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イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第5章 Verschwinden─裏表─
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15話 交差する



 その翌日。出勤して来たヨセフを、ユダはさっそく誘ってみるが。


「いいえ。結構です」


 検討の暇もなく、いつもの無表情で速攻で断られた。


「自分は、飽くまでもボランティアなので。みなさんの仲に入り込むつもりはありません」

「遠慮しなくてもいいんだよ?」

「遠慮ではありません。自分のルールなので」


 飽くまでも、仕事のみの付き合いだと考えているようだ。けれど、速攻断られたユダはちょっと切なかった。


「今日は、何をしたらいいでしょうか」

「じゃあ。このフォルダに振り分けたメールに、返信してくれ」


 オファーお断り一択の、一般からの雑多メールの返信をヨハネから頼まれ、ヨセフはデスクに座って作業を始めた。

 それぞれ仕事を進め、契約内容の確認などをしていたユダは、一瞬だけヨセフの方を見た。メールの返信を終えたヨセフは、棚やテーブルなどの拭き掃除をしている。


(出勤初日からだけど、どうも視線を感じる……)


 ヨセフの出勤初日から毎日、彼から時々見られているとユダは感じていた。


(私、何かしたかな。気に触ることでも言ったのかな。醸し出す雰囲気に加えて、コミュニケーションが必要最低限だから、何を考えてるのかもわからない……)


 ユダが視線に気付いて目をやると、ヨセフは知らんぷりをして仕事をしているふうを装う。


(しかも。その視線が、この前の撮影現場で感じたものと似てる……)


 敵意でもなければ、情がこもっているものでもない視線。感じるものが似ているだけで、撮影現場で感じた視線の主がヨセフとは言い切れない。

 しかし、彼はなぜ視線を送ってくるのだろう。突然雇ってほしいと来たことといい、彼には何かここで働きたい本当の理由があって、その視線はそれと関係しているのかと考える。


「ヨセフ。コーヒー淹れたいから、お湯沸かしてくれないか」

「わかりました」


 ヨハネに頼まれたヨセフは給湯室へ行った。ところが、しばらくして戻って来た。


「すみません。コーヒー豆がないんですが」

「冷蔵庫にストックがあるよ」


 ユダは一緒に給湯室に行き、冷蔵庫からコーヒー豆の入った袋を出してあげた。


「ありがとうございます」


 ヨセフは、準備していたコーヒーミルで豆を挽く。

 ユダは、空になったガラスポットに豆を入れ替えた。そのついでに、何気なくヨセフに話し掛けてみた。


「仕事、やってみてどう?」

「どう、とは」

「楽しいとか、大変とか」

「特に何も」

(特に何も……)


 言葉のキャッチボールを試みるも、グローブを介さず蹴って返される。何を話せば普通に会話ができるんだろうと、ユダは困る。

 豆を挽いたヨセフはコーヒーサーバーにドリッパーをセットし、適量入れたコーヒー粉にお湯を注いでいく。

 微細な泡を立てて膨らむコーヒー粉を見つめながら、ヨセフは口を開いた。


「……ノイベルトさんて、ずっとこの街に住んでいるんですか?」

「ずっとかどうかは、わからないかな」

「わからないんですか?」

「うん。大きな事件か事故に巻き込まれたらしくて、それ以前の記憶がないんだ」

「そうなんですか。大変ですね」

(リアクション薄いなー……)


 同情や大袈裟なリアクションがほしいわけじゃないが、いつもの「はい。わかりました」と仕事を引き受ける時と同じトーンで返されて、逆にボールを掴み損ねそうになる。

 しかし、ヨセフはキャッチボールを続けてくれた。


「記憶。早く戻したいんじゃないんですか」

「そうだね。戻ってくれたら、ありがたいかな」

(でも。こんなふうに話し掛けてくるのは、初めてだ)


 無駄話もしないので、仕事以外の話をするのはこれが初めての出来事だ。


「一番に思い出したいことは、あるんですか」

「一番に思い出したいこと……」

「例えば。大事な約束とか」


 ヨセフは無表情でユダを見る。


「大事な約束?」


 コーヒーサーバーに、フィルターから滲んだお湯がコーヒーとなって一滴ずつ落ちていく。


 ヨハネがパソコンに向かっていると呼び出しベルが鳴り、おやつのデリバリーを受け取った。ちょっとだけフライングをして紙袋を開けると、チョコレートとシナモンの甘い香りが鼻腔を抜けた。

 おやつを休憩スペースへ持って行こうとした時、ユダのデスクから紙が落ちてるのを見つけて拾い、デスクに置いた。

 その時にマウスに触れて、真っ黒になっていたパソコンの画面が明るくなった。


「これ……」


 ふと見た画面は、あるホームページが開かれていた。


「『サンクトペテルブルク中央駅爆弾テロ事件』……」


 それは、ペトロも見たマイナーなニュースサイトだった。ユダがこの街に来た経緯を聞いていたヨハネは、何かを察する。


(ユダが、自分の過去を探ってる……?)




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