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イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第5章 Verschwinden─裏表─
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12話 突然の来訪者は



「ヤバイ、ヤバイ、ヤバイ! 遅刻、遅刻、遅刻!」


 今日も朝からヨハネの部屋は騒がしい。学校に遅刻しそうなアンデレは、朝食を食べる時間もなく、ドタバタと右往左往して支度をしている。


「テキスト、OK! スマホ、OK! 靴下……揃ってないけどOK! ヨハネさん、学校行ってきます!」

「ちょっと待て」


 ヨハネが、小さめの手提げバッグを手にキッチンから出て来た。


「なんすか?」

「サンドイッチ。また授業中お腹空いちゃうだろ。これ、食べながら行けよ」

「ありがとうございます!」

「昼食のぶんもあるから。一気に全部食べるなよ」

「ありがとうございます! 行ってきます!」


 ヨハネの気配りに感謝して、アンデレは部屋を出た。ところが、一瞬で戻って来てドアから顔だけ出し、満面の笑顔で言う。


「優しいヨハネさん、大好きっす!」

「早く行け!」


 アンデレはバタンッと勢いよくドアを閉め、バタバタと靴音を立てて今度こそ出発した。

 無事に見送ったヨハネは、溜め息をつく。


「もう何回目だよ……」

(遅刻しそうになるたびにバタバタして。頼まれて起こしてやってるのに、二度寝するし)


 揉めた引っ越しもお互いに譲歩して、初日からうまくやっていけるか不安になったが、同室生活を潤滑にするためにも、多少の文句は飲み込んでいる。

 だが、アンデレは次の日から連日寝坊をしまくり始めた。アラームをセットしているのに決まって二度寝し、「明日はちゃんと起きます!」と宣言して就寝するが、その約束はほとんど果たされていない。

 もう既にうんざりしているが放っておくことができず、ヨハネの日課はジョギングと観葉植物への水やりに加え、アンデレを叩き起こすことの三つとなった。

 シャツに着替えたヨハネは、事務所に降りた。


「アンデレくんは、無事に登校できたみたいだね」


 先に事務所に来ていたユダは、アンデレが慌てて走って行く姿を窓から見ていたようだ。


「二度寝するたびにあれなので、困りますよ」


 ヨハネは、ユダの前でもうんざり顔をする。


「ヨハネくんが、起こしてあげてるんだよね?」

「起こしてますよ。毎日、何度も。でもペトロ曰く、二度寝に突入すると三十分は起きないそうです」

「さすがに、そんなに付き合っていられないね」


 優しいユダがヨハネの立場だったとしても、毎日繰り返される寝坊にはさすがに寛容にはなれない。


「僕は母親じゃないんだし。成人なんですから、もう少ししっかりしてほしいですよ」

「でも、言ってることが母親みたいだよ」

「やめてください」


「あはは」ユダは一笑しながら給湯室へ消えた。

 日々溜まる気苦労に、ヨハネはまた溜め息をついた。


(本当に世話の焼ける……。もしも同室がユダだったら、こんなに面倒なことないのに。寧ろ、爽やかに起こしてくれて……)


 と、ユダとベッドの中で迎える朝を想像しかけたヨハネは、ハッとして頭をぶんぶん振り、幻想の世界へ行こうとした自分を呼び戻した。


(僕はもう、そんなことは望まないって決めたじゃないか! まだ次へは進めないけど、もうユダのことはそういう目で見るのはやめないと)


 やがてコーヒーの香りが漂ってきて、ユダは二つのコーヒーカップを持って来てくれた。


「それじゃあ。本日の業務を始めようか」


 ユダとヨハネは、今日もいつも通りに業務を始めた。

 各自への仕事関係のメールチェックをしていると、三人それぞれに、契約企業から季節の変わり目の広告オファーが来ていた。

 シモンには、チョコレート専門店からクリスマス時期限定フレーバーの宣伝広告。ヤコブには、新作アウトドアグッズの広告。ペトロには、最初にお世話になったフィッシャーから、炭酸水の新しい広告制作のオファーが来ている。受けるかは各自に確認してから返信するが、断ることはないだろう。

 時刻は十時過ぎ。そろそろ、路面店や施設が次々営業を始める時間で、街も本格的に動き始める。

 しかし、事務所があるのは裏通りの奥まった場所なので、比較的静かな環境だ。通行人も多くなく、時々車やバイクが通るくらいなので、騒音もほとんど気にならない。人々に事務所の場所も知られてはいるが、覗きに来る人もいないので、安心して業務に勤しめる。

 二人はお昼になると、寿司などが楽しめる近くのアジア料理店に行った。この店を始め、彼らが飲食店を利用すると、気付かない程度にこっそりサービスされていることもたまにある。


 午後の業務を始めてしばらくすると、事務所の呼び出しベルが鳴った。ユダとヨハネは顔を合わせる。


「今日は、来客の予定はないよね」

「郵便でしょうか」


 ヨハネは椅子から立ち上がり、事務所のドアを開けた。


「はい」

「こんにちは」


 ドアの前にいたのは、見知らぬ青年だった。見た目はヨハネと同い年くらいだが、背格好は少し低く細めで、色白で白い髪のおかっぱ頭だ。


「ご用件は何でしょうか?」

「自分を、ここで雇ってもらえないでしょうか」

「え?」


 何の面識もないのに、無表情で突拍子もなく言われたヨハネは、またユダと顔を合わせた。




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