10話 視線
「ささ。ペトロちゃんはお着替えして」
「だから、“ちゃん”はやめてくださいって」
「かわいいんだから、ペトロちゃんでいいじゃない。甘そうで食べたくなっちゃう♡」
「うちの大事なペトロに、手を出さないでくださいね」
笑顔で牽制するユダのメガネが、キラリと光った。
「ヤダ。怖い笑顔で言わないでよ、ユダくん〜。冗談よ〜。むしろ、アナタの方がタイプだから♡」
盛り盛りつけまつ毛でウインクされても、笑顔を崩さず全く動じないユダ。
ペトロはワゴン車の中で着替え、今度はピーコートにニットとコーデュロイパンツのスタイルで撮影を再開した。
順調に進む撮影を見守るユダは、ペトロから預かっているネックレスをポケットから出した。
(このネックレス、やっぱり気になる。私の記憶喪失と、関係があるんだろうか……。だけど、記憶喪失になる前からペトロが持っていたんだから、私とこのネックレスに接点があるとは考え難い。でも、何なんだろう。この不思議な感覚は……)
「やっぱり何か……。 !?」
その時、また視線を感じて振り向いた。しかし、通行人がいるだけで怪しい人物は見当たらない。
(気のせい、か……?)
一同は次の撮影場所、シュプレー川沿いの遊歩道に移動して来た。赤レンガ造りの橋脚や公園の緑を眺められ、景観がいい場所だ。
ペトロは本日三着目の衣装に着替え中だったが、悪魔出現の気配を感じた。
(仕事中なのに!)
すると、外にいたユダがドアを開けて言った。
「ペトロ。私が行って来るから、きみは撮影してて」
「オレも行くよ」
「大事な撮影初日に、迷惑は掛けられないよ。だからこっちは任せて」
「わかった。頼む」
ユダはスタッフに事情を話して一時的に現場を離れることを伝え、橋を渡って南下した。
ヤコブとヨハネも駆け付け、ブライダル専門店前に倒れている女性にヨハネが潜入した。
出現した悪魔には、ユダとヤコブが連携して攻撃を仕掛ける。
「天の罰雷!」
「闇世への帰標!」
「∅ア≯@ッ!」
悪魔は、建ち並ぶ集合住宅の外壁を滑るように移動する。だが速度はそれ程速くはないので、捉えるのは容易い。
祓うまで時間は掛からないだろう。そんな小さな油断もあってか、ユダは集中力を欠いて周りを気にしていた。
「気を付けろ、ユダ!」
ヤコブの声で振り向くと、外壁を逃げていた悪魔が気付けば地面を這い、ユダに向かって飛び込んで来た。
「祝福の光雨!」
「御使いの抱擁!」
「ギγ∀σμッ!」
ヤコブのフォローの攻撃で悪魔は怯み、その一瞬を見逃さずにユダも光の爆発をお見舞いした。
倒れた悪魔は、十字の楔で拘束された。
「どうした、ユダ。集中力欠けてるぞ」
「今日は、なんだか視線を感じるんだよ」
「お。とうとうお前にもファンが付いたんじゃね?」
ヤコブは冗談半分で言ったが、感じる視線が気になって仕方がないユダは、冗談で返すどころか微笑もしない。
「まさか。それに、そんな感じの視線じゃないんだよ」
「恨みがこもってるとか?」
「そしたら死徒の可能性もあり得るけど、そういうのでもないんだよなぁ……」
負の感情がこもっていたり、その逆の熱い視線でもない。ただ凝視をされているような、そんな感覚だった。
「戻りました! 祓魔してください!」
ヨハネが潜入から戻って来て、ユダとヤコブで悪魔が祓魔され、戦闘は終わった。
撮影現場に戻ると、ペトロは四着目の衣装に着替えて撮っていた。
レンガの壁を背にしたり、川と緑を背景に散歩をしている風に撮ったり、柵に寄り掛かって読書をしている風になど、シチュエーションを変えながら撮影は進んだ。
戦闘から戻って来てからも、ユダは誰かからの視線を感じた。おかげで仕事に集中できず、ペトロへの気配りも抜けてしまった。