36話 惑乱
眷属を喚び出したアミーは、道路のど真ん中に立つ兵士の看板の上に座り、悠々と戦況を観察することに決めた。
「言葉の鞭と言うのは結構効くから、どんな光景になるか楽しみだな」
ユダたちに、炎の人形とアミーの眷属が迫る。
───使徒の面汚しめ───
「だから。同じ手が通用するかよ!」
───ガキのくせに目障りだ───
「炎の人形が言ってるの?」
───調子に乗って忘れるな───
「悪魔もたくさん出て来たな」
───お前は信用できない───
「幻聴だってわかってるけど、みんな油断せずにね!」
───ウザい。失せろ───
「ひえっ! また、おれの方にも来るじゃん!」
対ゴエティア二戦目のアンデレにも容赦なく悪魔の軍勢が迫り、弓兵が青い炎の矢尻を放って来た。
「来たーっ! 阻碍せん冥闇を抗拒する!」
〈護済〉で防御したが、悪魔たちは攻撃をし続け防壁を破壊しようとする。
───ウザいんだよお前。空気読めよ───
「これ、おれの悪口だよな。わぁ。心に刺さってくるー……」
空気を読むのが苦手なアンデレも、アミーの不和助長の術にはさすがに苦々しい顔をする。
ユダたちは、幻聴に引き摺られないよう倒すことに傾注し、悪魔の軍勢に攻撃を開始した。
「天の罰雷!」
「闇世への帰標!」
「祝福の光雨!」
「赫灼の浄泉!」
炎の人形を狙うが、周りの悪魔たちに命中してしまう。
「あの人形を倒したいのに、悪魔が邪魔してくる!」
「取り巻きを排除しないと、ダメなパターンだな!」
四人は、地道に悪魔を祓いながら人形を倒すタイミングを狙う。そのあいだも幻聴は絶え間なく聞こえ、心を揺さぶってくる。
───お前が使徒を名乗るな───
「耳障りだな!」
───これは、お前が作った偽りの現実だ───
「いちいち引っ掛かってられるか!」
───邪魔だ。足手まといでしかない───
「惑わされないよ!」
───お前は、本当は何者だ───
「聞かれても答えられないな!」
幻聴だとわかっていれば、不用意に惑わされることはない。前回掛けられたぶんある程度慣れたので、この程度は屁でもないユダたちはほとんど気に掛けず悪魔を祓っていく。
だが。今掛けられている不和助長の術は、ほんの小手調べだ。
「こんな物じゃ無いよ。此処からが本番だ」
「µµµ……∅∅∅……≯≯≯≯≯∀∀∀∀∀ッ!」
アミーが杖を振ると、炎の人形の生首がまた叫び出した。しかし、先程よりも強力になった音波はそれぞれの脳を震わせる。
「く……っ!?」
「さっきよりも強い!」
「頭が痛いっ!」
脳に直接何かをされているような不快さと頭痛で、四人は頭を抱え苦しむ。
「みんな、大丈夫か!?」
アンデレも顔をしかめてはいるが、ユダたちほど影響を受けていない様子だった。
(アンデレくんは、特有の防御のおかげで影響を受け難いのか?)
「アンデレくん! 私たちは大丈夫だから、その防御はそのまま維持しててくれ!」
「本当にいいんですか!?」
「私の言葉を信じて!」
ユダも辛そうで今すぐ治癒を施したいが、アンデレはグッと堪えて大きく頷いた。
「さあ。此処から余裕が無くなるよ」
そして、宴の本番が始まる。
ペトロは、立ちくらみに似た視界のブレで頭を振った。
「超音波キツ……い」
ひとまずブレは収まったが、視界から入って来た情報に困惑する。
「えっ……」
自分の目の前にいた何十体の悪魔たちが全て、仲間の姿に変わっていた。
それはペトロだけではない。ヤコブもシモンもユダも、同じ状況になっていた。
「なんだ、これ」
「幻覚……だよね?」
「逆に、幻覚じゃなきゃおかしいよ」
(今の超音波のせいでやられたか)
脳を震わせる超音波の影響で、視覚まで異常を起こした。しかも、幻覚だとわかっているのに、なぜか本物と認識できてしまう。
───よく生きてられるよね───
ペトロの耳は声をはっきりと捉え、本物のユダの姿と声だと認識する。
───誓いを忘れて、のうのうと生きやがって───
───その神経、人間として疑うよ───
───人のものを横取りしたくせに!───
───裏切り者!───
他の姿と声も、ヤコブとシモンとヨハネとアンデレに間違いないと、脳が勝手に判断する。
「これ、幻聴と幻覚だよな……。そうだよな!?」
ペトロは動揺を隠せない。同じ姿を並べる何十人の仲間から悪意の言葉が投げられ、幻覚だと思いたくてもそう思えなくなっている。




