44話 ボッチ卒業
ユダは昼休憩にしようと、デリバリーを受け取って二階のリビングルームに上がて来た。そしたら、ちょうどペトロがいた。
「あれ、ユダ。仕事中に上がって来るなんて、珍しいな」
「一人だし、こっちでお昼食べようと思って」
「そっか。ヨハネは、シモンと打ち合わせに行ったしな。オレ、ちょうど食べ終わっちゃった」
室内に、ほんのりスパイスの香りが残っている。
ペトロはユダにアイスコーヒーを淹れてあげ、ユダはタコスをテーブルに出した。
「そうだ。ペトロに、ヨハネくんからの伝言」
「ヨハネから?」
隣に座ったペトロに、ヨハネから聞いた思いをユダは話した。ペトロは嫌な顔を一つもせず、耳を傾けた。
「……そっか。ヨハネ、そう言ってたんだ」
「ヨハネくんもまだ、整理するための猶予が必要なんだ。それなら私も、力なれたらって」
「オレの気持ちも考えずに?」
「ペトロは、そんな酷い子じゃないでしょ?」
「そうだけど。まぁ。ユダもそう言うと思ってたし」
ユダのことだから、ヨハネを気遣うのは今回の件が落ち着くまで、なんて薄情なことはしないだろうとは思っていた。ヨハネの気持ちを肯定するのは彼らしいと、若干お人好しにも捉えられる選択をペトロは許した。
「まぁ。三角関係がデッドヒートにならないなら、安心だよ」
万が一に気を揉んだが、結局揉み損だったし、ちゃんと愛も確かめられたし、ひとまずペトロ的には安寧は取り戻せたので大変喜ばしいことである。
ペトロは、デザートのドーナツを頬張った。口の端に、粉砂糖とはみ出したクリームが付いた。
「いただきます」
ユダは昼食のタコスを食べるのかと思いきや、ペトロの口に付いたクリームを指で取って舐めた。
「すごく甘いね」
「だって最近、甘いの足りなかったから」
ペトロは口の周りをペロリと舐めた。
「まだ足りない? なら、もっとあげるよ」
ユダは白い頬に触れ、親指で淡い赤色の唇を撫でる。
「じゃあ。ちょっとちょうだい」
他に誰もいないのをいいことに、二人はちょっとだけイチャつこうとした。だが。
バァンッ!
「ペトロいるかぁーっ!?」
勢いよくドアを開けて、アンデレが突入して来た。
「アンデレ……」
昼間イチャイチャをしようとしてたのに空気を読んでくれ……と心底思い、がっかりするユダとペトロ。
「いたペトロ! 聞いてくれよ! なんか出たんだ!」
「出たって何が。幽霊?」
何やら切羽詰まらせて大騒ぎする親友を、ペトロは冷たくあしらう。
「違うよ! これ! これ見て!」
アンデレは、露出した左腕の裏側を見せた。見ると、前腕の裏に何か薄っすら浮き出ている。
「気付いたらこうなっててさ! 戦いの時に怪我でもしたのかと思ったけど、そんなに痛い思いしてないしさ! 学校の友達や職場の人にも見てもらったんだけど、何も見えないって言われて! これ、おれにしか見えてないの? もしかして悪魔の呪とか!? どうしよう! おれ呪い殺される!?」
先日の戦闘で悪魔の呪を受けたんだと思い込んで、アンデレは軽くパニクっている。しかし、その呪詛の正体をユダとペトロは知っている。
「落ち着け。呪とかじゃないから安心しろ」
「ほ、ほんとか? おれ、死なない?」
「大丈夫だよ、アンデレくん。とりあえず、シモンくんが帰って来るの待とうか」
その数時間後。ヨハネとともにシモンが帰宅した。ヤコブも直後に帰宅して、全員でそれを確認する。
「シモンくん。やっぱりそう?」
「うん。ヘブライ語で『ג'ון』。つまり、ヨハネの名前だね」
「名前……。あっ。バンデの?」
やはり、アンデレの左腕に浮かび上がったのは呪詛ではなく、ヨハネの名前だった。
だとすると。
「てことはだ。ヨハネ。お前にも現れてんだろ」
「さ、さあ? どーだったかなー?」
ヨハネはわざと明後日の方向を見て、誤魔化そうとする。
「惚けるの無駄だよ、ヨハネ」
「見せてみろ!」
「ちょっ!」
ヤコブはヨハネの右腕を掴み、無理やり前腕裏を表にする。
「シモン、鑑定だ!」
バンデの名前鑑定人シモン出動。すぐに鑑定結果が出る。
「……やっぱり『אנדר』ってある。アンデレの名前だよ」
「じゃあ。ヨハネくんとアンデレくんは、バンデになったってことだね」
「おれとヨハネさんが、バンデ……」
しみじみと言っているように聞こえるが、アンデレはその概要を大体しかわかっていない。
「おめでとう、ヨハネ。やっと見つかったな!」
「くっ……」
ヤコブは肩を組んで祝福するが、ヨハネの表情はなぜか晴れない。
「なんで、そんな悔しそうな顔なんだよ。つーか、お前。前例知ってんだから、先に気付いてたんじゃねぇの?」
「だって……。なんか、腑に落ちない」
「腑に落ちないも何も……」
「これで、ぼっち卒業だよ? 喜ぶところだよ、ここは」
「できれば相手を選びたかった」
叶わない夢をまだ見ていたわけではないが、相手に不満があるようだ。
「お前、この期に及んで我儘言うのか」
「オレは絶対同情なんかしないぞ。もう貸し出しもしないからな!」
ヨハネのユダへの未練がなくなったわけでもないので、油断大敵だとペトロは憚った。
「図書館の本みたいに言わないでよ、ペトロ」
バンデの概要を大体しかわかっていないアンデレだが、ヨハネからアンウエルカムな空気を感じ取る。
「ヨハネさん。おれとバンデは嫌なんすか?」
「あ。いや。そういうことじゃなくて」
切なそうに顔を覗いてきたので、ヨハネはちょっと慌てた。
「おれまだ新米だし、頼りないし、支えるには心許ないかもしれませんけど、絶対に全力で頑張ります! だから、おれとバンデになって下さい!」
アンデレは右手を真っ直ぐヨハネに差し出した。気持ちと力が入って手が「パー」になっている。
(プロポーズみたい)
(プロポーズみたいだな)
心の中で思うだけで敢えて口にしないシモンとヤコブ。
「よろしくお願いします!」
あまりにも必死なので、そんなに自分を受け入れようとしてくれているのかと、ヨハネは有り難かった。
棺の中で導かれた木漏れ日も、うなされるヨハネを癒やしてくれていたのも、アンデレだった。
空気を読むのは苦手だけど、時々騒がしいけど、その太陽のような明かるさがあれば、これからを迷わない気がした。
「……嫌じゃないよ。バンデとしてよろしく」
ヨハネはアンデレの手を取った。その瞬間、ヤコブたちから自然と拍手が贈られた。
「お願いしますっ!」
アンデレは目を輝かせた。ヨハネには、大型犬が尻尾を振っているように見えた。
(というか……。気持ちを整理しなきゃならないのに、騒がしいアンデレにも煩わされるのか……)
ぼっちに絶望していた最中にバンデが見つかったのは嬉しいが、複雑な心境とちょっと憂鬱なヨハネだった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
次のエピソードに恒例(?)のおまけショートストーリーをご用意してます。
バンデになったばかりのヨハネとアンデレのお話です。
お楽しみください(*´∀`)




