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イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第5章 Verschwinden─裏表─
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14話 異種間交流は苦労が付きもの



 数日後の夜。ダイニングテーブルを囲んで、六人は夕食を食べていた。今晩のメニューは、白身魚のフィッシュパイ、玉ねぎのスープのツヴィールズッペだ。


「アンデレ。ヨハネとの同室は慣れたか?」

「もうバッチリ!」


 隣のペトロから訊かれたアンデレは、サムズアップして自信満々に答えるが、正面に座るヨハネは眉間に皺を寄せて全面的に否定する。


「何がバッチリだ! 毎日毎日、何かしら僕に迷惑を掛けてるじゃないか」

「そうっすか?」


 自覚症状がなくて小首を傾げると、ヨハネの眉間の皺が二本増えて被害を訴え始めた。


「そうっすか? じゃない! 毎日起こすのは僕の役目だし、洗濯物は適当に畳むし、お前がシャワーしたあとは周りの床ビショビショだし、使い終わったコップはシンクに放置するし、観葉植物の隣にフィギュア置くし、泥だらけの靴を床に直置きするし。それを僕が、全部片付けたり掃除したりしてるんだぞ!」


 毎度注意しているのに、アンデレは全然直そうとしない。ヨハネはそろそろ告訴して、「ストレスによる日常生活侵害罪」みたいな罪を言い渡してやりたいところだ。

 しかし被害状況を聞いても、アンデレのだらしなさを周知しているペトロは、今さら呆れもしない。


「さすがアンデレだな。昔から全然変わんない」

「昔からなんだ?」

「実家の部屋も、いい感じに散らかっててさ。おばさんはもう呆れてた」

「直らないから諦めちゃったんだね」

「人間、一つはそういうところはあるからな」


 ヨハネが不満を並べてもアンデレは反省の色がない。寧ろストレートな笑顔で感謝する。


「いつもありがとうございます!」

「感謝する前に、だらしなさを改善しようと努力してくれ」

「努力はしてますよ。でも挫折しちゃうんすよ」

「それは挫折じゃなくて、お前の気持ちがだらけてるだけだ」


 恐らくアンデレは、いろいろと気配りしてくれるヨハネがいることでだいぶ気を抜いているんだろう。そう。母親がいる実家にいるように。


「アンデレ。お前さ、修行してる店でもそんななのか?」


 フィッシュパイを食べながらヤコブが訊いた。


「そんなわけないじゃん。めっちゃ真面目にスイーツ作ってるよ!」

「その真面目さを、僕との同室生活にも取り入れてくれ」

「でもヨハネさん、掃除だけは褒めてくれますよね」

「それだけはちゃんとやってくれるから」

「なんで掃除だけなの?」

「掃除すれば汚れ全部リセットされるし、そしたらまた汚すのも散らかすのもおれの勝手じゃん?」

「同室だから、そこはアンデレくんの勝手にしていいとはならないんじゃないかな」


 アンデレの持論に、自分勝手という悪の虫は棲んでいない。いるとしたら、純真無垢な妖精だ。


「スイーツはめちゃくちゃ美味いのに私生活がだらしないって、もったいねぇっつーかなんつーか……」

「だって。不味いものなんて作ったら、おれ自身が納得いかないもん」


 アンデレがそう言うと、シモンがあるアイデアを提案した。


「じゃあさ。スイーツを、ヨハネに置き換えて考えれば?」

「ヨハネさんをスイーツに?」

「材料の配合間違えると、不味くなるでしょ。二度寝とか片付けはそれと同じことでさ、アンデレがちゃんと気を付ければヨハネも怒らなくなって、円満になるんじゃない?」


 と、アンデレが好きで得意なスイーツ作りに例えた。


「行動の一つ一つを、スイーツの材料に置き換える……」

「バンデのヨハネは、アンデレが好きなスイーツと同じなんだよ。そうやって考えると、ちゃんとしなきゃって思えそうじゃない?」

「……うん。シモンの言ってること、わかる」


 シモンの比喩説明で、アンデレも理解できたようだ。


「それじゃあ明日からは、もう少しちゃんとしてくれるか。全部一気にとは言わないから、一つ一つ少しずつでいいから改善してくれると、僕のストレスも減る」

「わかりました。おれは、ヨハネさんを世界一おいしいスイーツにします!」

「それじゃ意味わかんないから」


 とりあえずアンデレは理解した……はずだ。そう信じて、習慣改善に取り組んでくれることを期待するしかない。

 けれどヨハネは、明日からもストレスが続く覚悟は取り除けなかった。


「やっぱり、もう少し真面目なバンデがよかった……」

「未知との遭遇は、可能性との出会いだよ。ヨハネ」

「それっぽいこと言って、励ましてくれてありがと。シモン」

「未知との遭遇といえば。ボランティアのヨセフはどうなんだよ?」


 先日、事務所のボランティアとして採用したヨセフの仕事ぶりはどうかと、ヤコブが尋ねた。


「事務仕事は初めてらしいけど、少しずつ覚えてくれてるよ。あんまり感情の変化はないけど、真面目な人柄だよ」

「わからないことは、ちゃんと訊いてくれるし。仕事上は問題もないですよね」

「うん。ただ、すごく不思議な雰囲気をまとってるなー、とは思うかな」

「ボクもそれは感じたよ。独特な感じ? 浮き世離れしてるような」

「おれは、不思議な雰囲気が宇宙人みたいだと思った! 宇宙人に会ったことないけど!」

「悪く言うつもりはないけど、あんまり愛想がないよな。悪いやつじゃなさそうだけど」


 ヤコブたちも一度は顔を合わせているが、第一印象はよくもなく悪くもない。会話も挨拶程度で、多少近寄りがたい印象も受けている。

 その中でペトロだけは、少し首を傾げたくなる初対面を果たしていた。 

 

「オレは、初対面でなぜかガン見された」

「ガン見?」

「普通に挨拶したのに、めちゃくちゃ見られたんだよ」

「そういえば、そうだったよね。ガン見というか、目を見張っていたように見えたかな」


 そのヨセフのリアクションには、その場にいたユダとヨハネも少し不思議に思い「どうかしたのか」と尋ねてみたが、無表情に戻った顔で「何でもないです」と返されただけだった。


「どうも掴みどころがないんだよなぁ……」

「雇ったはいいけど、扱いに困ってんの?」

「そういうわけじゃないよ。なかなか人となりが見えてこないんだ」


 雇うと決めたユダとヨハネも、どうしたら距離を縮められるかと、悩んでいるようだ。

 

「それじゃあ。夕食誘ってみたら?」

「そうだな。オレたちも世話になることになるんだし」

「そうだね。誘ってみるよ」


 そんなアドバイスをもらい、食事の場に誘うことも満場一致で了承を得た。




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