22話 棺の中。歓迎の青過①
突然鳴った学校のチャイムに、ヨハネはハッとした。
日の光が遮られ、木々に囲まれた場所。ここは、校舎のすぐ横にある林の中だ。
(あれ。いつの間に……)
「おい。なに呆けてんだよ」
木を背にして立つヨハネの前には、同じ学校に通う男子生徒が立っていた。チョコレート色の髪にブラウンの瞳をしていて、ヨハネがよく知る人物と顔立ちが似ている。
(ユダ? ……違う)
「ごめん。レオ」
「目の前にイケメンがいるのに、誰のこと考えてた?」
「誰のことも考えてないよ」
(ユダって……誰だっけ?)
レオが顔を近付けると、ヨハネは黙って目を瞑った。触れ合うほんの僅かな身体の一部からでも、彼の愛が染み渡っていく。
(どうしてだろう。この感覚が、とても懐かしい気がする)
二人は生徒や教師たちの目から隠れ、いつもこの林でこっそり逢瀬を重ねていた。
「おい、見ろよ!」
生徒の声で、ヨハネはまたハッとする。
場所が変わり、授業が始まる前の教室の机に座っていた。
クラスメイトたちは、スマホを見て何やらザワついている。ヨハネを見てくる生徒も、何人かいた。
「ヨハネ。これ、本当?」
一人のクラスメイトの男子が、スマホを見せて尋ねた。その写真を見たヨハネは、目を疑い顔色を変える。
「えっ……」
見せられたのは、林の中で隠れて逢引するヨハネとレオの写真だった。
「な……なんで。誰が……!」
「みんな! これ、合成じゃないってさ!」
ヨハネが認めたわけでもないのにそう言うと、クラスメイトたちはさらにざわついた。
「本当にキスしてるの?」
「うわっ、マジかよ。気持ちわりー」
「クラスにいるなんて信じらんない」
「ちょっと近寄りたくないよな」
クラスメイトたちはヨハネを差別し、嫌悪して蔑視を向ける。酷く傷付いたヨハネは、クラスで孤立した。
状況に堪え兼ねたヨハネは、渡り廊下にレオを呼び出し話をした。
「はあ? 距離置きたいって……。クラスのやつらの言うことなんて、気にすることねーって」
けれどレオは、どこ吹く風とばかりに言う。しかし、ヨハネは同じように振舞えず、周りの目がストレスになっていた。
「僕は無理だよ。とてもじゃないけど、授業にだって集中できないんだ」
「俺たち別に、なんも悪いことしてねーだろ。だから堂々と……」
「僕はレオとは違うんだよ!」
精神的に不安定になっていたヨハネが声を上げると、二人だけのガラス張りの渡り廊下に弱々しく反響した。
「少しは僕のことも考えてよ」
「……わかった」
ヨハネの心情を組み取れきれないレオは溜め息をつき、あっさりと返事をした。
それまで晴天だったのが急に日差しがなくなり、渡り廊下の屋根に雨の音がし始め、ガラスの向こう側に雨が降りしきる。
季節は、花々が咲き誇っていた暮春から、木々に黄色やオレンジが色を添える秋になった。レオとは、校内で擦れ違ってもなるべく目も合わせないようにしていた。そんな日々が、数十日続いた。
そんなある時、ヨハネは渡り廊下の先にレオを見つけた。ふと追い掛けたヨハネだが、一緒にいる男子生徒に耳打ちをしたり、腰に手を回して仲良くする姿を目にした。
自分は、いろんなことを我慢しているのに……。ヨハネは苛立ち始め、レオに問い質した。
「レオ! あの人なに!?」
「あの人って、誰のことだよ」
「惚けるなよ! 腰に手回したりして。僕が相手しなくなったからって!」
突然心当たりのない怒りを向けられ、レオは戸惑う。
「だから。なんの話だよ」
「しらばっくれるな! 僕ははっきり見たんだ! 僕のことを捨てて、すぐに他の人と付き合うなんて!」
「はあ? お前何言ってんの」
何か勘違いをしているヨハネに、レオは怪訝な表情を浮かべる。しかし、苛立ちが収まらないヨハネは、眉を吊り上げて鬱積した気持ちを吐き出し続ける。
「距離置きたいって言ったの確かに僕だけど、嫌いになったわけじゃない。僕の態度がそう見えたんなら謝るよ。でもだからって、当て付けに浮気することないだろ!」
「俺が浮気? どこがだよ。お前、ちょっと頭おかしいんじゃねーの?」
「おかしいのはどっちだよ! 別れたつもりないのに、他の人と仲良くしてるレオの方がおかしいよ!」
今のレオの物言いは、いつものしゃべり方だ。それに、彼は冷静に話そうとしている。それなのに、嫉妬に支配されるヨハネは話を悪い方向へと自ら導いていく。
レオは眉根を寄せて溜め息をつき、腕を組む。
「あのさ。時々思ってたんだけど、ヨハネって思い込み激しくね? それとも、俺を悪人にしたいわけ?」
「酷いのはレオだろ! 僕の知らないところで僕の知らない人と遊ぶし、約束だって破るじゃん!」
「お前と約束する前に友達と約束してたんだから、仕方ねーだろ。つーかこの話、前もしたし。しつこいよ、お前」
「僕が年下だからって、適当にあしらおうとしてるでしょ。それとも、僕のことも遊びだったの?」
「はあ? んだよそれ」
ヨハネの棘のある言い回しに流されるようにレオも苛立ち始め、口論もエスカレートいていく。
「レオは、何人も恋人がいるって聞いたことある。好みの顔の子がいれば声掛けて、キープしてるって!」
「何だその話。そんなの根も葉もない……」
「結局レオは、誰でもいいんでしょ。僕のことだって、顔が好みって言ってたもんね。顔が好みなら節操なく誰でも抱いて、どうでもよくなったら捨てて、また新しい人見つけて口説いて抱いて。僕は、そのどうでもいい人の中の一人だったんだ!」
「お前、そんな噂話信じるのかよ」
「実際に見たんだし、信じるよ!」
不信感を乱暴に投げ付けられたレオは、顔をしかめる。
「マジで言ってんの?」
レオが尋ねても、腹を立てるヨハネは視線を逸らして合わせようとしない。
「……それ。地味に傷付くわ……。じゃあさ。遊びだったらなんなんだよ」
「レオが謝ったら、許してあげる」
「無実なのに、何を謝ればいいんだよ」
「謝る気ないんだ」
「何も後ろめたいことしてねーし」
「そんなに謝りたくないんだ? やっぱり僕とは、本気じゃなかったんだね」
レオは嘘をつき、惚けて事実を誤魔化そうとしていると思うヨハネは、彼に誠実さを感じなかった。
「本気じゃないなら、一緒にいたくない」
「じゃあ、別れんの?」
「別れよ」
「……あっそ」
その時レオがどんな表情をしていたかは、ヨハネは見ていなかった。
レオは、ヨハネの前から去って行った。
「あーあ。行っちゃった。イケメンなのに勿体無いわねー」
不貞腐れるヨハネの横に、マティアが気配もなく姿を現した。




