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もぐら國王と彷徨へるオランダ人

〈春の潮思念に寄せるさゞ波よ 涙次〉



【ⅰ】


「あゝ、だうしやう」とテオ。「だうかした?」とカンテラ。

「僕は作家として、谷澤景六として、あの夢物語を、書く譯には絶對に、行かない」「?」「だつてさうぢやありませんか、その儘を書いたのでは、まるで盗作だ!」

 テオは明らかに苛立ち、度を失つてゐた。で、その「夢物語」とは...



【ⅱ】


 その夜も、カンテラ一味(の大人組)ともぐら國王は、髙圓寺の酒場でどんちやんやつてゐた。國王、さんざん酔つ払つた挙句、カンテラ事務所の廊下にごろり。「あゝ、冷たくていゝ氣分だ。俺、こゝで寢ちやはうかな?」「かな?」も何もない。實際、國王はそこで、眠つてしまつた。


 明け方、テオが水を飲みに、猫用の水飲み場に行くと、國王も起きてきて、「水、水」と云ふ。

 蛇口から直かに水をごきゆごきゆ...「あゝ、生き返つた」。テオが「呑み過ぎですよ、國王」と云ふと、「いやカンテラさんたちと呑んでると、樂しくてさ。つひつひ、度を過ごしてしまふ」テオ「僕は酒呑めないから、分からない」


 國王、ふと遠くを見る目つきで「不思議な夢、見たんだ」「どんな夢?」「フライング・ダッチマンつて知つてる? あれに絡んだお話さ」

 テオに云はせると、そこで夢の話を聞いてしまつたのが「間違ひ」の發端だつた。



【ⅲ】


「僕はワグネリアンぢやないから、よく知らないけど、彷徨へるオランダ人つて奴?」「さうさう。神を呪つた咎で、最後の審判の日まで死ねなくなつちやつた、オランダ人の船乘りの話」「へえ、國王。ハイブラウな夢見るんだね」「揶揄つちや、いけねえぜ」


「あのお話のファン・デル・デッケンつて云ふ船乘りは、同朋(はらから)が死に絶えても、自分だけは死ねない。最後の審判、なんてまやかしだから、入滅の日はなかなか訪れない」「あゝ、たしかそんな筋立てだつたね」「七年に一度だけ、上陸する事が出來る、と神は定めるのさ」「ふむふむ」「そこで、その船乘りを深く愛する女と巡り逢へれば、The end、彼は目出度くあの世へ行ける」「不死つて辛いものなんだよね」「さうだ」


「本当なら喜望峰、南アフリカの、の辺りをうろついてゐる筈の、その船が、何故か横浜・本牧埠頭に漂着するんだ、俺の夢では」「ふむふむ。夢だから、それぐらゐの地軸の歪み、あるよね」「さうだ」



【ⅳ】


「そこでファン・デル・デッケンは、セツコつて云ふ女を探してる。港々に女あり、つつう譯で、横浜での情婦(イロ)なんだな、そのセツコつて女は」「ほお」「だが彼女は既に死んでしまつてゐる。フライング・ダッチマンは死ねないから、冥界で彼女に逢ふ事すら、出來ない」「ふむふむ」


「で、俺がトンネルを掘つてやる、」「ち、ちよつと待つて。冥界が地下にあるつてのは、思念上の話で」「だからさ、俺が思念上のトンネルを掘るのさ。夢だから、ね」「あ、さう」「で、俺は奴が蓄へてたお寶を見返りにゲットする」


「目出度くファン・デル・デッケンは、セツコと會ふんだ。そして冥界で仲良く共に死後の人生(?)を過ごす。やうやく死ねたつて事」「へえ、複雑な夢だね」「トンネル堀り以下云々、つて云ふところだけが、俺にとつてのリアル、だねえ」「...」



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂



〈その女夢の(ひと)なり春日傘 涙次〉



【ⅴ】


「その話を」聞き入つてゐたカンテラ、ふと我に返り、「忘れられずに、困つてるつて譯?」テオ「さうなんですよ、兄貴。作家の想像力を超える物が、何かあるんですね」

 

 カンテラ、「南無Flame out!!」の呪文と共に、實體化した。「まあ、氣に病む事あない。俺が、忘れさせてやるよ」テ「マジすか」


 で、カンテラ、腰の物をすらりと拔いた。テ「わ、き、斬るとか云はないですよねえ!?」カ「いや、斬る」テ「そんな!!」すつとテオの頭の上を、刃が掠めた。

「斬つた。但し記憶を、だ」



【ⅵ】


「あれ、僕...」刀身を鞘に収めつゝ、カンテラは莞爾と微笑んだ。「さて、谷澤景六先生、次回作は?」「うーん、今考へ中なんですよ~。どこかにいゝアイディア、轉がつてないかなあ」


 今回は、カンテラ、テオの余分な記憶を斬り取つてあげた、さう云ふお話、でした。めでたしめでたし。



 ⁂  ⁂  ⁂  ⁂



〈しよつぱなの茶席の華の次は酒昔の人はさうしてゐたと 平手みき〉


 お仕舞ひ。

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