15話 不協和音
そのまま芝生の広場でワンカット撮ると、池まで移動した。公園で一番大きな池は歩道が整備され、ベンチもあって散歩の合間の休憩にもちょうどいい場所だ。
「じゃあ次は、このベンチに座って思い悩む姿を撮るぞ。で。ヤコブには、これを持ってもらいたい」
アレンは、私物のテレキャスタータイプのギターをヤコブに差し出した。
「ギター……」
「これを持って、夢を見続けるのか諦めるのか悩む姿を撮りたい」
「……持たなきゃダメか?」
「何も持たない臆病な主人公が、勇気を振り絞る大事な場面なんだ」
ヤコブはまた厭わしげな表情を滲ませ、手を伸ばすのをためらう。自分には触れる資格はないという、無言の主張のように。
その時。音楽は誰も拒まないと言われたことを思い出す。シモンがそう言ったから、ヤコブはこの仕事を受ける決意ができた。一歩歩み寄ってみようと、勇気を持てた。
シモンの言葉に背中を押されるように、ヤコブはためらいながらギターを受け取った。
「それじゃあ、撮ってみよう」
ギターを持ったヤコブがベンチに座ると、スマホでの録画が始まる。
「…………」
だが、次第に顔色が悪くなってしかめっ面になり、ギターを拒みたくなってくる。
「……アレン。やっぱり……」
このシーンは撮れないと、言おうとした時だった。ヤコブとヨハネが悪魔出現の気配を感じるのと同時に、池のすぐ隣の噴水のある方から騒がしい声が聞こえて来た。
「ヤコブ!」
「わかってる」
「どうかしたのか?」
「もうすぐ悪魔が現れる。アレンたちはここから離れてくれ」
「悪魔が!? わ……わかった!」
二人は周囲にいた他の一般人にも避難を促し、噴水の方へ駆けて行った。
ヤコブとヨハネが噴水前に駆け付けると、母親に抱かれた十歳くらいの少年が、苦しそうに呻きながらジタバタと暴れていた。
「大丈夫ですか!」
「あっ。使徒の……! この子が、急に叫び声を上げて暴れ出して……。これって……」
母親は薄々察しているようで、不安な表情で助けを求めた。
「息子さんは、悪魔に憑依されてます。まもなく悪魔が出現するので、息子さんは僕たちに任せていったん避難して下さい」
「大丈夫ですよね?」
「任せてください」
息子を心配し酷く憂う母親に対してヨハネは自信満々に言い切ると、男の子の妹を連れて母親は離れて行った。
人払いもしたところで戦闘領域を展開した。少年は地面に転がり悲しそうに呻いているが、まだ悪魔は出て来そうにない。なのでヨハネは、今のうちにヤコブの体調を確認する。
「ヤコブ。お前、大丈夫か?」
「何が」
「誤魔化すな。池で撮影を始めた時から、また様子がおかしいぞ。体調悪いなら……」
「なんのことだよ。俺はいたって元気だぞ」
再三の不調を指摘するヨハネの言葉を、ヤコブはまた平静を装って退けた。強がり続ける態度に、ヨハネは眉頭を少し寄せる。
「て言うか。子供に憑依する悪魔の相手って、何気に初めてだな」
「ああ。大人と違う対処法を考えた方がいいのかな……」
初めてのパターンに戸惑っていたそこへ、アルバイト中のペトロと遊びに行っていたシモンも駆け付けた。
「悪魔はまだ出て来てないんだね」
「友達を放ったらかしていいのか、シモン?」
「全然大丈夫。悪魔倒しに行って来るって言ったら、応援して見送ってくれたから」
付き合いが悪いとわざとハブられたりしそうだが、シモンの友達はちゃんと理解をしてくれている。「類は友を呼ぶ」とは、こういうことだ。
「ところで。子供に憑いてる悪魔でも、同じやり方でいいのか?」
ペトロもこのパターンは初めましてなので、ヨハネに訊いた。
「それが、どうしようかってところなんだ。このケースは初めてで、様子を見ながらがいいと思う」
「いつものように戦っちゃダメなのか?」
「他の悪魔同様に凶暴だとは思うけど、いつも通りのやり方で負担がどのくらい掛かるかだな。子供だから、そのへんがちょっと心配だ」
「いつもなら、ある程度成長した人だけど、身体的にも精神的にも未熟な子供だと、戦闘中の負荷に加えて深層潜入の負担も考えた方がよさそうだよね」
まだ幼い子供の場合でも祓魔の方法は同じだが、いつもとは違い手際のよさが求められる。後遺症が残ることはないが、苦しむ少年を一秒でも早く助けるという目的は、いつもと変わらない。
「じゃあ。ちゃちゃっとやっちゃった方がこの子のため、ってことか」
「ゔゔゔ……っ」相談を終えた時、少年の様子が変わってきた。
「来るぞ!」
「あ"あ"あ"……っ!」少年の身体から黒い霧が噴き出し、悪魔を形作った。




