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イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第3章 Nähern─強さの裏側に─

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39話 リハビリの始まり



 憎悪のバルトロマイバルトロマイ・デア・ハスとビフロンスとの戦いから、二日が経った。

 授業を終えたシモンが学校を出ると、いつも通りに迎えに来たヤコブが校門前に立っていた。

 二人は、放課後デートでいつも立ち寄るカフェで飲み物をテイクアウトし、何やらヤコブから報告したいことがあるということで、十字路の角にある小さな公園に寄った。

 殺風景な公園の壁はストリートアートで賑やかされ、太陽光で温かそうな鉄製の卓球台がある。平日だからか卓球をやっている人はおらず、ベンチでぽつりと静かに読書をしている人がいる。

 雲間から射す初夏の夕方の日差しを感じながら、二人もベンチに座った。


「えっ。MV撮影、再開させるの? 本当に?」


 ヤコブからの喜ばしい報告に、シモンの表情がパッと明るくなる。


「ああ。せっかく指名してもらったのに悪いから、アレンに伝えた」

「それじゃあ。ヤコブは少しずつ、音楽に近付けるようになったんだね」

「今の自分のままでいるなら、また変な考え起こす前に、少しずつでも気持ちの整理しとこうと思って」

「そっか。それ聞いて、安心した」


 ヤコブが、遠ざけていた音楽に対して前向きな姿勢になってくれて、シモンは安堵と喜びを抱いた。

 しかし。喜ばしい報告をしたヤコブは、完全に音楽に対して前向きになったわけではない。


「MV出演は、リハビリの一歩目だけどな」

「それでも、ちゃんと一歩目を踏み出せたんだから。ボクは嬉しいよ……。じゃあ。ギターは?」

「え?」

「まだ、弾かないの?」

「……まだ、弾かないかな」


 ヤコブは今のままで生きる選択をし、音楽に再び少しずつ近付いてみようと意識は変わった。けれど、伏せられた視線は、踏み出した一歩目に落とされていた。

 兄デリックの形見のギターも、メンテナンスはしているものの、弾くために持っているのではなかった。


「うん。それでいいよ。少しずつ、一歩ずつでいいんだもん。その気持ちが、きっと未来を変えるんだから」


 音楽に自ら近付く意志を見せたので、少し期待してしまったシモンは焦らせてはいけないと、自制の意味でヤコブを励ました。

 すると。ヤコブの口から、現在の正直な心情が告白される。


「実はさ……。使徒を続けていいのか、少しわからないんだ」

「わからないって……。続けようと思ったから、ヤコブは今ここにいるんじゃないの?」

「ああ。でも俺は、自分の罪を赦したわけじゃない。本当はまだ、アレンへの後ろめたさもある」


 ヤコブは自戒の念を僅かに浮かべ、紙カップを持つ指が力んだ。カップの縁から中心へと、ベージュ色の波紋が集まる。

 その告白を聞き、すっかり喜びが消えたシモンは尋ねた。


「ねえ。一昨日の戦い、本当はちゃんと戻って来るつもりなかったよね」

「なんでわかったんだ」

「棺に入る直前にね。ヤコブ、なんか誤魔化してる気がしたから」


 それを察したのは、ヤコブの手を握って思いを伝える直前だった。以前よりもバンデの絆が強まり、心の繋がりが確かになったから、シモンは不穏を感じ取ったのだ。

 一方的にボコボコにされて情けなかったというのは、ヤコブの性格を考えれば再戦交渉の理解はできる。だが、絶対に逃げないと言って死徒が棺から素直に解放するのは、どう考えても納得いかなかった。

 だからシモンは、バルトロマイが合意するような“条件”をヤコブが提示し解放されたのではないかと、その一瞬で思い至った。心に過った陰は、その予兆だったんだと。

 けれど。バンデの自分に何も言わずに勝手な選択しようとしたことは、怒ってはいなかった。ヤコブのトラウマを覗いて、きつく責められなかった。


「使徒じゃなくなってもいいって、本気で思ってたの? ボクとバンデ解消になるって、わかってても?」

「俺には、使徒でいる資格なんてないと思ったから」

「でも一度、ちゃんと戻って来たよね。あの時、バルトロマイと交渉したって言ってたけど、本当はどんな交渉をしたの?」


 嘘をついて別離しようとしてしまったヤコブは、懺悔のつもりでシモンに全てを明かすことにした。


「猶予をくれって言ったんだ」

「猶予?」

「人生の精算をする猶予。自分の罪を全て認める前に、やり残しをなくしておきたかった。俺の覚悟がわかるやつで、ありがたかったよ。おかげでお前にトラウマを明かせたし、兄貴がテロに巻き込まれたきっかけをアレンに謝罪することができた」

「猶予って、そういうことだったの? 使徒をやめるための、準備をするために……?」


 棺から解放された条件は、自らを取り引き材料にしたのだと知ったシモンは、信じられず憮然とした。


「ヤコブはその選択に、ためらいはなかったの?」

「使徒の肩書きは、俺には相応しくない。バルトロマイ(やつ)にも言われた。お前は使徒じゃない。命を奪ったやつに何が救えるんだ、って。その通りだ。俺が使徒やってるのって、よく考えればおかしいんだよ。だから構わなかった。人を救ってトラウマを克服するよりも、一生罪に苦しむ人生の方が、俺には合ってる」


 罪の肯定は正しい選択だと、今でもヤコブは思っていた。背負った十字架を降ろすという考えは、まだ生まれていない。

 ヤコブの罪悪感はそう簡単に消せるものではないと、シモンもそれなりに理解している。けれど。


「……ダメだよ」

「え?」

「そんなのダメに決まってるでしょ!」


 シモンは衝動的に立ち上がり、声を上げた。珍しく本気で怒っているシモンの顔を、にわかに驚いた様子でヤコブは見上げた。




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