10話 OFF&ON
数日後。迫る夏でより眩しくなってきた日差しが、フロントガラスを突き破ってくる午後。ユダはペトロを乗せ、アレクサンダー広場を背に車を走らせていた。
今日は、「仕事争奪ショート動画いいね対決」で勝ち取ったスキンケア商品の広告の打ち合わせがあり、その帰り道だ。
「いやぁ。熱がすごかったね」
「本当だよ。気のせいじゃなくて、絶対外より暑かった」
二人がしているのは、打ち合わせで訪れた化粧品メーカーの室温の話ではなく、打ち合わせをした宣伝担当者の話だ。
今回ペトロの起用を心から望んでいた担当の女性社員は、対面した瞬間に熱烈な握手とハグをペトロにプレゼントした。
打ち合わせでは、炭酸水の広告を見て肌の美しさに目を奪われたという話から始まり、スキンケアは何を使っているのか、日頃気をつけていることは何か、一年中日焼け止めクリームは塗っているのかなどなど、三十分ほど質問攻めに合った。
おかげで、熱中症になりかけかと疑うほどのヘロヘロ具合になったのは、言うまでもない。
「メールだと、ペトロかヤコブくんで迷ってるって話だったけど、本心が丸わかりだったね」
「本当にすごかった。フィッシャーさんのこと思い出したよ」
「確かに。でも、フィッシャーさんの方が圧があったよね」
「あの人も、なかなかのマシンガントークだからな」
ペトロはテイクアウトしたアイスカフェラテを啜り、彼女は今日もあの熱量で仕事をしているんだろうかと思いを馳せた。
「あの早口は真似できないね……。何にしろ、一緒に仕事ができることを喜んでもらえてよかったよ」
「ユダも嬉しそうだしな」
「そりゃあ、もちろん。ペトロがベタ褒めされたんだもん」
これも言わずもがなだが、ユダとフィッシャー氏の掛け合いを彷彿とさせたことも、ただの打ち合わせでペトロが疲労した原因である。
「最初から思ってたけど、ペトロは女性の肌みたいにキレイだよね。それで何もスキンケアしてないのは嘘だよ」
「宣伝担当と同じこと言うなよ」
「でも事実じゃない。ペトロは何もしなくても、全身キレイだよ」
「今、全身褒めるところじゃない」
バックミラー越しに微笑むユダと視線が合ったペトロは、羞恥してちょっと赤くなった。そのまま大人の会話になる前に、もらってきた紙袋の中身の話題に変える。
「ていうか。サンプルもらえたりするんだな」
ペトロの脇には、今回宣伝するスキンケア商品のサンプル一式が入った紙袋があった。撮影当日まで使ってほしいと渡され、今日から二週間使い続けてから撮影に挑むことになる。
「宣伝する本人が効果を知らないと、説得力がないからね」
「これを二週間、朝と夜必ずか。スキンケアしたことないから、ちょっと面倒臭そう……」
「これも仕事だよ。なんだったら、私が塗るの手伝おうか?」
「変なとこまで塗られそうだからいい」
一緒にシャワーを浴びたときのことを思い出して、断った。遠慮しなくてもいいのにと、ユダは少々残念がる。
「それじゃあ。その代わりじゃないけど、平日サービスでちょっとデートしようか」
「いいのか? 今、ヨハネたち戦闘してるけど」
「三人行ってるし、私たちがいなくても大丈夫だよ」
「そうだな。じゃあ、このままドライブしよ。行き先はユダに任せる」
「お任せください」
ユダのアテンドで車を西へ走らせ、二人はしばしデートを楽しむことにした。
その頃ヤコブたちは、住宅街で悪魔と戦闘状態にあった。出現時は病院がすぐ側だったので、そこから悪魔を交差点まで誘導し、戦闘領域を限定して戦闘を開始した。
現在ヨハネが潜入し、ヤコブとシモンが戦っている。
「祝福の光雨!」
「天の罰雷!」
「ギ∌¿@ッ!」
光の弾丸と雷を浴びながらも二人と間合いを取った悪魔は、念力のような力で道路の両側に列を成して停まっていた車を浮き上がらせ、二人に向けて投げ飛ばした。
「防御!」
シモンは防壁で防ぐが、普通乗用車なのに大型トラックが突っ込んで来たくらいの衝撃が身体に伝わってきた。
続けて二台目が飛んで来てシモンは再び防御しようとしたが、状況判断したヤコブが身体を抱えて退避させた。
「ヤコブ!?」
「たぶんあれは防御しきれない。めんどくせぇけど、一台ずつぶっ壊すぞ」
「どうせ原状回復できるしね」
また一台飛んで来て二人は回避する。地面と衝突した車は、衝撃音と同時に前方がぺしゃんこになった。悪魔の力で加速度が上げられたことで起きる衝突時の車への衝撃は、ペットボトルが潰されるのと同等だ。
回避した二人は二手に別れ、車の破壊を開始する。




