35話 再び、向き合うべき戦いへ
「くそっ。ダメか!」
「お待たせ!」
そこへ、ヨハネたちも到着した。
「いいところへ! アンデレくん。到着早々で悪いけど、あの人たちを助けてくれ!」
「うわっ。またっすか……。了解です!」
まだ移動のジェットコースターに慣れきれないアンデレは、ちょっと酔いながらハーツヴンデ〈護済〉を具現化する。
「阻碍せん冥闇を抗拒する!」
普段は防御に使う力を応用し、マティアの術を排除した。ヘドロに苦しめられていた人々は解放され、アンデレはすぐさま彼らをテリトリーの外へ避難させる。
「一寸またぁ!? 巫山戯ないでよ!」
マティアは、逃げる人々の影からまたヘドロを引き摺り出して襲おうとする。だが。
「闇世への帰標!」
「泡沫覆う惣闇、星芒射す!」
ヤコブがマティアを妨害し、シモンが顔を出しかけたヘドロを仕留めた。そのあいだに、全ての一般人の避難は完了した。
「もうっ! 何で逃がしちゃうのよ!」
「逃がすのは当然だろ」
「きみたちの悪趣味で気分を害されてること、少しは察してほしいな」
ユダはメガネを鈍く光らせ、笑顔でクレームを吐いた。
「機嫌悪いな、ユダ」
「ペトロとのデートを邪魔されたんだから、機嫌だって悪くなるよ」
「あら。デートだなんて、良い御身分だわね。直ぐにでも殺したくなっちゃう」
「デートなんて、みんなしてるけど」
「だから、本当は一層したいのよ。アタシはね、馬鹿で単細胞で能天気な人間が物凄く嫌いなの」
デートを邪魔されたユダよりも不機嫌なマティアは声色が低くなり、黄色い双眸に闇を呼ぶ。
「マティア。無駄話はもう良いだろう」
別の声がして見上げると、怨嗟のマタイが建物の縁に悠然と腰掛け、使徒たちを見下ろしていた。
「あいつ、またいるのかよ!」
「今回も、戦う気はないのかな」
「一体何しに来てるんだ」
「あれでも一応、仕事をしてるのよ。ね、マタイ」
マタイは、今回も傍観を決め込むらしい。そんな統括は気にせず、マティアはゴエティア・アミーを喚び出し、ヨハネの姿を目視で確認する。
「デートの約束、ちゃんと果たしてくれるのね」
「約束は守るって言っただろ」
「約束を守る男は好きよ。それじゃあ、前回の続きをしましょ。アミーちゃんは、中途半端だった分、好きにやっちゃって」
「お嬢も、手を抜いたらいけないよ?」
「分かってるわよ」
マティアは、獲物のヨハネをロックオンする。メッキのような双眸と目が合うヨハネは覚悟を決めているが、前回を想起すると恐れが湧き上がってくる。
そんなヨハネの前に、マティアから庇うようにアンデレが〈護済〉を構えて立った。
「何してる、アンデレ。下がってろ」
「また、棺に入るんすか」
背を向けたままアンデレは尋ねた。
「そうだ」
「逃げないんすか?」
「逃げられないんだ。僕が向き合うべき、もう一つの戦いだから」
「それは、わかってますけど……。おれ、一緒に入っちゃダメっすか」
「ダメに決まってるだろ! あの中がどんな空間かわかってないお前が、軽く言うな!」
「そんな怒らないで下さいよー」
とんでもないことを言って怒られたアンデレは、振り返った。
無理をしてまでヨハネを癒やそうとしたアンデレは、ヨハネがうなされていたことも知っている。そして今は、ヨハネがまた過去に苦しめられることを憂いていた。
「アンデレ……」
「やらなきゃならないんすよね……。じゃあ。おれはまた、ヨハネさんが辛くならないように外から支えます。だから、負けないで下さい!」
けれど、ヨハネでないと戦えず、ヨハネでなければ乗り越えることができない戦いだと理解している。そして、自分にしかできない戦いがあることも。
「ありがと」
ヨハネは、アンデレの応援と気持ちを胸に仕舞った。
「行くわよ。可愛子ちゃん!」
《因蒙の棺!》
ヨハネは再び茨の棺に囚われた。そしてユダたちも、アミーと再び対峙する。
「お互い、前回が消化不良だった分を出そうじゃないか」
「望むところだ」
「良い鴨だった君には、また操り人形になってくれないかな」
「ナメんな! 同じ方法に二度も惑わされるほど、俺はそんな単純バカじゃねぇよ!」
「そうだよね。吾輩も、全く同じ事をする積りは無いよ」
アミーが杖を前に五回振ると、青い炎に包まれた五つの生首が現れた。生首を纏った炎は縦に伸び、人形に形を変えた。
仮初の身体を得た生首は、五体同時に歌うように大きく口を開け叫び出す。
「@@@@@≯≯≯≯≯∀∀∀∀∀……ッ!」
また発せられた超音波のような叫び声は、甲高く脳にまで響き、五人は堪らず耳を塞ぐ。
「また……!」
「この前よりすごいんだけど!」
「脳にまで響いてくる……!」
数秒して声は止んだ。そしてまた、誰とも断定できない声がそれぞれの脳に聞こえてくる。
───面汚し───
───目障りだ───
───調子に乗るな───
───信用できない───
───ウザい───
「また幻聴!?」
「今回は、そんな単純な術では無いよ」
アミーは青い炎の海を出現させると、自身が従える数十体の眷属たちを喚び出した。
「君達には、袋叩きに遭って貰うよ」
アミーは爽やかな笑顔を湛え、宴の始まりを告げた。




