34話 予感、かもしれない
事務所の業務が休みなので、ヤコブと夏休み中のシモンと一緒に、ヨハネはのんびりお昼を過ごしていた。
「もう介護はいいのか?」
ハンバーガーにかぶり付きながら、ヤコブは訊く。なぜなら、ヨハネの傍らにユダがいないからだ。
「介護って……。何日も借りてるのも、申し訳ないと思って」
精神的に回復してきたヨハネは、ペトロにユダを返した。ユダはまだ様子を見たがっていたが、ヨハネが若干追い出すかたちで二人きりの時間は終了した。
なので、ユダは今日、ペトロを連れてお返しデートに行っている。
「でもヨハネは、ユダにいてもらった方が落ち着くんじゃないの?」
「それはそうなんだけど。一緒にいたら、余計に気持ちが曖昧になってきて。一人になって整理する必要があったんだ」
「それで、少しは整理できたのか?」
「……女々しい僕のままだ」
ヨハネは、小さな一口でハンバーガーを食べ進める。
ユダの側にいるからいけないのかもしれないが、環境的に距離を置くことは難しい。あの冬の日から進んだと思っていたヨハネだが、本当はまだ、あそこから一歩も進めていなかったのだろうかと、悩みが増えてしまった。
ヤコブは最後の一口を食べ、包み紙をクシャッと丸めた。
「ヨハネ。改めて言わなくてもわかってるだろうけど。お前を苦しめてる過去は、お前の気持ち次第でどうにでもなる。でも。目を逸らすことだけはするなよ」
「わかってる」
そこへ、リビングルームのドアが勢いよくバァンッ! と開け放たれた。
「ヨハネさん大丈夫っすか!!!???」
「アンデレ」
「ドアは静かに開けろ」
ヤコブが注意しても、心配とお詫びで気持ちで心がいっぱいのアンデレは気に留めず、真っ先にヨハネの側に行った。
「様子見に来れなくてすみませんー! 学校の課題に、戦闘でツケが回った仕事に忙しくて、連絡も取れませんでしたぁー!」
「それは大変だったな。別に気にしてないよ」
「気にして下さい! おれはずっと気にしてました! もう大丈夫ですか? ちゃんと寝れてますか? ご飯食べれてますか?」
心配し過ぎて母親と化すアンデレは、ヨハネの手を握った。
「ちゃんと寝られてるし、ちゃんと食べてる……」
ヨハネは手を握られると、つい先日にも同じ温かさを感じたのを思い出す。夢の中でレオに触れられた時に感じた、木漏れ日のような温かさを。
「あのさ……」
「なんですか?」
ふと思ったことがあったが、まさかと否定して訊くのをやめた。
「いや。いつまで手を握ってるつもりだよ」
「知ってます? おれの治癒って、ハーツヴンデ出さなくてもできるんですよ」
「だから、もう大丈夫だって」
両手でしっかりホールドされた手を、ヨハネは力尽くで救出した。
二人のその様子を、ポテトを食べながらにやけ顔で見ているヤコブとシモン。
「二人のその、全てを把握したような目はなんなんだよ」
「ヨハネ、思われてるなーって」
「ああ。大切に思われてるよな」
「大切って。仲間だから気を遣われてるだけだし」
誤解をするなとヨハネは言うが、ヤコブとシモンのニヤつきは止まらない。
「これは、現れたんじゃない?」
「現れたな、これは」
「現れたって、何が……」
なんのことを言っているのかピンときたヨハネは、すぐに眉をひそめ、顔の前で手を振る。
「いやいやいや……」
「いや。そうだって」
「腕、見てみなよ」
「嫌だ見ない」
「え。ヨハネさん怪我してたんすか?」
「どこですか?」と、治癒使命を感じたアンデレは、ヨハネの両腕を掴んで傷を探し出す。
「してないから見なくていい!」
「おふっ!」
ところが。アンデレは突然気分を悪くして、ヨハネの膝の上に顔を伏せた。
「ま……また、これっすか……」
「アンデレはそれ、慣れないとね」
ヨハネたちもアンデレと同様に、死徒の気配を感知した。
残りのハンバーガーとフライドポテトを頬張り、飲み物で流すと、四人は立ち上がった。ヨハネには一足先に、緊張感が走った。
嫉妬のマティアは、前回お楽しみをお預けにされたチェックポイント・チャーリーに再び現れていた。
「アハハッ! 自分のヘドロのお味はどうかしら!?」
既にテリトリーを展開され、捕まえた一般人を嫉妬のヘドロで弄んでいて、先に駆け付けていたユダとペトロは救出に倦ねていた。
「くそっ。どうしたらいいんだ。何か応用できないか!?」
「どうしたのかしら? 早く助け出さないと、手遅れになるわよ!?」
「ペトロ。炙り出しを使ってみよう!」
「わかった!」
二人は、人々を苦しめるヘドロに同時に同じ術を放つ。
「真像の鏡!」
人間の中から悪魔を炙り出す時の術を使い、人々をヘドロから救出しようとした。
囲む鏡から光が放出され、ヘドロから蒸発するように煙が出る。だが、人々から引き剥がすまでには至らない。




