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イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第4章 zum nächsten─見つけたもの─

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42話 太陽に気付くとき



「レオのことは、今でも好きだよ。でもやっぱり、いつまでも縋ってるわけにはいかないんだ。縋ることがレオへの思いの証だし、そうすることで、間違えた後悔を伝えようとしてたんだと思う。一緒に逝けば、全部元通りになるかもしれない。だけど、今の僕は中途半端なんだ。このまま一緒に逝っても、またレオを傷付けることになっちゃう。それは絶対嫌なんだ」

「行かないのか」


 レオは瞋恚の目をしながら、切なげに尋ねた。罪を重ねてしまう自分に疑問を持つヨハネも、別れが惜しかった。


「また裏切ってごめん。本当に僕は、レオを傷付けてばかりだね……。でも。次に会うことがあったら、その時は、僕たちの気持ちがまた一つになる時かもね」


 ヨハネは三度の再会を示唆し、自分を掴んでいた冷たい手を離すと、レオは消えていった。

 しかし。その腕に今度は、マティアの鞭〈狂炎羨絞ナイト・カタストローフェ〉が絡み付く。


「貴方も大愚な人間ね。呆れて物も言えないわ」

「人間て、そういうものなんだよ」

「そうね。呆れるのは今更だったわ!」


 マティアは、鞭の片方に提げている棘の鉄球モーニングスターをヨハネの頭部を狙って投げた。

 ヨハネは身を低くして鉄球を避け、具現化させた〈苛念(ゲクイエルト)〉を左手で持ち、右手に絡み付く鞭を断ち切る。そして槍を一振りし、足元に溜まっていたヘドロを一気に散らした。


「だからって、貴方を見逃して放置なんかしないわよ!」


 マティアは棘の鉄球を振り回し、何度もヨハネを狙う。ヨハネは、広い空間を右に左に後ろに飛び退き回避し、避け切れない場合は槍で弾いた。


「くっ……!」


 お見舞いされるミドル級ボクサー並のストレートパンチを、どうにか上手く力の加減で受け流す。


冀う縁の残心(エントゥウィクレン)……」


 ヨハネは槍に力を込め、一撃を放とうと構えた。しかし。


「余所見は駄目よ!?」


 マティアしか見ていなかったヨハネの死角から鞭が現れ、足に絡み身体を倒されると、〈苛念(ゲクイエルト)〉が奪われてしまう。


「しまっ……!」


 棺から脱出するための手段の〈苛念(ゲクイエルト)〉を奪われ、最大の武器を失ったヨハネに焦りの色が滲む。


「さあ、どうするの? 使徒の力でも使ってみる? 果たして、()の棺の中で通用するかしら」


 もう勝利は見えたマティアは、して会心の笑みを浮かべる。ところがヨハネは、その笑みはフライングだとわかっていた。


「……それには及ばないよ」

「戻る事は矢張(やっぱ)り諦めて、彼と逝く事にしたの?」

「いや。僕の気持ちは変わらない!」


 ヨハネは、一気にマティアとの距離を詰める。


「〈苛念(ゲクイエルト)〉!」


 そしてその手に、再び〈苛念(ゲクイエルト)〉を掴んだ。


「何で!?」


 気が付かないうちに奪った武器が鞭から消えていることに、マティアは一驚する。

 使徒のハーツヴンデは、持ち主の手から離れると持ち主の意思で消すことができ、再び自分の手に出現させることができる。死徒はそれを知らなかった。


「はあっ!」


 マティアの懐に飛び込んだヨハネは、槍を振り上げる。「っ!」マティアは上半身を後ろに弓なりに逸らし、バック転で距離を取る。


冀う縁の残心(エントゥウィクレン)皓々拓く(ゼルプスト)!」


 ヨハネは回避の猶予を与えず、稲妻を帯びた光線を放つ。マティアは横に飛び退き、的を外した光線は真っ直ぐに飛んで行く。

 だが光線は、別の的を狙っていた。イレギュラーに現れた光に当たると、そこからピキピキッとヒビが入った。


「嘘っ! そんなことあるの!?」


 マティアの驚愕の表情には一瞥もくれず、ヨハネはもう一発、今度は更に力を込めて同じ場所に放った。


冀う縁の残心(エントゥウィクレン)皓々拓く(ゼルプスト)っ!」


 威力を上げた光線は同じ場所に当たり、黒い空間に入った亀裂が四方に広がる。ヨハネを呼んだ木漏れ日だった光は輝き、帰り道を作った。


「こんな筈じゃ……!」


 舌打ちをしたマティアは、一足先に棺の中から姿を消した。

 空間が崩壊する中、ヨハネは光に手を差し伸べた。すると光は、太陽のように眩しく輝いた。




 棺から解放されたヨハネは、咳き込みながら倒れた。


「ヨハネさんっ!」


 それを支えたのは、アンデレだった。目を開けてすぐに飛び込んできたアンデレの顔は、心の底から安堵した表情だった。


「よかった! ヨハネさん戻って来た! おれ、外からずっと精神治癒やってたんすよ! へばりそうだったけど、絶対効いてるって信じて頑張ったんですよ!」

(それじゃあ。もしかして、あの光は……)

「よかった。本当に。ヨハネさんを助けられてよかった!」


 アンデレは感無量になって、ちょっと涙目になっている。


「なんで泣きそうになってるんだよ」

「嬉しいんすよー!」


 どんな場面でも騒がしいやつだな。そんなことを思いながら、ヨハネは微笑した。


「ありがとう。アンデレ」


 一方。影を通じて外に戻って来たマティアは、使徒に袋叩きにされボロボロになっているアミーに、顔面蒼白する。


「えっ……。一寸(ちょっと)、アミーちゃん! 何で使徒に囲まれちゃってるの!?」

「やって仕舞(しま)ったよ。お嬢に、こんな醜態を晒すなんて」

「信じらんない! アタシのアミーちゃんを、痛め付けてくれちゃって!」

「自分のゴエティアばかりが気になる?」


 激憤するマティアの首に、鈍く光るユダの大鎌の刃が背後から掛けられる。


「自分自身のことも、少しは心配した方がいいよ」

「あら。余裕ね。形勢逆転からの一勝を、確信してるのかしら」


 自分の首が狙われているというのに、マティアは全く焦る様子がない。


「欲を言えば、完全な一勝だけど。お前とアミーのどちらかが消えてくれれば、ひとまずそれでいいかな」

「勝負は中途半端ですもんね。でも。残念ながら、今回もお預けになるんじゃない? ねえ。マタイ」


 そう言うと、足元の影の中から使徒の前にマタイが姿を現した。


「そうだ。こいつもいること、すっかり忘れてた!」

「戦ってる最中、全然気配感じなかったからな」


 自分の目の前にマタイが現れユダは身構えるが、マティアに掛けている大鎌は外さない。


「勝負が決まりそうな場面で、統括のお出ましか。いいところで、全部かっさらうつもりかな」

「いや。俺の一先(ひとま)ずの目的は完了した。もう使徒には興味はない」

「興味はないなんて、寂しいこと言わないでよ。きみとはまだ、付き合いも浅いのに」

「心配するな。使()()()()()()()()()と言っただけだ。俺の興味は、一つに絞られた」


 マタイは、マティアの首に掛けられる〈悔責(バイヒテ)〉の刃に触れ、闇を抱く暗紅色の双眸でユダを直視する。


()()()()()、探していた『蝶』だな?」

「……っ!?」


悔責(バイヒテ)〉に触れられたユダは妙な感覚を感じ、マティアの首に掛けていた刃とともにすぐさまマタイから離れた。

 ユダはマタイを警戒する。しかし、形勢逆転に成功して調子がいいヤコブは、彼の気も知らずにマタイにケンカを売り始める。


「おいおい! 俺らに興味がないとか、ふざけてんのか。どうせ一瞬で終わるとか、ナメたこと思ってんだろ」

「思ってるさ」


 刹那。マティアのテリトリーで真っ黒だった周囲が、空も含めて赤く塗り替えられた。まるで、街が血に染まったように。


「……っ!?」


 マタイのテリトリーに変わった瞬間から、使徒は彼が放つオーラに感じたことのない恐怖で身体が強張り、怖気立つ。

 マタイは手を前に出し、親指と人差し指を立たせ、使徒一人一人を潰していくふりをする。


「お前も。お前も。お前も。お前も。そして、お前も。やがて消える運命だ。此の世界と共にな」

「世界とともに、って……」

「オレたちを倒すだけが、お前たちの目的じゃないのか!?」

「そんな詰まらん遊戯のために。ゴエティアと契約するものか」

「じゃあ。死徒の狙いは何なんだ!?」

「『ホーローカウスト』」

「!?」


 飄々としたマタイの口からその単語を聞いた途端、一同は血の気を引かせた。


「そう怯えなくても良い。計画はまだ準備段階だ。だが。死徒がこの世の全ての人間への報復を企てている事は、覚えけおけ」


「死を覚悟しろ」。そう言い含めたマタイは、黒い霧になり使徒たちの前から消えた。


吃驚(びっくり)したでしょ? そう言う事だから、此れからも仲良くしましょうね。また遊びましょ。可愛子ちゃん達」


 マティアも傷だらけのアミーを回収し、ウインクを贈って消え去った。

 真っ赤なテリトリーが解除されると、街はいつも通りの色と夏の日差しを取り戻した。

 しかし使徒は、氷水を浴びせられたような空気に掴まれていた。




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