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イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第4章 zum nächsten─見つけたもの─

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37話 搔き乱す



 ヤコブの目にも、取り囲む悪魔たちが全て仲間に見えていた。


 ───お前が使徒なんて、ありえない───

 ───人でなしが正義の味方を名乗ってんな!───

 ───面汚しといたら、こっちまで勘違いされる───

 ───使徒なんて辞めたら?───

 ───とっとと辞めろよ、エセヒーロー!───


「これは偽者だ……。いや。本物なのか……?」


 シモンも、正常な判別ができなくなる。


 ───ガキのくせにイキってんなよ───

 ───邪魔。目障りなんだよ───

 ───悲劇に遭って、健気を売りにしてんの?───

 ───出しゃばられるから、面倒くさい───

 ───もっと身の丈を考えろよ───


「違うって思ってたけど、それがみんなの本音なの?」


 そしてユダも、同様の状況に陥った。


 ───記憶喪失ってさ、本当は嘘ついてんじゃねぇの───

 ───いい人ヅラしてるけど、本性は善人の皮を被ってんじゃないの?───

 ───本当の顔がわからないのに、信用なんてできない───

 ───本当は、敵のスパイなんじゃないか?───

 ───お前、本当は何者?───


(何者、って……)

「そんなの。私が教えてほしいよ」


 四人は術中に嵌るが、ユダの指示通り防御を続けるアンデレには幻聴しか聞こえていなかった。


 ───煩いし、ウザいし、厚かましい───

 ───なんで空気読めないの───

 ───周りから嫌われてるの、わかんねぇの?───

 ───めでたいバカだな───

 ───そのまま世界で孤立しろよ───


「防御してても響いてくる。胸にグサグサ刺さるよー」

(でも。こんなことたくさん言われてきたから堪えられる。なんとしてでも、防御は維持しないと!)


 普通の防御だったら、ここまで防げたかはわからない。どうやらアンデレの防壁は、特化型だけの特別仕様のようだ。

 一人だけ術が掛からないのはアミーも計算外だったようだが、大してうろたえもしない。


「ちゃんと効いてそうなのは、四人か。まぁ良い。吾輩の手に掛かれば、残りの一人も一瞬だ。()ずは、術中の四人を片付けよう」


 アミーが杖を軽く振ると、生首が少しだけ口を開けで微量の超音波を発し始めた。同時に、動揺を隠せないユダたちを、取り囲んでいる悪魔たちが襲い掛かる。


 ───自分だけ楽になろうとするな! 呪われろ!───


 襲い掛かる悪魔たちの姿は、仲間の姿に見えたままだ。幻覚のシモンに矢を放たれ、攻撃をためらうペトロは肩を掠める。


「やめろ!」


 ───家族を裏切ったくせに、人のものを奪って幸せになろうとするな!───


 今度は、幻覚のヨハネの剣が腕を掠めた。刃を受けた肩と腕から、血が流れ出す。


「やめてくれ!」


 ヤコブも、ペトロに見える悪魔に切り掛かられるが、困惑で攻撃ができない。


 ───血で汚れた手で何が救えるんだ! 悪魔みたいなお前に、人を救えるか!───


「くっ!」


 ───人を救う資格があるものか! そんな手は、切り落としてやる!───


 幻覚のユダが剣を振り下ろし、反応が遅れて腕を負傷する。


「くそっ!」


 シモンにも幻覚のアンデレが槍で攻撃し、切っ先が二の腕を掠める。


 ───やり方があざといんだよ! そんなのに惑わされるか!───


「待ってよ!」


 ───お前なんて、ただのお荷物なんだよ! 目障りなガキなんて仲間にいらねぇ!───


 幻覚のヤコブも剣を大きく振り上げ、ギリギリ避けて鈍く光る刃が空を切る。


「やめて!」


 前後左右から襲われるが、悪魔を本物の仲間だと思い込み全く手が出せない。

 同様に攻撃されるユダも惑わされるが、防壁(フェアヴァイガン)で応戦できるくらいは冷静になれていた。


 ───お前は、誰だ───

 ───お前は、偽者だ───

 ───お前は、偽善者だ───

 ───お前は、信用できない───


「地味にくるな。これ……」

(私は私だし、日々を生きることも戦うことも、全て自分の意志だ。自分を偽らず、ありのままの私で生きている。これが、今を生きている私の姿だ)


 ───なら。以前のお前は、どこにいる───


 幻聴の言葉と答え合わせをしていたが、その問に、引っ掛かった。


「以前の、私……」

(記憶を失う前の、自分……)


 幻聴だとわかっているのに、素通りするなと引き留められるように、どうしてか無視できなかった。

 今までは、そんなに気にしていなかった。だが、アミーの術のせいだろう。今の自分が存在する地点から後ろが暗闇なことが、不意に少し怖くなった。

 振り返っても、何もない。自分の影も、足跡もない。ユダが『ユダ』であると証明するものが、何一つない。

 彼が知らない本当の自分は、見ようとしてこなかった暗闇の向こう側だ。


 ───お前は、誰だ───

 ───お前は、何者だ───


(私は。本当は、何者なんだ……?)




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