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イア;メメント モリ─宿世相対─  作者: 円野 燈
第3章 Nähern─強さの裏側に─
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27話 暗闇の追憶



 職場に早退を申し出て帰って来たヤコブは、ベッドに仰向けになっていた。額に手を置き、半分しか見えなくなった天井を無気力に見つめている。


「ヤコブ」


 シモンがカモミールティーを淹れて来てくれたので、ヤコブは怠そうに起き上がってマグカップを受け取った。温かいカップから湯気が立ち上り、甘く優しい香りが鼻腔を撫でた。


「よかったね。カモミールティー買っておいて」

「本当だな」


 シモンは隣に座り、二人は一緒に飲んだ。

 昼間の暑さは、夕方になり和らいできている。夏の緯度で空を移動する太陽は、まだ地平線より高い位置をのんびりと下っているところだ。

 二人の部屋の隣のリビングルームでは、料理当番のペトロが夕飯の準備をしている。きっと、事務所の業務を早めに切り上げたユダが手伝っているはずだ。

 シモンはヤコブの体調を窺う。


「気分、落ち着いた?」

「落ち着いてるよ。思ったほどダメージ食らってねぇし」


 そう言うわりには、声にいつもの張りがない。


「強がっちゃって」

「強がってねぇよ」

「誤魔化さなくていいよ。バンデだから、嘘つくとわかっちゃうから」


 バンデの繋がりが以前よりも強くなっているおかげで、全てではないが、シモンに見透かされてしまっているようだ。


「そうだったな」


 それでは嘘をついたり誤魔化しても敵わないと、ヤコブは微苦笑した。

 カモミールティーをもう一口飲むと、ヤコブは浮かない表情でシモンに話し始めた。


「……この前さ。公園で戦闘になった時、俺が危険を侵しそうになっただろ」

「うん」

「あの時、あの子供と昔の自分が重なったんだ」

「昔のヤコブと?」


 そして、戻れない過去に遡る。シモンはいつも通りの雰囲気で、心を向けて聞いた。


「十二歳の時のことなんだけどさ……。俺には、四つ上の兄貴がいたんだ。頭良くてイケメンでさ。自慢の兄貴だった。趣味でギターやってて、あのギターはもともと兄貴が使ってたやつなんだ」


 ヤコブは、クローゼット横のカバーに入ったギターに目をやった。


「そうだったんだ」

「カレッジに上がると、兄貴は先輩に誘われてバンドを組んだ。そのバンドの結成当時のメンバーが、俺にMV出演のオファーをくれたアレンとジェレミーだったんだ」

「お兄さんの学校の、先輩だったんだね」

「俺、しょっちゅう練習に付いて行ってたんだけど、みんな演奏上手くてさ。兄貴の歌声も最高で、俺はプロになれるって毎回言ってた。そしたら、有名レーベル主催のオーディションにエントリーした兄貴たちは、一次審査を通過したんだ。その頃はまだ、インディーズでもなかったのに」

「本当に? すごいね、お兄さん」


 自慢だった兄がシモンに褒められると、ヤコブの表情が少しだけ和らいだ。


「だろ? すごいよな。演奏動画を上げてたんだけど、その実力が密かに噂になってて、優勝候補にまで上がってたらしいんだ。親父も母さんも友達もみんな、きっとこのままプロデビューするんだって期待してた。でも……」


 しかし、また気持ちが沈鬱し、表情が翳る。


「俺のせいで、できなかった」

「ヤコブのせいで?」


 表情が暗くなり、ヤコブの心が沈むのをシモンは何となく感じた。ここから先は、彼の心が許した者しか入ることができない領域だと。


「二次審査は、レーベル本社で審査員を前にした演奏審査だった。その日がちょうど兄貴の誕生日で、俺はサプライズプレゼントを用意してた。兄貴にもそれを予告してて、楽しみにしてるって言ってくれてた」

「どんなサプライズを用意してたの?」

「弾き語りだよ。兄貴に演奏の仕方を教えてもらってたから、隠れて一生懸命練習して、その成果を見せて喜ばせたかったんだ。だけど、兄貴はオーディションに行かなきゃならなくなって、俺は約束を破られたと思って納得いかなくて、当日の出発前、兄貴のギターを奪って駄々をこねたんだ。それがいけなかった」

「……何があったの?」


 一瞬、訊くのをためらった。けれど、ヤコブの心の一部を占領している、陰雲に覆われた暗澹を自分が見なければと、慎重に尋ねた。少し、怖い気もした。

 ヤコブは、暗澹の中核を口にする。




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