16話 バースデーデート
荘厳なギリシャ神殿のような外観の、“博物館島”の代表的なミュージアム、ペルガモン博物館。ここでは、古代ローマやギリシャ、バビロニア、イスラムの美術品を所蔵・展示している。
今日が誕生日のユダは、事務所の業務をヨハネとヨセフの二人に任せて、ペトロとデートで来た。平日だが人気の観光地ともあって、当日チケットの購入に並ぶ観光客が、大階段に長蛇の列を成している。
事前に時間指定でチケットを取っていた二人は、まだかと並ぶ人々の横を悠々と上がって行き入館。ロッカーに手荷物を預け、スタッフにチケットを見せて展示室に入った。
「石像デカ!」
しばらく進んで現れたのは、鳥やライオンなどの動物を模した石像などが展示されているエリアだ。
「よく見ると、ちゃんと歯が一本一本彫られてて、毛並みも再現されてるよ」
「本当だ。細かい」
「この先がもっとすごいよ」
以前に一度来ているユダは、ペトロが驚く顔を楽しみにしつつ、次の展示物がある方へと連れて行く。
石像展示室のすぐ横の通路に入ると、バビロンの行列道路が再現されている。オレンジ色の壁にラインを描く、コバルトブルーとオレンジとターコイズブルーの煉瓦の配色が美しい。何体ものライオンのレリーフは、まるでこちらに向かって列を成して歩いて来ているように錯覚してしまいそうだ。
「煉瓦の配色きれいだな」
「昔の人の芸術センスには、感嘆しちゃうね」
しかし、ユダが見てほしかったのはこの通路ではない。この先にある、この博物館の目玉の展示物だ。
「おおー……」
それを目にしたペトロは、その迫力に驚いて見上げた。
行列道路を進んだ先に出できたのは、壁一面、天井いっぱいまで聳えるように構える、大きなイシュタル門だ。鮮やかなコバルトブルーの煉瓦で造られ、神話的な動物や神々のレリーフが施されている。
「すげー。でかー!」
これが、ユダがペトロに見せたかったものだ。期待したリアクションを見られて、ユダも満足げだ。
「新バビロニア王国の二代目の国王が、建設させたんだって」
「これ、このまま持って来たの?」
「まさか。一部を復元したものだよ。実際は、もっと大きかったらしいからね」
「どんだけデカかったんだろ……」
ペトロは、美しい門に負けないきれいな碧眼を見開いて感嘆する。
他の見学者は、それぞれのカメラで画角に収めきれないイシュタル門を撮っている。二人も門をバックにして、スマホでツーショットを自撮りした。
イシュタル門を潜り、一瞬だけバビロニアに入る商人の気持ちになると、次に現れたのは、古代ギリシャ建築の巨大な柱が特徴的なミレトスの市場門だ。
そしてその次の展示室にも、イシュタル門に劣らない巨大な展示物が待ち構えていた。
「すげー! これもデカイー!」
博物館最大の見所の、ペルガモンのゼウスの大祭壇。これも復元されたものだが、コの字型に建てられている姿は、正面から見たペルガモン博物館の外観にそっくりだ。
全長100メートル以上にもなる大理石製の壁の彫刻は、ギリシャ神話オリンポスの神々と巨人族の戦い「ギガントマキア」を描いたものだ。胴体の欠け具合なども、忠実に復元されている。
「巨人なんて本当にいたのかな」
「きっと神話だと思うよ」
「イエティとか、宇宙人みたいな?」
「似たようなものかな」
「でも、悪魔もそれと同じ類だけど実際にいるじゃん」
「それを訊かれたら、なんとも言えないけど……」
実際見ているものと見ていないものの違いを訊かれ、ユダも困ってしまう。
「たぶん悪魔は、普段見えていなかっただけで、本当は人間の中や世界中にいたのかもね」
「それが可視化されたって感じか……。じゃあ。見えるようになったのは、なんでなんだろ」
「そうだなぁ……。危険を知らせるため、とか」
「危険て?」
「世界の闇に気付くように」
「世界の闇か……。でもさ。誰がそれを知らせようとしたんだろ」
「私たちを選んだ神様じゃない? それか……死徒だったりして」
と、ユダは冗談で言った。
「いや。それは絶対ないだろ」
「うん。それはないね」
「それじゃあさ。オレたちの戦いも、そのうち神話化されちゃうのかな」
「そうだね。誰かが受け継ぐわけじゃないし、今だけの……」
しゃべっていたユダは突然口を止め、一点を見つめた。
「……ユダ?」
「ううん。なんでもないよ」
ペトロが顔を覗くと、ユダはニコッと笑った。