35話 懺悔の時
アレンの後ろでデリックも怨色を浮かべ、再びヤコブを咎め始める。
「罪を重ねることを恐れて、黙っていたくせに。お前は謝罪するだけで、あとはまたのうのうと生きるのか。そんなの赦さない。簡単に人を傷付ける最低な人間は、お前の方だ。僕から夢と命を奪ったお前なんて、生きる価値はない」
「そうだ。今度は僕が、ヤコブの誹謗中傷を拡散してやるよ。『使徒のヤコブは、実の兄を殺した過去を隠している。きっとまた、誰かを平気で犠牲にするつもりだ』って。そうすれば、僕たちが味わった苦しみをお前も噛み締められるだろ!」
アレンも瞋恚の目で、零落による贖いを切望する。
「人を苦しめたやつには、同じ苦しみを与えなければわかるはずがない。わけもわからず死んだ痛みと苦しみをお前もその身で味わわなければ、僕の気が済まない!」
「僕たちと同じ気持ちを、お前も味わえ! ヤコブ!」
言葉を受け止めるつもりで踏ん張っていたヤコブだったが、二人からの怨言に押し潰されるように膝を突いた。身体の端々から、悔恨がウイルスのように身体じゅうに拡散されていく。
過程を静観していたバルトロマイは、それが万遍なく行き渡るよう、淡々とした口調でヤコブに罪責を浸透させていく。
「懺悔だけで罪が免除されると思うか。僅かでも懺悔に希望を抱いた事を恥と知れ、頑愚。お前は此処で、己の罪の償いをするのだ。贖罪は無意味。お前の身を以て償う事でしか、懺悔と見做されぬ」
「俺は……赦されちゃいけない……」
「子供故と執行猶予が付くと思うか。改めて、過去の己に立ち戻ってみるが良い。己がどれだけ愚かであったかを」
そう言うと、ヤコブの姿と人格は十二歳当時に変わった。そして少年ヤコブは、頑として無罪を訴える。
「だけど。先に俺と約束したのに、後回しにした兄貴も悪い!」
「まだ言うか」
「俺は、自分の気持ちを正直に出しただけだ。全部俺が悪いわけじゃない!」
「思慮が浅い。幼稚も幼稚だな」
「俺はいいことをしたかっただけだ! それの何が悪いんだよ!」
「非常に独善的だな。人間は皆そうだ。己が正しいと信じ、己が正しいと思う事を吹聴し、真実だと惑わせる。真に真実だと知る者はいないにも拘わらず、其の嘘で周囲を騙す。其れが、幼稚で思慮が浅いお前の行動だ。他人を救うなどと言う、高尚な存在で居られる人間では無い。お前が他人を救うなど、過去の己を隠匿する為に過ぎぬ」
そしてまた、現在のヤコブの姿に戻った。幼稚で愚かな過去の自分を振り返ったヤコブは、まさにバルトロマイの言う通りだと頑愚な自分を肯定し始める。
(そうだ。周りに俺の罪がバレればきっと、リアルでもネットでも暴言を吐かれる。こんな俺に、他人を救う資格なんてない。本当は使徒なんて名乗れないんだ)
「頑愚な人間よ。己の罪を悔い、生きるに値しない存在と認めるか」
ヤコブは、やはり自分は使徒に相応しくない人間だと思い知る。ところが、納得していない十二歳のヤコブが彼の中に現れた。
「おかしいよ! なんで俺だけが悪者にされるんだよ!」
「俺が悪い。全て俺が導いた運命だ」
「たかが子供がしたことに、なんでみんなそんなにむきになるんだよ!」
「子供でも、認めるべき罪は認めなきゃならない。償うべきなんだ」
「こんなの認めない! 俺だけ責められるなんて不公平だ! 兄貴も責められるべきなのに!」
「違う!」
主張を撥ね退けると十二歳のヤコブが分離して目の前に現れ、ヤコブは過去の自分と向き合った。
「なんて言おうと、兄貴の気持ちを裏切った俺が悪い。俺は、兄貴の夢を応援してただろ。だからあの日は、快く見送るべきだったんだ。サプライズに拘って我儘なんか言わずに、一言『頑張れ』って言えば、俺もプレゼントをあげられたんだ。大人にならなきゃダメだったんだよ。いつまでも、甘えてばかりのかわいい弟でいられないんだから」
ヤコブは、過去の自分に優しく言い聞かせた。だが、少年ヤコブは不満気で、簡単に気持ちの切り替えができない。
「……俺が悪い?」
「そうだ」
「みんなが、そう言ってるから?」
「俺もそう思ってるからだ」
「兄貴も、俺を責めてる?」
「きっと、一番赦してくれない」
すると少年ヤコブは、悲しげな表情を窺わせる。
「……兄貴には、嫌われたくない」
「そうだな。それじゃあ、償わなきゃな」
ヤコブの説得に首肯すると、少年ヤコブは消えた。
整理を終えたヤコブは、完全に覚悟を固めた面持ちとなる。
「頑愚よ。過去と相対し、全てを受け入れたか」
「……ああ」
「此処で堕ちて然るべきと、理解したか」
「理解した」
「ならば。残りの己の成すべき事も了解しているな」
「……覚悟はできた」
すると、足元から茨の蔓が伸びて身体に巻き付き、再びヤコブを拘束した。
「では。最後に懺悔を聞き届けてやろう」




