13話 不思議な青年
ひとまず入ってもらい、ユダとヨハネは応接スペースで話を聞くことにした。
対面で座って改めて見ると、瞳は赤と水色のオッドアイで、なんとも不思議な雰囲気のある青年だ。
「不躾に、突然押し掛けてすみません」
「雇ってほしいということみたいだけど……」
「少し言葉を間違えました。ボランティアで構わないので、こちらで働かせてほしいのです」
「働かせてほしいと言われても……」
困った二人は、またもや顔を合わせる。無表情の彼は、冗談で言っているようでもない。
「確認したいんだけど。私たちのことを知っていて?」
「もちろんです」
「じゃあ。ボランティアをしたいのは……」
「事務所の方の手伝いです」
そう聞いて二人はホッとする。ボランティアをしたいのが使徒の方だと言うなら、動機を聞く前に帰ってもらわなければならなくなるところだった。
「一応、履歴書を持って来ました」
青年はボディーバッグから履歴書を出し、渡した。
「……ヨセフ・ヴェヒター、くん」
履歴書には、名前、住所、学歴、職務履歴などが書かれている。現在は、学校に行っているわけでも職人の資格取得中でもなく、無職のようだ。
「どうして、うちの事務所を手伝いたいと思ったの?」
「それは……」
ユダに尋ねられたヨセフは、少し考えるように間を空けた。
「……みなさんは本来は使徒で、悪魔を祓うのが仕事ですよね。それなのに別の仕事を受けて、二足のわらじは大変ではないかと思いました。この先、事務所の運営もままならなくなることもなくはないだろうと案じ、自分が手伝うことで少しでも戦いの方に集中してもらえればと思い、ボランティアをしたいと考えました」
「そんなことを考えてくれたんだね」
ユダは、働きたいと希望した理由を嬉しく思う。しかし、残念なお知らせがヨハネから伝えられる。
「でも、申し訳ないですが。今のところ、ボランティアを含めた雇用は考えてないんです」
「そうなんですか?」
「二足のわらじで、平日でもやむを得ず事務所を空けなければならないことはあります。ですが、本業の特質を考慮すると、仲間以外を迎え入れるのは適切ではないと考えています」
「それは……危険に巻き込む懸念、でしょうか」
「そうです。なので、気持ちは大変ありがたいんですが、こちらとしては……」
ヨハネが完全に断ろうとした時、ユダは言った。
「ヨハネくん。一度検討してみない?」
「えっ。ユダは雇いたいんですか?」
事務所を立ち上げた際に二人で決めたことなのにと、ヨハネは予想外の一言に戸惑った。だが、ユダの翻意にも理由がある。
「事務所の人手は、あると助かると思わない? ペトロやヤコブくんやアンデレくんは、普段はアルバイトや学校で、戦闘とタイミングが合わないことがある。ペトロはうまくいけばすぐに駆け付けられるけど、ヤコブくんやアンデレくんは抜けるのも大変だ。シモンくんも、学業を優先してほしいし」
「ユダが言ってることは、わかりますけど……」
「それに。専属モデルが決まったペトロの付き添いも、できればしたいし」
この前の痴話ゲンカで「もうお前は現場に付いて来るな!」とペトロから怒られたユダだが、結局うやむやとなり、翌日のスタジオ撮影にも付き添った。
「えっ。ずっと付き添い続けるつもりなんですか?」
「うん。そのつもりだったけど」
このまま社長業を片手間に、ペトロのマネージャーを専業にするつもり満々の笑みだ。
「慣れたら、ペトロ一人で現場に行かせればいいじゃないですか」
「一人はちょっと心配じゃない? 現場で何があるかわからないし、側に私がいた方がペトロも安心するだろうし」
「危険なことをするんじゃないんですから、大丈夫ですよ」
「それに。かっこいいペトロの記録も付けたいし」
「それが本音なんじゃないですか」
やっぱりそういうことかと呆れるヨハネ。
「ペトロのことになるとゆるゆるになるの、どうにかできませんか。もう少し社長らしくしてくださいよ」
「してるつもりだよ」
「いや。社長がマネージャーやるとか、聞いたことないですからね」
「でも、うちは小さい事務所だから。ヨハネくんが事務をやってくれる代わりに、私がマネージャーを引き受けなきゃ」
「ユダは、ペトロの時しかマネージャーやってないじゃないですか」
そう言われたユダは、ヤコブやシモンの現場に付き添っていなかったかと過去を振り返った。
「そうだね」
「笑顔で誤魔化さないでください」
全部ヨハネ任せだった。ヨハネが自分から付き添うと言った、という理由もあるが。
「ユダはもっと、社長という意識をちゃんと持ってください。ということで、ペトロの雑誌撮影の付き添いは今後しないということで」
「せめて今年いっぱいまで……」
「ダメです」
恋人である所属モデルをこれ以上依怙贔屓させまいと、ユダに弱いヨハネもさすがに厳しくした。ちょっとだけ、私情も挟んでいるかもしれないが。
ユダは、そこをなんとかと交渉を続けようとしたが、「あの……」放ったらかしにしていたヨセフに二人は気付き、みっともないところを少しでも誤魔化そうと咳払いした。
「失礼しました……」
「自分は、雇ってもらえるんでしょうか」
放っておかれたことに腹を立てている様子もなく、事務所で働けるのかということにしか興味がないようにヨセフは尋ねた。
ユダは、改めてヨハネと相談する。
「戦闘の時はできるだけ駆け付けてはいるけど、事務所を空けられないという理由で、他の四人に任せてしまうのは違うと思うし。役目を満足に果たせないのは、私もヨハネくんも不本意じゃないかな。ここ数ヶ月の状況を鑑みても、環境を変える必要があると思うんだけど。どうだろう」
その意見を聞いたヨハネは、今一度考え直す。
「そうですね……。アンデレが加わったと言っても、みんな二足のわらじなのは変わらないですし。僕も、誰かに事務所を任せられれば多少は気が楽です」
「それじゃあ。私に同意するってことで、構わない?」
「はい」
ヨハネの同意を聞いたユダは首肯する。
「そういうことで。ぜひ、うちでボランティアで働いてください」
「ありがとうございます」
ヨセフは一切感動や喜びを表さずに、浅く頭を下げた。