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イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第3章 Nähern─強さの裏側に─

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29話 憚ってきた自白



 ヤコブは自ら連絡し、アレンと待ち合わせの約束をした。そして今、再会の場となったブランチレストランで一人で待っている。

 空は薄曇りなのに、白いテーブルが酷く眩しく感じる。このテーブルが鏡だったら、今どんな顔をしているのか、ちゃんと覚悟を決めた表情をしているのかわかるのだが。

 心の状態から推測すると、緊張した顔はしているんだろうなと、俯瞰できるくらいの気持ちの余裕はどこかあった。


「ヤコブ」


 口に付けていない紅茶のグラスに水滴が浮いてきた頃、アレンはいつも通りの好青年ぶりで現れた。

 アレンは、注文したコールドプレスジュースを持ってヤコブの正面に座った。


「連絡してくれてありがと。また会えなくなるのかと思った」

「あのまま、また疎遠になるのも申し訳ないと思ってさ……。急に呼び出して、迷惑だったか?」

「問題ないよ。バイトのシフトは変わってもらったけど」

「それはごめん」


 申し訳なく思い謝ると、冗談で言ったアレンは「気にするなよ」と一笑したが、ヤコブは微苦笑が精一杯だった。覚悟したわりに、いざとなると緊張感が増してきた。


「それで、どうした? 話って、電話じゃ話せないこと?」

「うん……。一つは。撮影の途中で帰ったことと、キャンセルしたことを謝りたくて」

「あー、それか。マネージャーさんから、体調不良だって聞いたけど。悪魔と戦って怪我した? 大丈夫なのか?」

「うん。まぁ……。でも、急にごめん」

「気にするなよ。ヤコブは僕たちの代わりに戦ってくれてるんだから、それを差し置いてMV優先しろなんて言わないよ」


 アレンは出演キャンセルの事情を理解して、寛容に受け止めてくれていた。そう思っているならと、ヤコブは正確な事情を話すのを省略した。


「それじゃあ。撮影再開できるのか?」


 身体は大丈夫そうな様子を見て、アレンは期待を込めて尋ねた。


「それは、もう少し待ってくれないか。今は片付けなきゃいけないことがあるから、それが終わってから、また改めて連絡するよ。新曲リリースに間に合うといいんだけど」

「ヤコブも大変だもんな。わかったよ。スケジュールはどうにでもなるから、気にしなくていいよ」

「なら、よかった」

「話って、そのこと? そのくらいなら、電話でよかったのに」

「本当に話したいことは、ここからなんだ」


 ヤコブは切り出す前に、氷が溶け出した紅茶を飲んで乾いた口を潤した。

 いざ面と向かうとやはり怖くて、出そうとする言葉を全て飲み込み、胸の奥に鍵を掛けて封印してしまいたくなる。けれど、アレンには明かさなければと決めた。兄デリックと信頼関係にあった彼には、知らせておかなければと。

 しかし、目を見る勇気はなかった。ヤコブは俯き加減で、恐る恐る口を開く。


「……アレンに、謝らなきゃならないことがあるんだ」

「MVの件の他に?」

「昔……カレッジの頃に、オーディションあっただろ」

「うん」

「あの、二次オーディションをアレンたちが受けられなくなったのは……俺のせいなんだ」

「ヤコブの……? でも。だって、あれは……」

「兄貴は……駅の爆弾テロの犠牲になった……。でも、そうなったのは……俺が原因なんだ」


 突然の告白に、アレンは眉根を寄せた。


「……どういうことだよ」


 ヤコブは、あの日あったことの全てを包み隠さず話した。

 大事なオーディションだとわかっていながら、デリックをわざと足止めをしたこと。そのせいで、電車に乗り遅れたこと。その結果、デリックが爆弾テロの犠牲になったことを。


「…………」


 大事な仲間を喪った真実を聞いたアレンは、言葉を失った。


「俺のせいなんだ。兄貴が死んだのも、オーディションを受けられなくなったのも、全部。俺が、夢を奪ったんだ……」

「……マジかよ……」


 驚愕の事実を知り、なんとか出た一言を深い溜め息とともに吐き出し、アレンは頭を抱える。

 ヤコブは、テーブルに額が付くくらい頭を下げた。


「ごめん! 本当にごめん! 子供の我儘だからって赦されることじゃないのは、わかってる。俺の愚かな行動が、夢も命も奪ったことは償いきれない。だから、俺に報復してくれてもいい。気が済むまで、面罵するなり暴力を振るうなりしてくれ。身体も名誉も傷付いて構わない。俺は、それ以上のことをアレンたちにしたから!」


 アレンは、頭を抱えたまま沈黙を続けた。事実を受け止めきれず、整理をしているのか。それとも、ヤコブに対する怒りや恨みが沸々と込み上げてきているのか。

 この沈黙の時間が、ヤコブはとても恐ろしかった。アレンが口を開けた瞬間、どんな言葉に滅多刺しにされるのかと。

 怖くて頭を上げられない。アレンの顔を見ないまま、姿をくらましてしまいたかった。

 そうして、沈黙の状態が三分ほど続いた時。アレンが口を開いた。




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