、(クソ)が」

「老い耄れに間違いは無いと思うが、土弄りくらい良いだろう」


 ヤンキー口調は聞き慣れている三つ編み男は、喧嘩腰になることもなく言い返した。


「今更になって、()の世界を緑一面にしようとか考えてんじゃねーだろーなぁ。()れこそ糞だ。直ぐ様燃やす!」

「俺も、今更そんな愚かな事は考えんさ。だが此れは、やらねばならない」


 男の掌には、銀杏ほどの大きさの楕円のものが乗っていた。


「あ? 何だ其れ」

「種だ」

「種? 種っつったら、植物のやつだろ」

「そうだ。此れが育つと、大きな木になるんだ」

「木ぃ?」


 くだらねぇと言いたげなモヒカン男は短い眉を片方上げ、宣言通り今すぐ燃やすと言って種を奪いそうだ。


「此れは、俺が生きていた頃からの宝物だ。今日から此れを育てる」

「糞暇過ぎてとうとう園芸をやるってか。阿保(アホ)か! 人間の真似事なんざ馬鹿じゃねーの!? 俺様が踏み潰す!」


 モヒカン男が三つ編み男の手ごと踏み付けようとしたので、三つ編み男は冷静に「止めろ」と制止する。


「俺が此の種をどれだけ大切にして来たか、知らないだろう。それに、馬鹿らしい事では無い。此れは、馬鹿な野郎も、阿呆な野郎も、愚劣な野郎も、普通の野郎も、全員が喜ぶ奴さ」

「俺様に関係が無いなら興味はねぇ!」

「興味が無いなら、踏み潰す理由も無いだろう」


 三つ編み男は、自分の手で掘った穴に種を埋めた。


「大切って事は、其れだけ価値が有るのか」

「それは、種が育ってから分かる」

「あ? 育つまで待てるか。今教えろ!」

「短気を抑えて待つと良い。大きくなるのに、そう長い年月は掛からない」


 三つ編み男がそう言った瞬間、まだ水をあげてもいなければ太陽すらないのに、ひょこっと芽を出し、あっという間に双葉となった。植物の育ち方の知識も一応あるモヒカン男は、埋めただけで芽を出した種に一驚した様子だ。

 宝物が早くも赤ん坊まで育ち、その黄緑色の葉を願いを込めるようにそっと触れる三つ編み男は、紫色の双眸を細めた。


「ああ……。大きくなるのが楽しみだ」




 この日、ヨハネはシモンの正式契約の手続きと広告の打ち合わせに付き添い、事務所にはユダ一人だった。ヤコブもアルバイトに行っていて留守だ。

 ペトロは休みだったので、部屋のソファーで寝転んでいた。しかし、昼寝をする気にもなれず、白く高い天井を見つめながら考えごとをしていた。


(ユダがくれる言葉に、どう応えていいのかわからない……。「素敵」とか「魅力的」とか言われても、不思議と嫌だと思わない。「かわいい」は恥ずかしいけど……。でも、オレのこと考えていろいろ連れて行ってくれたのは、ちょっと嬉しかった。初めての撮影で緊張してた時も、オレを信じてくれたから安心できた。初めて潜入インフィルトラツィオンして悪魔を祓った時も、介抱してくれた。あの時はとても優しい声で、まるで、温かい太陽に包まれてるみたいだった。あの時だけじゃない。ユダはいつも優しくて、微笑んでくれる。それは、オレのためだけじゃないのはわかってる。だけど……)


 ペトロは胸に手を置いた。


(ここが、時々キュッてなる。マッチの火が胸の中にあるみたいになって、一緒にいると落ち着かなくなる)


 ───もしもきみのことを好きだと言ったら、どうする?


(あれ以来、何も言ってこないけど、やっぱり冗談だったのか? でも、「大事なことは冗談なんかにしない」って言ってた。オレのことが、とても意味のある大切な存在とも言ってた。それって、どういう意味だ? そのままの意味で、ユダはオレを大切に思ってるってこと? そしたら、あの告白まがいは……)

「…………」


 惑う心が、ペトロの願望を覆う氷を溶かしそうになる。だがペトロは、寝ていた態勢を変え、背凭れの方に顔を向けた。


(それでもわからない。大切に思ってるのかもしれないけど、オレはその気持ちにちゃんと応えられない。応えていいのかわからない。ユダは優しくて、側にいると安心できる。だから、忘れそうになる。自分にあったことを。家族のことを)

「ダメなんだ……」


 本心に抗い、誓いを翻意することを拒んだ。ペトロは、願望のかたちが顕になるのを恐れた。


「……!」


 その時。悪魔出現の気配を感知し、ペトロはバルコニーに出た。


(いつもと違う。これは……)

「ペトロくん!」


 呼ばれて見下ろすと、いつもの悪魔の気配と違うと感じるユダも外に出ていた。


「行こう!」

「あ。うん!」


 薄曇る下を、二人は感知する方角へと急いで向かった。




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