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イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第4章 zum nächsten─見つけたもの─

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25話 棺の中。歓迎の青過②



 ヨハネの前に現れたレオは、手足は右足しか残っておらず、肌は焼けただれ、見るも無残な姿に変貌した。その表情は、黒く塗り潰されてわからない。

 心胆を寒からしめる死人の姿に目を剥き、ヨハネは一歩、また一歩と後ろに下がる。


「どうした、ヨハネ。俺だぞ」

「良かったわね。恋人、生きてたわよ」


 青褪めるヨハネは何度も首を振る。


「ち……違う! レオじゃない!」

「何言ってるの。何処からどう見ても、貴方の愛する恋人でしょ?」

「レオじゃない! レオなはずがない! だって……だって、レオは……!」


 ヨハネの脳裏に一瞬、白い棺の中に横たわる同じ姿が甦った。身体を小刻みに震わせ、呼吸が早くなる。


「酷い子。折角、恋人が会いに来てくれたのに、そんな怖い顔して。ほら。再会の熱いハグしなさいよ」

「嫌だっ!」


 ヨハネはレオに背を向けて、逃げ出そうとした。だが、正面に現れたマティアに首を掴まれ止められた。


「ぐっ……」

「ハグしろって言ってるでしょ」


 女性の声から一転、男性的で威圧感のある声音に変わった。

 黄色い双眸に闇を落とすマティアに首を掴まれたまま投げられ、ヨハネは倒れる。

 片足しかなく歩けないレオは、幽霊のように音もなくスーッと近付いて来た。


「ヨハネ」

「ほら。恋人もハグしたがってるわよ」


 逃げることを許されないヨハネは、マティアに操られて意志と反して立ち上がり、レオと向かい合う。


「やだ……」

「迎えに来た。一緒に行こう」

「やだ……!」


 ヨハネは幽霊でも追い払うように、両腕を縦に横に振りまくり拒絶する。


「我儘な子ね。迎えに来てくれたのに。一緒に行けば、幸せになれるのよ?」

「やだ。いやだ……。ごめん……。ごめん、レオ……」


 レオは、ヨハネの目の前まで近付く。分離した黒い右手が、遠隔操作をされているかのようにヨハネの頬に触れる。「……っ!」ヨハネはビクッと震えた。


「俺と一緒に、来るんじゃなかったのか」

「やだ……」

「お前は、それを望んでたんじゃないのか。まさか。俺を裏切るのか」


 表情はわからないはずだが、ヨハネの目には、レオに針を刺すような目を向けられているように見えている。


「違う。裏切るつもりじゃ……」

「じゃあ。なんで俺と来ない」

「それ、は……」

「お前の方が酷いやつだな。俺がいなくなったから、代わりを用意してるんだろ」

「違う! レオの代わりなんて……!」


 頬に触れていたレオの右手は、ヨハネの腕を掴んだ。


「じゃあ。俺と行くよな」

「!?」


 急に足元が泥濘んだ。目を落とすと、地面が黒いヘドロと化し、飲み込まれるように徐々に足が沈んでいく。


「そうよ。一緒に行かないなんて、有り得無いのよ。今の(まま)で生き続けようなんて選択、アタシが赦さないんだから」


 ヨハネに冷淡な視線を刺し、ヘドロに縛り付ける。マティアの前では、ヘドロから逃げることは赦されない。




 棺の外では、ペトロに背中を守られながら、アンデレが精神治癒を続けていた。


「アンデレ。何か感じないか!?」

「ううん。何も」

(おれの力が届いてるのかすら、わからない。何も手応えがない……)


 外部からの干渉が困難な棺は、アンデレの力でも中の状況を覗くことはできない。大事な場面だが、アンデレにも不安が積もっていく。

 ヤコブもヨハネを案じ、バンデがいないヨハネのために何かできることはないかと、戦いながら考える。そして、効果がありそうな唯一の方法に考えが至る。


「ユダ! お前も協力してくれ!」

「私が?」

「頼む! お前なら!」


 頼まれたユダは一瞬迷うような表情をするが、ただ心配しながら戦うよりはと、棺の側に寄った。

 ペトロの時と同じように棺に触れれば、ヨハネのトラウマが垣間見える。ユダは、茨の棺に触れた。


「……」


 だが、何も見えない。ペトロの時はトラウマを垣間見ることができたのに、なぜかヨハネのトラウマは、何一つ脳に入って来ない。


「どうして……」

(もしかして、潜入インフィルトラツィオンができない理屈と同じなのか?)


 ユダはなぜか、潜入インフィルトラツィオンができない。それも、棺に触れるのも、共通して「相手のトラウマを覗く」という行為だ。未だに潜入インフィルトラツィオンができない理由は不明だが、同じ理屈があるのだろう。


(でも。ペトロの時は見えたのに……)


 そう。ペトロの時にはトラウマが見え、感情のリンクもできた。それは、バンデだったからだろうか。


(どうする?)


 通用するはずの方法はなくなった。ヨハネのトラウマは何で、苦しみの根源は何なのか、一切知らない。心当たりと言えば、真冬の早朝に出会った時の、全てを捨てようとしていた彼の表情だけだ。

 使徒の中で一番、共に過ごした時間が長いのに、ユダはヨハネの過去を何も聞いていなかった。そんな自分にどんな言葉を掛けられるだろうと気後れしかけるが、彼の心に届く言葉はあると信じ、思いを届けた。


「もしかしてきみは、本当はあの冬の日から時間が進んでいなかったの? 私と一緒に笑顔で過ごしていた日々の陰に、本当はずっとあの日のきみがいたの? 何も知らなくてごめん。知ろうとしなくてごめんね。でも。もう遠慮はしない。きみの過去を、私に教えてくれ! そしたら、これまできみが私を支えてくれたように、今度は私がきみを支える! きみが望むことを……望む中で私ができることなら、なんでもする! だから、私を頼って! 私はその手を取るから! ヨハネくんの心に寄り添うから! だから戻って来るんだ!」


 ユダの声掛けを見たアンデレも、手応えのない状況を打開できる方法なんだと捉え、見よう見まねで中のヨハネに声を掛け始めた。


「ヨハネさん! 一人で戦おうなんて思っちゃダメっすよ! ちゃんと、心配してくれてる人がいるんですからね! おれは、使徒としてはまだ全然だけど、ヨハネさんが苦しんでるなら何度でも癒やします! だから諦めないで下さい、ヨハネさん!」

(届け! おれの力……!)


護済(ヘルフェン)〉の玉の光が、拒むように棺に反射する。それでも力と思いが届くようにと、アンデレは目を瞑り祈った。




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