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イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第4章 zum nächsten─見つけたもの─

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22話 棺の中。歓迎の青過①



 突然鳴った学校のチャイムに、ヨハネはハッとした。

 日の光が遮られ、木々に囲まれた場所。ここは、校舎のすぐ横にある林の中だ。


(あれ。いつの間に……)

「おい。なに呆けてんだよ」


 木を背にして立つヨハネの前には、同じ学校(リセ)に通う男子生徒が立っていた。チョコレート色の髪にブラウンの瞳をしていて、ヨハネがよく知る人物と顔立ちが似ている。


(ユダ? ……違う)

「ごめん。レオ」

「目の前にイケメンがいるのに、誰のこと考えてた?」

「誰のことも考えてないよ」

(ユダって……誰だっけ?)


 レオが顔を近付けると、ヨハネは黙って目を瞑った。触れ合うほんの僅かな身体の一部からでも、彼の愛が染み渡っていく。


(どうしてだろう。この感覚が、とても懐かしい気がする)


 二人は生徒や教師たちの目から隠れ、いつもこの林でこっそり逢瀬を重ねていた。


「おい、見ろよ!」


 生徒の声で、ヨハネはまたハッとする。

 場所が変わり、授業が始まる前の教室の机に座っていた。

 クラスメイトたちは、スマホを見て何やらザワついている。ヨハネを見てくる生徒も、何人かいた。


「ヨハネ。これ、本当?」


 一人のクラスメイトの男子が、スマホを見せて尋ねた。その写真を見たヨハネは、目を疑い顔色を変える。


「えっ……」


 見せられたのは、林の中で隠れて逢引(あいびき)するヨハネとレオの写真だった。


「な……なんで。誰が……!」

「みんな! これ、合成じゃないってさ!」


 ヨハネが認めたわけでもないのにそう言うと、クラスメイトたちはさらにざわついた。


「本当にキスしてるの?」

「うわっ、マジかよ。気持ちわりー」

「クラスにいるなんて信じらんない」

「ちょっと近寄りたくないよな」


 クラスメイトたちはヨハネを差別し、嫌悪して蔑視を向ける。酷く傷付いたヨハネは、クラスで孤立した。

 状況に堪え兼ねたヨハネは、渡り廊下にレオを呼び出し話をした。


「はあ? 距離置きたいって……。クラスのやつらの言うことなんて、気にすることねーって」


 けれどレオは、どこ吹く風とばかりに言う。しかし、ヨハネは同じように振舞えず、周りの目がストレスになっていた。


「僕は無理だよ。とてもじゃないけど、授業にだって集中できないんだ」

「俺たち別に、なんも悪いことしてねーだろ。だから堂々と……」

「僕はレオとは違うんだよ!」


 精神的に不安定になっていたヨハネが声を上げると、二人だけのガラス張りの渡り廊下に弱々しく反響した。


「少しは僕のことも考えてよ」

「……わかった」


 ヨハネの心情を組み取れきれないレオは溜め息をつき、あっさりと返事をした。

 それまで晴天だったのが急に日差しがなくなり、渡り廊下の屋根に雨の音がし始め、ガラスの向こう側に雨が降りしきる。

 季節は、花々が咲き誇っていた暮春から、木々に黄色やオレンジが色を添える秋になった。レオとは、校内で擦れ違ってもなるべく目も合わせないようにしていた。そんな日々が、数十日続いた。

 そんなある時、ヨハネは渡り廊下の先にレオを見つけた。ふと追い掛けたヨハネだが、一緒にいる男子生徒に耳打ちをしたり、腰に手を回して仲良くする姿を目にした。

 自分は、いろんなことを我慢しているのに……。ヨハネは苛立ち始め、レオに問い質した。


「レオ! あの人なに!?」

「あの人って、誰のことだよ」

「惚けるなよ! 腰に手回したりして。僕が相手しなくなったからって!」


 突然心当たりのない怒りを向けられ、レオは戸惑う。


「だから。なんの話だよ」

「しらばっくれるな! 僕ははっきり見たんだ! 僕のことを捨てて、すぐに他の人と付き合うなんて!」

「はあ? お前何言ってんの」


 何か勘違いをしているヨハネに、レオは怪訝な表情を浮かべる。しかし、苛立ちが収まらないヨハネは、眉を吊り上げて鬱積した気持ちを吐き出し続ける。


「距離置きたいって言ったの確かに僕だけど、嫌いになったわけじゃない。僕の態度がそう見えたんなら謝るよ。でもだからって、当て付けに浮気することないだろ!」

「俺が浮気? どこがだよ。お前、ちょっと頭おかしいんじゃねーの?」

「おかしいのはどっちだよ! 別れたつもりないのに、他の人と仲良くしてるレオの方がおかしいよ!」


 今のレオの物言いは、いつものしゃべり方だ。それに、彼は冷静に話そうとしている。それなのに、嫉妬に支配されるヨハネは話を悪い方向へと自ら導いていく。

 レオは眉根を寄せて溜め息をつき、腕を組む。


「あのさ。時々思ってたんだけど、ヨハネって思い込み激しくね? それとも、俺を悪人にしたいわけ?」

「酷いのはレオだろ! 僕の知らないところで僕の知らない人と遊ぶし、約束だって破るじゃん!」

「お前と約束する前に友達と約束してたんだから、仕方ねーだろ。つーかこの話、前もしたし。しつこいよ、お前」

「僕が年下だからって、適当にあしらおうとしてるでしょ。それとも、僕のことも遊びだったの?」

「はあ? んだよそれ」


 ヨハネの棘のある言い回しに流されるようにレオも苛立ち始め、口論もエスカレートいていく。


「レオは、何人も恋人がいるって聞いたことある。好みの顔の子がいれば声掛けて、キープしてるって!」

「何だその話。そんなの根も葉もない……」

「結局レオは、誰でもいいんでしょ。僕のことだって、顔が好みって言ってたもんね。顔が好みなら節操なく誰でも抱いて、どうでもよくなったら捨てて、また新しい人見つけて口説いて抱いて。僕は、そのどうでもいい人の中の一人だったんだ!」

「お前、そんな噂話信じるのかよ」

「実際に見たんだし、信じるよ!」


 不信感を乱暴に投げ付けられたレオは、顔をしかめる。


「マジで言ってんの?」


 レオが尋ねても、腹を立てるヨハネは視線を逸らして合わせようとしない。


「……それ。地味に傷付くわ……。じゃあさ。遊びだったらなんなんだよ」

「レオが謝ったら、許してあげる」

「無実なのに、何を謝ればいいんだよ」

「謝る気ないんだ」

「何も後ろめたいことしてねーし」

「そんなに謝りたくないんだ? やっぱり僕とは、本気じゃなかったんだね」


 レオは嘘をつき、惚けて事実を誤魔化そうとしていると思うヨハネは、彼に誠実さを感じなかった。


「本気じゃないなら、一緒にいたくない」

「じゃあ、別れんの?」

「別れよ」

「……あっそ」


 その時レオがどんな表情をしていたかは、ヨハネは見ていなかった。

 レオは、ヨハネの前から去って行った。


「あーあ。行っちゃった。イケメンなのに勿体無(もったいな)いわねー」


 不貞腐れるヨハネの横に、マティアが気配もなく姿を現した。




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