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イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第5章 Verschwinden─裏表─

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31話 一人じゃない



「そんな話はないかな。『私』としての記憶は、二年ぶんもないし。語れるような話はないよ。きっと記憶が戻れば、みんなみたいな面白い話ができるだろうけど」

「そんなこと……」

「みんなが知らないことは、『私』も知らないことだよ」


 心を沈ませてそう言うと、楽しい空気が一気にしんみりとしてしまった。だがユダは、わざと空気を悪くしたのではない。楽しい空気を、心から楽しめなかっただけだ。

 誰もが掛ける言葉を探し、ペトロはただ手を握った。

 少し沈黙が流れたあと、雰囲気作りをしていたヤコブが真面目な面持ちになって口を開いた。


「ペトロから話は聞いて、俺らもどう考えて結論付けるべきか難儀した。でもお前は、その何倍も懊悩し続けてるんだよな。だから簡単に、上辺だけの励ましの言葉なんか言えねぇ……。けど。考えた末に辿り着いた、俺の率直な気持ちがある。それを、言ってもいいか」

「うん」


 ヤコブがどういう考えに至ったのか、これからの指針にもなりうる意見にユダは耳を傾ける。すると。


「ぶっちゃけ、どーでもいい」


 そのセリフ通りの口調で言われ、意外な言葉を返されたユダは、伏せていた目を瞬きしながらヤコブに向けた。


「お前が本当は別の誰かだろうがなんだろうが、関係ない。幻聴はただの幻聴だし、名前が変わったとしても、他は変わらないんだろ。だったら、お前はこれからも俺らの頼れるリーダーで、事務所の社長だ。……まぁ。ごちゃごちゃ考えるのが面倒くせぇ、ってのもあるけど」

「ヤコブくん……」


 するとアンデレも、いつもの快活さを抑えつつ口を開く。


「おれも。ごちゃごちゃ考えるの、面倒くさいんすよね」

「ごちゃごちゃ考えるのが、面倒くさいって……。だから、服散らかしてるとか言わないよな」


 ヨハネにジト目で突っ込まれるが、「それは、おれのライフスタイルなんで」と一時的な言い訳をして、心にある気持ちを言葉にしていく。


「おれって、ミステリードラマは登場人物と物語の大筋だけ把握して、先に犯人を知りたいタイプで」

「それじゃ楽しめなくない?」


 シモンが疑問を呈すると、アンデレは否定する。


「それが、案外面白いんだ。犯人がわかってると、伏線が逆にドキドキさせてくれるんだよ。ミステリードラマは、主人公と一緒に推理してくのが醍醐味なんだと思うけど、おれはラクに楽しみたい派なんだ。たぶんユダさんのことも、これと同じだと思うんです」

「同じ?」

「ミステリードラマ観てると、怪しい人物とか、謎の暗号とか、いろいろ手掛かりが出てくると、一体どれが本当のヒントでフェイクなんだろうって考えて、観終わる頃には疲れちゃうじゃないっすか。だから、力を抜いてラクに考えた方がいいんすよ。知るべきことがあるなら、知った方がいいのかもしれないっすけど、考えるのが苦しくなるなら何も見ない方がいいです。で。いつも通りになった方が、気持ちもラクになりますよ」

「アンデレくん……」


 あの、空気を読めないアンデレから彼らしい助言をもらい、ユダは少し心が軽くなったような気がする。

 ユダに気持ちを伝えたアンデレは、今度はペトロの方を見て言う。


「ペトロもさ。バンデだから、いろいろ感じて辛いんだろ。そういう時こそ、おれたちを頼ってくれよ。せっかく仲間がいるんだから、二人でどうにもできないことは、みんなで助け合おうよ!」

「アンデレ……」


 さすが親友。ペトロが困却を抱え込もうとしていることも、バンデでなくてもお見通しのようだ。

 そして、ヤコブとアンデレに続くように、シモンも自分の気持ちを伝える。


「そうだよ。確かに、ペトロが一番頑張って支えなきゃならないかもしれないけど、これは、ボクたちみんなのことでもあるよ。だから、みんなでユダのこと支えよ」

「シモン……」


 ペトロは、自分とユダのことだから、自分がちゃんと支えなければと一人で頑張ろうとしていた。けれど、仲間たちは違った。

 一番支えられるのはバンデのペトロだけれど、仲間の自分たちも力になれると言ってくれている。ペトロ一人ではきっと支えきれないから、みんなで二人を支えたいと。

 最後にヨハネも、真っ直ぐにユダの目を見て自分の思いを伝える。


「最初にヤコブが言いましたけど、あなたが誰であろうと関係ありません。ユダはユダで、あなたへの僕の気持ちも変わりません……。あっ。変な言い方になってしまいましたが、尊敬しているという意味です……。いろんなことが一気に押し寄せて混乱する気持ちは、僕たちにはわかりません。ですが。あなたを思い、心を寄せることはできます。もしも、本当は違う名前だったとしても、あなたが僕たちの大切な仲間であることは変わりません。それは、どんな運命でも捻じ曲げることのできない、揺るぎない事実ですから」

「ヨハネくん……」

「もっと仲間(僕たち)に、寄り掛かってください」


 ユダは、ヨハネたちひとり一人と視線を交わす。その温情は、彼らと出会った頃を想起させた。

 記憶喪失にまだ不安を抱いていた頃、過去を持たないことを仲間になったばかりのヨハネたち三人にカミングアウトした。けれど、彼らは変に気遣うことなく、仲間意識で支えてくれた。アンデレにも言うと、「大変な状況なのに戦えてすごいっすね!」と、尊敬の眼差しを向けてくれた。

 彼らの気遣いの言葉が、安心を与えてくれる。ありがたさが胸に湧き、自分はこんな温かい仲間たちに囲まれ恵まれているんだと、感謝の気持ちが湧いてくる。


「……ありがとう、みんな。こんな私でも対等に接してくれて、受け止めてくれて、本当にありがとう」


 この輪に入ることができて、本当によかった。彼らの思いが心に染み渡り、やはり自分は、仲間に支えられてここにいられているんだと、ユダは実感した。




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