5話 縁
半分の薄月が、旧集合住宅の屋根に腰掛けている。
食後の缶ビールを傍らに、ユダとペトロは二人きりの時間をまったりと過ごしていた。夕飯でも瓶ビールを一人一本開けているので、すでにほろ酔い気分だ。
「今日は、本当に話を聞くだけになると思ってたけど。なんで気が変わったの?」
「いろいろ共感できたから、今回はちょっと引き受けてみようかなって」
「もしかして、バッヘムさんが言ってた信念のこと?」
「一つの気持ちを守り続けるのって、大事だと思うから」
「それって、自分と重ねた部分もあるの?」
ペトロの「強くなりたい」という自身の願いと似ていると思ったのかと、ユダは尋ねた。
「そうだな。それもあるかも」
「それも、って。他に理由があるの?」
「実はさ。父さんが大学生のころ、バイトで雑誌のモデルをちょっとやってたことを聞いてて。それが、今回オファーくれた雑誌なんだ」
「ペトロのお父さんて、モデルの経験あったの?」
ちょっと驚いたユダだが、初対面を思い返してみると、確かに顔立ちはいい方でスタイルもよく、ファッションセンスもよかった。
「出てたのは、一年もないらしいんだけど。それが、父さんと母さんの馴れ初めだったんだって」
「どういうこと?」
「友達のパーティーで二人が初めて会った時に、父さんを雑誌で見たことがあった母さんが声掛けたのが、付き合うきっかけだったって聞いた」
「そうなんだ。お父さんがモデルのアルバイトをやってなかったら、ペトロも生まれてなかったってことだね」
「だから、縁みたいなものを感じたんだ」
「そっか。紙面にペトロが出たら、お父さん驚くだろうね」
「そうだな……。あと。理由はもう一つある」
「もう一つ?」
ペトロはちょっと照れて、缶ビールに口を付けながら言う。
「ユダが、喜ぶかなって思って」
「私のため?」
「前からオレのこと推してくれてるし、ユダにはいつももらってばかりだから、オレからも何か返したかったんだ」
「そんな……。気を遣わなくていいんだよ」
「気遣いじゃなくて、日頃からのお礼のつもり。それに最近、モデルの仕事にもやりがいみたいなの感じてきてる気がするし。露出増えてさらに注目されるのはやっぱり恥ずかしいけど、ユダの期待に少しくらい応えたいなって」
間接照明の色か、含羞か、ペトロの頬がほのかに染まっている。
そんなことを言ってもらえる日が突然訪れ、気持ちだけでなく行動で表してくれて、ユダは喜びで心が満たされる思いだ。
「その気持ち、すごく嬉しいよ……。あ。でも、一つ心配なことがあるかな」
「心配?」
「ペトロの魅力が、もっとたくさんの人に知られちゃうこと」
「それが、お前の望みじゃなかったのかよ」
「そうだけど……。ちょっとだけ複雑」
「なんで」
「私だけのものじゃなくなっちゃうから」
「意外と独占欲あったのか?」
「ペトロに関してはそうかも」
二人はいつしか、左手と右手の指を絡ませていた。そして無言で見つめ合うと、ユダから一回、二回、おまけの三回目と、小分けに喜びを返した。
「誰かに取られないように、たくさん印を付けておかないと」
「もう十分、印付けられてるけど」
「付けるなら、いつもと違う場所じゃないとね。お尻とか、恥骨のあたりとか、内腿とか。いっそのこと、おc」
「その名詞は言うな!」
「ダメ? 私は付けたいなー。ペトロのお……」
「だから言うな! お前、酔ってるだろ」
ペトロは、正真正銘恥ずかしさで赤面する。ユダも少し酔っているようだが、酔っていてもシラフでもペトロが恥ずかしがることを口にする。それは、愛ゆえだと言っておこう。
今宵も恋人への愛が溢れ出すユダは、腰に手を回す。
「今日はどこに付けようか?」
「訊かれても……」
「私の好きな場所でいい?」
「……好きにすれば」
ペトロも酔っているせいか、とんでもない場所に印を付けられることをちょっとだけ期待してしまった。




