30話 整理不頓
ヤコブは、テーブルに額が付くくらい頭を下げた。
「ごめん! 本当にごめん! 子供の我儘だからって赦されることじゃないのは、わかってる。俺の愚かな行動が、夢も命も奪ったことは償いきれない。だから、俺に報復してくれてもいい。気が済むまで、面罵するなり暴力を振るうなりしてくれ。身体も名誉も傷付いて構わない。俺は、それ以上のことをアレンたちにしたから!」
アレンは、頭を抱えたまま沈黙を続けた。事実を受け止めきれず、整理をしているのか。それとも、ヤコブに対する怒りや恨みが沸々と込み上げてきているのか。
この沈黙の時間が、ヤコブはとても恐ろしかった。アレンが口を開けた瞬間、どんな言葉に滅多刺しにされるのかと。
自業自得だが、怖くて頭を上げられない。アレンの顔を見ないまま、姿をくらましてしまいたかった。
そうして、沈黙の状態が二分ほど続いた時。アレンの口が開いた。
「そうか……。そうだったのか……。あの言葉は、そういう意味だったのか」
口にしたのは、何かを理解したような独り言だった。
全く予想もしていなかった言葉で、ヤコブは恐る恐る顔を上げた。アレンの表情に戸惑いは窺えるものの、怒りや恨みの感情は出ていなかった。
ヤコブと目を合わせたアレンは、正直な思いを言う。
「まず、これは言っとく……。ヤコブ。僕はお前を恨んでない」
「えっ……」
「今の話を聞いて、信じたくなかったのは本当だよ。でも、ヤコブも後ろめたく思ってたんだろ。事件のあとから僕たちを避けてたし、連絡もしなかったんじゃなくて、断ち切ろうとしたんじゃないのか?」
「……」
「お前なりに、たくさん反省したんだろ?」
「反省したって、俺がしたことは……」
「だけど、ずっと抱えてきたんだよな」
「ダメだアレン。そんな言葉を掛けて俺に同情するな」
自分は赦されてはならないと、ヤコブはアレンの同情を拒否する。
「正直、複雑だよ。いろいろ思うことはある。でもヤコブの過ちは、デリックの死とは何の因果関係もない」
「そんなことはない。全部俺のせいだ。兄貴もきっと、俺を恨みながら……」
ヤコブがアレンの同情をここまで拒むのは、喪ったものの大きさと重さが普通ではないことをわかっているからだ。
当時のヤコブとデリックの兄弟仲を知るアレンは、少なからずその胸中を推し量ることができる。だから、抱える罪悪感を少しでも軽くしてやろうとした。
「デリックがどう思っているかはわからない。だけど、少なくとも僕は、ヤコブを恨んでない。あの時オーディションを受けられなかったことは、僕たちの運命だったんだ。神様が、まだデビューは早いって言ったんだよ。お前が気にするほど重大なことじゃない。実際、僕たちはメジャーデビューを果たすことができた。結果を出せなくて一年しかメジャーの舞台は踏めなかったけど、メジャーでの再デビューを目指してる。僕たちの夢がなくなったわけじゃない」
「でもアレンは、兄貴とデビューしたかったんじゃないのか」
そう言われたアレンは、僅かに動揺した。
バンドを組んだ当時、デリックの演奏と歌声に惚れてデビューを目指したところはあり、眩しいステージの上でデリックの横で演奏するのがアレンの夢だった。
その夢が絶たれた時の感情は、過去に置いて来たはずだった。
「……それを言ったところで、どうしようもないよ」
アレンは、ふいに甦ってきた悔しさを堪えて言った。表情と言葉に隠しきれない無念を、ヤコブは感じ取った。
「……とにかく。もうそんなに罪悪感を引き摺らなくてもいい。前向きにならなきゃダメだ。お前を責める人はいない。だからヤコブも、そろそろ自分を赦してやれよ」
アレンは、未練がましく甦った無念を押し込めるように言った。だが、アレンの無念を知ってしまったヤコブは、自分を赦すことなどできない。
「あ。そうだ。ヤコブさ、きっと僕たちの曲、インディーズの初期から聴いたことないだろ」
「え? ……うん」
「だと思った。CD全部持って来ようかと思ったんだけど、突き返されたら嫌だなと思って、とりあえず一番最初のやつだけ持って来た」
アレンは、ショルダーバッグの中から一枚のCDを出した。ジャケット写真は、青空を背景にメンバーの指で象った星だ。
「五曲入ったミニアルバム的なやつなんだけど、このうち三曲をデリックが作詞してる」
「兄貴が……」
デリックが作詞をしていたのは、ヤコブは初耳だった。
「中でも聴いてほしいのが、一番最後の『Special Shoes』って曲。きっとデリックも聴いてほしいはずだから、気分が良くなったら聴いて」
アレンはこのあと、メンバーと練習があるようだ。もう一つ話したいことがあったが、今度時間が作れた時に話すと言い、CDを置いて帰って行った。
ヤコブは、白いテーブルに置かれた土産に触れるのは気が進まなかったが、置いて帰っても持ち主不明の忘れ物として処分されてしまいそうだと思い、持ち帰った。