7話 支えられるプライド
「ヤコブさ。最初、ペトロにモデルマウント取ってたよね。その時から、ペトロを意識してたの?」
「意識してたっつーか……。初めての戦闘で防御したって聞いて、こいつやべぇかもってちょっと思っただけだよ。俺なんて、初戦はテンパったのに」
「初めての戦闘なんて、みんなテンパってたじゃん。だけど、ヤコブちゃんと戦えてたよ」
「そーだけど。なんか悔しくて」
ヤコブはソファーの上で胡座をかき、モヤモヤを眉間に浮かばせる。
ヤコブたちは一緒にスタートラインを切った者同士で、切磋琢磨する関係だった。だが、後から入って来たペトロは使徒としての“才”のようなものを発揮して、せめて仕事面では負けられないと、ヤコブはライバル意識を芽生えさせていたのだ。
「ヤコブって、結構プライド高いよね」
「そんなこと……。ちょっと張り合いたくなっただけだって」
シモンの指摘を完全に否定しなかったヤコブは、砂糖で少し甘くした苦味が強めのコーヒーを飲んだ。
「仕事を取られたのが悔しいのって、モデルの仕事が好きだからなの?」
「え? 好きっつーか……」
「やり甲斐を感じてるの? 使徒の役目が終わったらモデルの仕事を続けようとしてるから、今のうちにたくさんやって、使徒じゃないヤコブ個人を知ってもらおうとしてるの?」
シモンから、恐らくまだ先であろう未来のことを急に訊かれたヤコブは、自分の仕事に対する考え方を少し整理した。
「仕事にやり甲斐はあるよ。だけど、続けようとは思ってない」
「じゃあ。ペトロと張り合うのは、やっぱりプライド?」
「……ま。そうなるのかな」
ヤコブはさっきはプライドを完全に否定しなかったが、今度は、どこか認めたくなさそうに肯定した。
「それじゃあ、落ち着いたら何やるの? もしかして、音楽とか?」
「……え?」
「だって。あそこにギターあるよね。たまに座って見てたりするじゃん」
クローゼットの横に、黒いカバーに入れられたギターが立て掛けられている。だが、演奏に必要なアンプもエフェクターもこの部屋にはない。
「……音楽はやらねぇよ。まともに弾けないし」
ずっと眠ったままのギターに目を遣ったヤコブだったが、すぐに視線を逸らして静かに否定した。
「使徒の役目が終わったら、学校に復学するつもりだよ」
「あ、そっか。そう言えば、継続教育カレッジを休学中なんだっけ。ギター弾いてるところも、見たことないもんね」
「あぁ」
(俺が音楽なんかやったら、きっと怒られる)
だから、弾くためにギターを触る気はなかった。
ヤコブは、気持ちが塞ぎ掛けた視線をコーヒーカップに落とす。するとシモンが、ヤコブの頭をポンポンと撫でた。シモンからそんなことをされたのは始めてだったヤコブは、どうしたのかと横を向いた。
「なんだよ」
シモンは、心配そうな顔で撫でていた。
「だって。なんか傷付いた顔してたから……。音楽のこと、触れちゃダメだった?」
「んなことねぇよ」
「本当に? バンデだから、ヤコブが今どんな心境なのかはなんとなくわかるよ?」
純粋なブラウンの瞳が、憂いを覗かせて見つめる。その寄り添う気持ちだけでも落ち着くヤコブは、微笑んで頭を撫で返した。
「なんでもねぇって」
「我慢しなくていいよ。ハグする? 慰めてあげるよ?」
(ぐっ……)
それでも心配なシモンは、腕を広げてヤコブを抱き締める準備を整えた。そのかわいい懸命さが理性に刺さったヤコブは、本能に負けそうになって必死に堪える。
だが、腕が広げられたことで容易に触れるほっそりボディーの魅惑に、手がワナワナする。
(ぐうぅ……っ)
ヤコブは、理性と本能の狭間で葛藤する。両手は、欲望のままに動きたいと震える。
葛藤に苦しまれたヤコブは、シモンの脇の下に手を伸ばした。しかしハグはせず、甘々になった脇をくすぐった。
「こちょこちょこちょ……」
「ちょっと! やめてよヤコブ! ハグしようって言ったのに! ちょ……やめてよ! あははははっ!」
シモンは脇を閉じ、身体を捩って笑う。ヤコブは一分くらいくすぐり続けた。腹筋が痛くなるほど笑い過ぎたシモンは、涙を浮かべ息を切らした。
「もう〜。いきなりくすぐるの反則だってば〜」
「シモンがかわいいこと言うからだろ。俺の理性を平気で攻撃しやがって」
「だって……。ユダとペトロが堂々とイチャイチャするから、羨ましくて。だからボクも、ヤコブとイチャイチャしたいなって」
(ぐふっ……!)
上目遣いでおねだりされたヤコブは、また理性のど真ん中を貫かれた。
(今たぶん、俺が甘えるシーンだったよな? いつの間にか、甘える側が甘えられる側になってないか?)
「だからってしないぞ」
「この前は、抱き締めてくれたじゃん」
「あの時はあの時だ。付き合う時、イチャイチャはほどほどにするって約束しただろ」
「ボクの十六歳の誕生日までは、節度を保った交際をする……」
「だから、まだお預けだ」
ヤコブは、しゅんとしたシモンの頭をポンポンした。
「でも。ありがとな」
シモンの優しさを思い切り受け取りたい気持ちは山々だが、自分から約束事をした以上は守り切るとヤコブは誓っている。
本当は、心で抱擁して溢れんばかりの感謝を伝えている。だから、早く言葉だけでない方法で、思いを返せる日が来るのを心待ちにしている。シモンも待ち遠しく思っている日を。




