29話 憚ってきた自白
ヤコブは自ら連絡し、アレンと待ち合わせの約束をした。そして今、再会の場となったブランチレストランで一人で待っている。
空は薄曇りなのに、白いテーブルが酷く眩しく感じる。このテーブルが鏡だったら、今どんな顔をしているのか、ちゃんと覚悟を決めた表情をしているのかわかるのだが。
心の状態から推測すると、緊張した顔はしているんだろうなと、俯瞰できるくらいの気持ちの余裕はどこかあった。
「ヤコブ」
口に付けていない紅茶のグラスに水滴が浮いてきた頃、アレンはいつも通りの好青年ぶりで現れた。
アレンは、注文したコールドプレスジュースを持ってヤコブの正面に座った。
「連絡してくれてありがと。また会えなくなるのかと思った」
「あのまま、また疎遠になるのも申し訳ないと思ってさ……。急に呼び出して、迷惑だったか?」
「問題ないよ。バイトのシフトは変わってもらったけど」
「それはごめん」
申し訳なく思い謝ると、冗談で言ったアレンは「気にするなよ」と一笑したが、ヤコブは微苦笑が精一杯だった。覚悟したわりに、いざとなると緊張感が増してきた。
「それで、どうした? 話って、電話じゃ話せないこと?」
「うん……。一つは。撮影の途中で帰ったことと、キャンセルしたことを謝りたくて」
「あー、それか。マネージャーさんから、体調不良だって聞いたけど。悪魔と戦って怪我した? 大丈夫なのか?」
「うん。まぁ……。でも、急にごめん」
「気にするなよ。ヤコブは僕たちの代わりに戦ってくれてるんだから、それを差し置いてMV優先しろなんて言わないよ」
アレンは出演キャンセルの事情を理解して、寛容に受け止めてくれていた。そう思っているならと、ヤコブは正確な事情を話すのを省略した。
「それじゃあ。撮影再開できるのか?」
身体は大丈夫そうな様子を見て、アレンは期待を込めて尋ねた。
「それは、もう少し待ってくれないか。今は片付けなきゃいけないことがあるから、それが終わってから、また改めて連絡するよ。新曲リリースに間に合うといいんだけど」
「ヤコブも大変だもんな。わかったよ。スケジュールはどうにでもなるから、気にしなくていいよ」
「なら、よかった」
「話って、そのこと? そのくらいなら、電話でよかったのに」
「本当に話したいことは、ここからなんだ」
ヤコブは切り出す前に、氷が溶け出した紅茶を飲んで乾いた口を潤した。
いざ面と向かうとやはり怖くて、出そうとする言葉を全て飲み込み、胸の奥に鍵を掛けて封印してしまいたくなる。けれど、アレンには明かさなければと決めた。兄デリックと信頼関係にあった彼には、知らせておかなければと。
しかし、目を見る勇気はなかった。ヤコブは俯き加減で、恐る恐る口を開く。
「……アレンに、謝らなきゃならないことがあるんだ」
「MVの件の他に?」
「昔……カレッジの頃に、オーディションあっただろ」
「うん」
「あの、二次オーディションをアレンたちが受けられなくなったのは……俺のせいなんだ」
「ヤコブの……? でも。だって、あれは……」
「兄貴は……駅の爆弾テロの犠牲になった……。でも、そうなったのは……俺が原因なんだ」
突然の告白に、アレンは眉根を寄せた。
「……どういうことだよ」
ヤコブは、あの日あったことの全てを包み隠さず話した。
大事なオーディションだとわかっていながら、デリックをわざと足止めをしたこと。そのせいで、電車に乗り遅れたこと。その結果、デリックが爆弾テロの犠牲になったことを。
「…………」
大事な仲間を喪った真実を聞いたアレンは、言葉を失った。
「俺のせいなんだ。兄貴が死んだのも、オーディションを受けられなくなったのも、全部。俺が、夢を奪ったんだ……」
「……マジかよ……」
驚愕の事実を知り、なんとか出た一言を深い溜め息とともに吐き出し、アレンは頭を抱える。
ヤコブは、テーブルに額が付くくらい頭を下げた。
「ごめん! 本当にごめん! 子供の我儘だからって赦されることじゃないのは、わかってる。俺の愚かな行動が、夢も命も奪ったことは償いきれない。だから、俺に報復してくれてもいい。気が済むまで、面罵するなり暴力を振るうなりしてくれ。身体も名誉も傷付いて構わない。俺は、それ以上のことをアレンたちにしたから!」
アレンは、頭を抱えたまま沈黙を続けた。事実を受け止めきれず、整理をしているのか。それとも、ヤコブに対する怒りや恨みが沸々と込み上げてきているのか。
この沈黙の時間が、ヤコブはとても恐ろしかった。アレンが口を開けた瞬間、どんな言葉に滅多刺しにされるのかと。
怖くて頭を上げられない。アレンの顔を見ないまま、姿をくらましてしまいたかった。
そうして、沈黙の状態が三分ほど続いた時。アレンが口を開いた。




