8話 辿る輪郭①
休日。買い物に出たユダとペトロは、少し遅めの昼食で“博物館島”近くのハンバーガー屋に立ち寄った。
エレガントなシャンデリアに、ベロア調やチェスターフィールドソファーなどスタイリッシュな椅子で揃えられた、クラシカルな雰囲気の店だ。老若男女に利用され、今日は仲の良いご近所さんたちの井戸端会議にも使われているようだ。
ユダはオーソドックスなハンバーガーとアイスアメリカーノ、ペトロはチェダーチーズバーガーとジンジャーエールにし、二人ともフライドポテトをセットで頼んだ。
二人は通りが見える窓際の席に座り、ハンバーガーを頬張る。パティが厚くて見た目も大きく食べ応え十分で、ポテトもサクサクに揚げられている。
「ペトロは、博物館島には行ったことある?」
「たぶん、ないかな。美術品とか絵画見ても、難しくて退屈そうだし」
「確かに。せっかくエンタメを楽しむなら、映画とかの方がいいもんね」
「ユダは?」
「事務所や使徒で忙しくなる前に、一度だけ。その時は、ペルガモン博物館に行ったよ。オリエンタルな古代遺跡が迫力あって、タイムスリップした感覚が味わえたし、石像や彫刻もあってとても見応えがあったなぁ。古代の歴史に興味があったら、オススメだよ」
「歴史はあんまり興味ないけど……。ユダがオススメするなら、ちょっと見てみたいかも」
「じゃあ、今度行こうか」
確かチケット先に取った方がいいんだよねと、ユダは楽しそうにスマホのカレンダーアプリを見ながら、早くもデート計画を立て始めた。
これまで話を聞いていると、ユダは一人で州内を回っていて、記憶喪失でも結構行動的なんだなとペトロは感じている。
「あのさ。ユダって博物館行ったり、前はグルーネヴァルトにもドライブで行ったって言ってたじゃん。結構いろんなところ行ってるの?」
「うん。大体、一人でだけどね。住んでたらしいけど全く覚えてないから、探検気分で回ったよ」
自ら記憶喪失のことに触れても、ユダはやっぱり事も無げだ。それだけ今の自分を受け入れているのだろうが、気にしていないなら、それはそれでペトロは気になってしまう。
尋ねたところで、語れるエピソードは少ないだろう。けれどやはり、記憶を失ってからのことを知りたくて話を切り出した。
「なぁ、ユダ。嫌じゃなければでいいんだけど、記憶喪失になってからのことを聞きたいんだ」
「聞きたいって言われても……。大して話すことはないよ?」
「でもオレ、ユダのこと全然知らないし。この一年半くらいの記憶しかなくても、そのあいだどんなことをしてたのか、どんなふうに暮らしてたのかを聞きたいんだ」
「そっか……。私だけペトロの過去を知ってるのも、不公平だしね……。じゃあ。退院してからのことを話すよ」
ユダは、カレンダーアプリを閉じた。
窓の外を走る黄色いトラムが、架線と線路に沿って真っ直ぐに通過する。家族連れなど多くの人を乗せて、目的地へと連れて行く。
ペトロは、フライドポテトにハニーマスタードソースを付けて食べながら、耳を傾けた。
「ロシアのサンクトペテルブルクの病院を退院して、私はすぐにこっちに来た。バッグの中に、航空チケットとパスポートが入ってたんだ。でも入院してたから、チケットは取り直した。こっちに着いてからは、身分証に書いてあった住所を頼りに、なんとか自分が住んでた部屋に着いた。でも、生活は問題なかったんだけど、大学のことは困って」
「そういえば、大学に行ってたんだっけ」
「でも行ってたことも覚えてなくて、この状態で行く訳にもいかなかったから、休学届けを出したんだ」
「勉強してたのに、残念だな」
「参考書はあるけど、志した理由がさっぱりだし。この状態で行っても、きっと一から学び直しになるしね」
と、ユダは休学したことも大して気にしていない。
「使徒の役目が終わった時に記憶が戻っていれば、復学するつもりだよ。使徒の役目を背負うこともその時点でわかってたから、どっちみち休学したかもね」
ユダが使徒になったタイミングは初耳だったペトロは、ポテトを摘もうとした手をいったん止めた。
「その時点でわかってたって……。ユダはいつ、使徒の自覚が芽生えたんだよ?」
「入院中だよ。夢の中で、誰かに言われたんだ。神様のお告げってやつかな」
「『お前は使徒になりなさい』的な?」
「聞いたのは、『あなたの宿命を果たしなさい』だったかな」
「じゃあ、ユダが最初の使徒だったってこと?」
「そうだったのかもね」
ユダも、フライドポテトをハニーマスタードソースに付けて摘んだ。
「休学届けを出したあとは、ミッテ区の北の方に引っ越したよ」
「なんで? 求職のため?」
「金銭面は、ひとまず心配なかったよ。通帳の残高見たら、驚くくらいあったから。引っ越しの理由は、人がたくさん集まる市街地中心に悪魔が現れそうだと考えたからだよ」
「なるほど」
(大学生の貯金額、すごく気になる……)
ペトロは、アルバイトすらしなくてもよかったことが若干引っ掛かるが、話は進められる。




