40話 失わなかった、大事なもの
「確かに、大切な人が死んだらみんな傷付くよ。それが家族なら余計に傷付くよ。でも、ボク言ったよね? ヤコブのせいだなんて、誰にも決められないって。ヤコブの感情は、ボクにも共有されてる。だから、少しはわかるよ。大好きだったお兄さんを亡くすきっかけを作った重い苦しみと、深い悲しみが。ヤコブも傷付いてるんだよ。みんなと同じように、悲しんでるんだよ」
「俺が悲しむなんて……」
「罪悪感で悲しみに蓋をして、気付いてないだけなんだよ」
「気付いてないだけ……」
「自分の罪を肯定して、面詰されるのも苦にならなくなるなら、それはそれで楽に生きられるかもしれない。でもヤコブが選ぼうとしたのは、間違った楽な生き方だよ。それはただ、自分を諦めてるだけだよ。自分を諦めて、死んだように生きようとしただけだよ。それは誰のためなの? ヤコブが満足するだけなんじゃないの?」
自己満足の贖い。言われたヤコブはハッとする。
斜陽が、ヤコブとシモンの横顔を照らす。
「ボクだって、戦争の記憶に縛られ続けたくないよ。でもボクは、忘れ去る選択はしない。あれはボクの心に深い傷を付けた。それでも、忘れたらお終いだと思った。ヤコブも同じだよ。罪を肯定して這いづるように人生のどん底を歩いたら、大事なものを失うことになるよ」
「大事なもの?」
「お兄さんへの気持ちだよ。大好きだったんでしょ? 自慢したいくらい尊敬してたんでしょ? その気持ちを、失くしてもいいの?」
罪を全て受け入れることが、自分がすべき償いだと考えていた。しかし、シモンのその訴えで、ヤコブの心がじんわりと熱くなり、込み上げて来るものがあった。
「大事なものは、なくならないと気付かない。でもヤコブが選ぼうとした人生は、大事なものを失くしたことにも気付けないんだよ。お兄さんへの愛も。今目の前にある、唯一無二の思いも……。それに。使命を途中放棄するなんて、無責任にもほどがあるよ。今もどこかで密かに苦しんでる人がいるのに、自分だけ楽になってその人たちを見捨てるの? ボクが知ってるヤコブは、そんな人じゃない。いつでも自信満々で、簡単にはへこたれない、使徒一番の負けず嫌いじゃないの? 自分を諦めるヤコブなんか、ボク大っ嫌いだから!」
シモンの声は、憤っていた。だが、その面持ちは声に乗る感情とは違った。
陽光に照らさせた大きなブラウンの瞳は、揺れていた。大事なものを失いたくない、心とともに。
「シモン……」
「ボクが今でもここにいられるのは、ヤコブがいるからだよ。ヤコブがボクを支えてくれてるからだよ。だから、自分を否定しないで。辛い過去を簡単に片付けようとしないで。少なくともボクには、ヤコブは希望だから。これからも、ヤコブを支えさせて。ボクの望みを叶えさせて……。お願い」
瞳から溢れそうな涙を堪えながら、シモンは訴えた。ヤコブが必要だと。バンデなど関係なく、愛する人に側にいてほしいと。
泣くまいとギュッと握られたその手にすら触れなくても、恋人の切なる思いは、繋がる心に小川のように流れ込んでくる。一切の濁りがなく、透明で、身体中に染み渡っていく。
「シモン。ごめんな」
ヤコブは、握られた手に触れた。今にも思いが零れそうだったシモンは、ヤコブに抱き付いた。身体に回された腕の力で、その思いの強さと、温かな心を感じ取った。
バンデとしても恋人としても失格だと愚かさを自責し、シモンの肩を抱き、優しく抱擁した。
「不安にさせてごめん。泣かせてごめん。俺はもう、愚かな選択はしない。これからも俺は、シモンの居場所だ」
そして、数日後。撮影が中断された公園の池で、MV撮影が再開された。
前回は天候がよくなかったが、今日は綿雲漂う夏空が広がっていて、蝉もそこかしこでよく鳴いている。それに負けじと、アレンたちもやる気満々だ。
「よしっ。じゃあ、新たな気持ちで続きから撮るぞ!」
「アレン。頼みがあるんだけど」
「頼み?」
「ギター。これ使っていいかな」
「それって……」
「兄貴のギター」
撮影でギターを使っていたことを思い出したヤコブは、デリックのギターを持って来ていた。まだ弾くことはできないが、この一歩目には必要だと思い、持って来たのだ。
「もちろん、いいに決まってるだろ」
アレンはニカッと笑い、ヤコブと肩を組んだ。それを見たセドリックとジェレミーとバルナバスも一緒に肩を組み、五人は円陣を組んだ。
残っていた撮影は半日かけて撮り、MV撮影はこの日で終了した。
編集作業はアレンたち自ら行い、翌月から「BY YOUR SIDE BOYS」のSNSや動画配信サービスのチャンネルで、配信が始まる。




